59.燕雀無謀にも隼に挑んだらこうなった
不良二人は、ジャージに着替えてきた。
「後で「罰はなしにしてくだちゃい~」なんて言うなよ?」
「たまには早く来るもんだね。うるさいバカが消せるんだから!」
それ、君らなんだけどね。
俺はもう帰るつもりだったし、さっさと終わらせるか。
「スタートブロック用意してきました! 先輩もどうぞ!」
「いらねぇよ面倒くせぇ!」
「そんなの使わなくても勝てるしー!」
「そうですか! ではわたしも使わずにお相手しましょう!
条件は対等じゃないといけませんからね!」
いい判断だ。
こいつら、負けたらありとあらゆる理由つけてゴネるだろうし。
それに気づいてるかどうかは分からんが、やるじゃん。
「それじゃ、位置についてー……」
俺はこの時、普通に八乙女が勝って、普通に不良が負けると思ってた。
けど、事はそう単純にはいかなかった。
「よーい……」
事前に想定しておくべきだったが、そんなことをやるとは思っていなかったし、
それ以上に、こんな事になるとは思っていなかった。
「ドン!」
俺が、スタートの合図を出した瞬間に起きたのは。
「うわっ!?」
八乙女の両脇に位置を取った不良が、いきなり八乙女のレーンに足を出し、
スタートを妨害した。
「へっ、チョロいぜ!」
「お先ー!」
「おい! お前……っ!?」
俺の声は、途中で止まった。
何故なら。
「とっ、ほっ、とうっ!」
八乙女は前のめりに躓いた勢いのまま、地面に手をつき、
そこから前方倒立回転飛びからの宙返りを披露して、体勢を立て直したのだから。
「…………はっ?」
そのまま、何事も無かったかのように走る八乙女。
結果は、至極当然の八乙女の大差勝ちだった。
「ビックリしましたよ! 先輩方、どうされたんですか!?」
「いや俺の方がビックリしたわ。100mのスタートで宙返りとか、前代未聞だわ」
こいつの身体能力がズバ抜けてるのは知ってたが、ここまでとは思っていなかったし、
不良組がまさかこんな古典的な妨害を、それも両方がやるとも思っていなかった。
「携帯で動画撮ったけど、確認はいらないよね。1位は八乙女さん。
それじゃ、私はこれで」
何はともあれ、これで決着だ。
ケガがなくてよかった。ともすれば、捻挫でもしてたかもしれなかった。
ここは配慮しておくべきだったな……
「俺も帰るわ。お疲……」
「待てコラ! こいつ反則しただろが!」
……は?
「こんなインチキ勝負無効だ! もう一回やれ!」
「そうよ! っていうか、八乙女の反則負け!」
いやいや、二人とも何を言ってるんだ?
負けて頭がおかしくなったのか?
「八乙女が何したってんだ? というか、反則したのはお前らだろ。
あんな堂々としたスタート妨害、初めて見たわ。
本来なら、あの時点でお前ら失格だからな?」
「えっ、あれ妨害だったんですか!?
てっきり足の痙攣か何かが起きたものだとばかり……」
「あんな的確に隣の走者の妨害ができる痙攣があってたまるか」
八乙女。いつかお前は詐欺に引っかかりそうで、先輩は心配だよ。
純粋とバカは違うから。頼むから、アレは悪意あっての行為だと分かれ。
……で、その悪意の塊のこいつらは何をのたまっているのやら。
「聞くだけ聞くけど、八乙女の反則って何だ?」
「お前言ったよな、こいつ宙返りしたって! 宙返りは反則だ!」
「そんなことも知らないから生意気言えるのかしらね。
ルールブックにも書いてあるから調べなさい!」
「八乙女、そんなんあるの?」
「わたしが知っている限りでは無いですね。
走り幅跳びなら、宙返りみたいな飛び方するのはダメって聞いたことありますが」
「幅跳びでダメなら100mはもっとダメだろ!」
「ルールは私が事前に調べた。そんな記載はどこにもない。
勿論、スタートの妨害は反則。本来なら、もっと差がついた負けだった」
「あ? 俺がいつ妨害したって?」
「は? アタシが妨害したって証拠あるの?」
酷いゴネ方だな。別種目の反則を持ってきて、自分達は明らかな妨害したってのに、
それを認めようとしないとは。
「ここにあるぞ。僕の携帯の中に一部始終が収まってる」
「うるせぇ! 誰がそんな……あっ」
いつの間にか俺達の近くにいた、白いポロシャツを着た教師。
メガネの似合う頭脳派なのに、何故か陸上部顧問の上田先生その人。
最新式のスマートフォン片手に登場である。
「何やら校庭が騒がしいようだったから、ちょっと撮らせてもらったよ。
それにしても、卑怯な手を使って負けるなんてね。
いや、卑怯な手を使ったから負けた、と言うべきかな?
いずれにしても、君達は退部。もう来なくていいよ。
当然、このことは他の先生方にも伝えておくからね。
何かしら処分が下ることは覚悟するように」
「あ……あ……」
「……最悪」
こうなったら、言い逃れできないな。
映像記録があるとなったら、否定のしようがない。
「八乙女君、君には悪いことをしたね」
「いえいえ! 上田先生が頑張ってることは知ってますから!
でも、ありがとうございます!」
上田先生、運動得意そうなタイプではないけど、真面目だからな。
顧問がいい先生でよかったよ。
詳しい内容の証言を求められ、八乙女と不良に加え、俺と水橋がついていって分かったこと。
あの二人が陸上部に入った理由は、内申点が目的だったらしい。
まともに活動しなけりゃ上がらないってことに考えが至らなかったのかね。
最低限、やる気ある奴の邪魔をするんじゃねぇよ。
「八乙女さん、明日も朝練する?」
「いえ、明日はお休みです! わたしも夏休み中は、やりたいことがたくさんあります!」
「そっか。じゃ、朝練がある日は連絡してね」
この分なら、水橋と八乙女も友達になれそう。
タイミングよかったな。水橋のおかげで、八乙女の悩みが少し解決できた。
あんなのをやる気にさせようと悩むぐらいなら、とっとと追い出してしまった方がいい。
元からクズな奴らに、思いやりなんていらねぇよ。
「怜太先輩! 水橋先輩! お付き合い下さり本当にありがとうございました!」
「気にすんなって。俺もヒマな時は行くからさ」
「ありがとうございます! ……あ、そういえば二人にお聞きしたいことがあるんですが、
先輩方の言ってた『ウリ』と『ビッチ』って、どういう意むぐっ」
「んな言葉大声で言うな!」
……帰ったら、水橋に頼んでおこう。
朝練に付き合うついでに、こいつに常識を教えてくれって。
「売春行為の俗語と……」
「教えんでいい!」
忘れてた。水橋、頭はいいけど常識外れだった。
……じゃ、俺が頑張るか。疲れない程度に。