65.渡しに兄
「……よし!」
一番面倒な課題、読書感想文が完成。
後は数学の問題集が残ってるが、課題終了まであと数ページ。
残り日数で割ると、1日1ページもやる必要がない。
俺は夏休みの宿題は、比較的早めに終わらせるタイプ。
7月中に……というのは流石に無理だが、8月中旬を目安に終わらせる。
『何でもいいから、毎日何かしらの課題を消化する』という意識を持つのがコツ。
やり始めさえすれば、当初の予定より削れるものなのだよ。
今日はもう遅いし、残りの課題は翌日以降に回すとして、寝るか。
明日は一日中バイトだし、さっさと……携帯鳴った。
「はいもしもし」
「怜二ー! 明後日ヒマー?」
……この前あんなことがあって、よくこの明るさで電話できるな。
分かってはいたけど、一ミリたりとも反省してないな、こいつ。
「何の用だ」
「夏祭りあるからよー、一緒に行こうぜー?」
「悪いが、その日はバイト入ってる」
嘘だ。俺も夏祭り行く予定だったから、空けている。
だが、こいつと一緒に行きたいかって言ったらNOに決まってる。
少なくとも始業式までは、顔も見たくねぇ。
「えー、シフト変われる奴いねーのー?」
「いねぇよ。夏祭り行きたいのは皆も同じだ。そう簡単に変えられるか」
「マジかよー。イベントの日ぐらい空けろよなー」
イベントの日なら調整はするが、お前の為に調整はしねぇ。
というか、何であんなことがあったのに俺と行きたいんだ?
「他に誘える奴いるだろ」
「鞠と雲雀先輩とつかさ誘うつもりだけど、買出し要員足りなくてさー。
ちょっと頼まれてくれねー?」
意訳:パシリになれ。
確かに、昔はそんな感じのこともやってたな。
残念ながら、それはこの間で締め切りだ。
「断る。ところで、門倉は誘わねぇのか?」
「課題やるから、俺ん家に残るってさー」
「へぇ、課題……待て、何でお前の家でやるんだ?」
「俺の課題もやるんだから当然だろー?」
「……お前、門倉に代筆させてんの?」
「やー、お言葉に甘えちゃいました♪」
……門倉。お前マジで異常だわ。
普段の正義感溢れ過ぎてエゴイストに寄りつつあるお前はどこ行った。
いくら行動原理が透第一って言っても、そこまでするか?
そして透もそれを普通に受け入れるのか?
「中間テスト、覚悟しとけよ」
「大丈夫だってー。麻美いるしさー」
「……用件はここまでだな。切るぞ」
返答を待たず、電話を切る。
……すぐに着信音。またかけてきやがった!
「何の用だ!」
「うおっ!?」
あれ、透の声じゃない。
聞き覚えはあるけど……誰だ?
「ちょっ、怜二? どうしたよいきなり?」
俺を下の名前で呼ぶ奴は、透を除くと穂積、サル、陽司、秀雅の4人。
翔は『藤やん』だし、八乙女は『怜太先輩』、後は全員苗字呼び。
でもって、聞こえたのは男の声だから、穂積は違う。
となると残りの誰かのはずだが、誰の声とも一致しない。
発信者の名前は……
(『水橋(兄)』……あっ!)
忘れてた! そういえば前、番号交換したんだっけ!
って、俺めっちゃ失礼な真似しちまったじゃねーか!
「すいません! さっき間違い電話に絡まれまして、またそいつかと!」
「そうだったん? 災難だったな」
この短時間で2回も嘘をつくことになるとは。
水橋のアニキの海さん、本当にすいません。
「本当にごめんなさい……何かご用ですか?」
「気にすんなって。それより、言っておくことがあるんだ」
「何ですか?」
「雫から聞いたぜ? 海の家で、暴漢から守ってくれたんだってな。
俺からも礼を言わせてもらう。ありがとな」
「いえ、当然のことをしたまでです」
あの程度の輩なら、俺でもどうにかなる。
だから、俺が直接手を下した。ただそれだけの話ですって。
「あと、日焼け止めサンキューな。結構しただろ、あれ?」
「海の家のバイトでそこそこ貰いましたし、元よりお金、あんまり使わないんで。
何より、水橋は頑張ってましたし」
「とか言っちゃって、雫にプレゼント攻撃仕掛けたんじゃねーの?」
「……まぁ、どちらかと言えばそっちの意味合いが」
「安心しろ。雫はちゃんと使ってるし、喜んでる。
お前、結構いいセンスしてるぜ」
ありがたい。そして嬉しい。
俺の初めてのプレゼントの選択は、間違っていなかったようだ。
「で、なんだけどさ。明後日に夏祭りあるのは知ってるよな?
行く気あるか?」
「はい、行くつもりです」
相手が透じゃないなら、隠す必要はない。
適当に屋台回って、花火見て帰る予定。
「丁度よかった。雫のボディーガード頼めねぇか?
出来れば俺がやりたいとこだけどさ、こちとら虚弱体質なもんで」
「構いませんよ。っていうことは、水橋も祭りに来るんですね?」
「あぁ。お兄ちゃんとしては、可愛い可愛い妹に悪い虫がつかないか心配なのだよ。
あ、怜二は悪い虫のカテゴリには入ってないからな? お前は良い虫だ」
「それはそれで何か嫌なんですけど」
「まま、うちの雫とそこそこ近い距離にいる男ですし……な?」
……どうでもいいか。海さんの場合、悪意がある訳でもないし。
むしろ、虫という評価は割と高いまである。
「分かりました。当日はボディーガードを務めます」
「おう。あ、ついでに聞きたいんだけどさ、お前の幼馴染の……カブトガニ?」
「神楽坂です」
「あぁそうだった。そいつ、祭りに来そうか?」
「多分来ますね。女子2、3人連れて」
「そっかー……なぁ、怜二。お前の幼馴染だから、こう言うのもアレだけど、
友達は選んだ方いいぞ? 雫から聞く限り、こう、相当……アレだろ?」
「否定しません。俺も最近、見限りつつありますから」
「そうか。……頼むぞ。雫には絶対近づけるな。出来れば視界にも入れるな。
見たことはねぇけど、典型的な悪い虫を雫につける訳にはいかねぇんだ」
「了解しました」
透。とうとうお前は会ったことのない人にまで嫌われたぞ。
ぼちぼち、今までのツケが回ってきてる。
俺は一切関知しねぇけど、早く気づけよ。