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6.『水橋雫』というペルソナ

「えっと……雫の妹さんですか?」

「ボクはボクだよ。お兄ちゃんはいるけど、ボクは水橋雫。

 君のクラスメートで、後ろから二番目の窓際の席で本を読んでる、水橋雫だよ」


新情報が多すぎる。

一回、整理しよう。


まず、水橋の趣味は少女マンガを読むことと、ゲーセンにスイーツ。

……分かりやすく、JKそのもの。


そして、まさかまさかの、ボクっ娘。

初めて聞いたよ。一人称で『ボク』を使う女子。


気になることは色々あるが、どこまで聞いていいんだろうか。

でも、聞かずにはいられない。


「二つ、聞いていいか?」

「うん、いいよ」

「まず一つ目。学校の水橋と印象が違いすぎて、未だに信じられないんだが……」

「学校のボクは、演じてるボク。本当のボクはこっち。

 ……えっと、一番違和感なのは」

「ボク、ってとこだな。学校だと違うだろ?」

「うん。普段は『私』で通してる。痛いことやってるっていうのは分かってるから」

「分かっててやってる理由は?」

「願掛け、かな。ボクが好きなマンガの中にいる女の子なんだけど、その子の一人称も同じなんだ。

 すごく、等身大に振る舞ってる子で……いつか、こういう風になりたいって思って。

 家の中とか、ネットとか……そういうとこでは、『ボク』って言ってる」


結構、考えてるんだな。

等身大の振る舞い……ねぇ。


「今からでも普通にしてればいいんじゃないか?」

「……怖いんだ。皆から嫌われるのが」

「いや、何で普通にしただけで嫌われるんだよ」

「中学生の頃からだったんだけど、ボク、皆から避けられてて。

 その理由も分からなかったから、ボクからも近づこうとしなかったんだ」

「ふむ」


多分、その神秘的な容姿故に、近づくことが畏れ多いと思われてたんだろう。

そこで変なイメージがついてしまった、ってとこか。


「気づいたら、色々なレッテル貼られてた。勉強も運動も物凄くできるとか、

 学校始まって以来の天才とか。……先生にも、そう決め付けられたよ。

 おかしいよね。本当のボクは普通の女の子なのに」

「実際問題、今そうなってる感じだけど」

「やれるだけ、頑張ってみた。イメージと違うっていう理由で、嫌われるのが怖くて。

 マンガもスイーツも我慢して、休みの日もずっと家に篭ってた。

 そしたら、できちゃったんだ。けど、そうなったら余計に孤立した。

 本当は、皆と仲良くしたいんだけど……今更変わったボクを、受け入れてくれると思えない」


趣味は普通だけど、天才的才能を持ってた、っていうのは間違ってないな。

見た目からのイメージが崩れたら、むしろ親近感湧きそうなものだけど、

水橋にとっては、それは嫌われるかもしれない、怖いことなんだな。


「あっ、でも噂は誇張されてるからね? テストでいつも満点とか無理だし、

 ましてや実技科目はもっと無理だし……」

「いや言わんでいい。存じてる通り、与太話に近いのもたくさんある。

 ……じゃ、二つ目の質問。何で、このことを俺に話した?」


本題はこっち。

理由を知らないことには、どうすればいいか分からない。

ただ誰かに言いたかっただけって事なら、俺は黙ってるだけで済むんだが……


「……その、ごめんね」


……?

何で、謝りから入った?


「ボクとさ、似てると思ったんだ」

「何が?」

「一部分だけしか、見てくれないところ」

「確かに、水橋のイメージは変わったけど……」




「ボクと藤田君、どっちも表面的なところしか見てもらってないと思うんだ」




……あー、そういうことか。


俺は、透に近づく為の便利な道具としか思われていない。

水橋は、学校の女神様としか思われていない。


俺は、そんなことになるつもりはなかったけど、思われてしまった。

水橋は、押し付けられたイメージに、本当の自分を潰された。


「藤田君は、神楽坂君の事をよく知ってる人、としか思われてないよね?

 ボクと似てるな、って思ったんだ。だから、藤田君なら分かってくれるって思って」


特に何もしなかったから、こうなった俺。

何もかもをやり過ぎてしまったから、こうなった水橋。

表面しか見られてないのは同じだとしても、その経緯や結果は違う。

なのに、同じ悩みを抱えてると思って、水橋は俺にこのことを打ち明けた。


俺がこうなったのは、ある意味当然のことだし、今更どうこうってつもりもなかった。

はっきり言って、打ち明ける相手を間違ってる。


だけど、知ってしまった以上、やり過ごす訳にはいかねぇ。


「もう一つだけ、聞かせてくれ。……水橋は、どうしたいんだ?」


きっかけがどうであれ、水橋は勇気を振り絞ったんだ。

だったら、それに応じねぇでどうすんだ!


「ボクは、素のボクでいたいけど、クラスの皆に嫌われたくない。

 だけど……仮面の自分に、自分を殺されたくない!」


心からの、悲痛な叫び。

そうか、そうだよな。自分で仮面被っちまったけど、自分で脱げなくなってる。

考え様によっちゃ、俺よりも重症だ。


「……わがままだよね。ごめんね」

「そんな訳あるか。ありがとな、俺に言ってくれて。

 今はどうすりゃいいか分からねぇけど、色々考えてみる」

「……いいの?」

「当然。つーか、その為に俺に教えてくれたんだろ?」

「……ありがとう。えっと、この時間ならいつでも空いてるから。

 あと……お願いがあるんだ」

「何だ?」

「今、本当のボクを知ってるのは藤田君だけだから、その……

 時々、話し相手になってくれないかな」

「いつでも。むしろ大歓迎だわ」

「本当にありがとう! それじゃ、またね。学校ではいつも通りで」


電話を切り、発信履歴から電話帳に登録。

これで、奇妙な接点ができた。


友達とも、恋人ともつかない繋がり。

これは、俺にとって、水橋にとって、どう働くんだろうか。

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