58.それは氷の様に
「朝から点数稼ぎ、ご苦労なこって」
ポケットに手を突っ込みながら、こっちに近づいてくる男。
ネクタイはつけてないが、3年生は引退してるから2年生か。
見た感じと横柄な態度からして、典型的な不良。
こんな奴ら、学校にいたのか。
「おはようございます! 今日もいい天気ですね!
とびっきりの陸上日和です!」
「うざ」
さっきのセリフは聞かなかったことにして、快活に挨拶をする八乙女にコレ。
こいつらの性格、相当にひん曲がってるな。
同じ学年にこんなクズがいるとか、知りたくなかったわ。
何しに来……って、朝練か。陸上部の部員構成なんて知らねぇけど、
八乙女に絡んできたってところを見るに、そう考えるのが自然だろ。
「1年の癖してエコヒーキされて、いいご身分だってこと」
「調子乗ってるよねー。マジムカつく」
二人とも、嫉妬しているようで。
学年は下なのに、能力が全然違うっていうことが気に入らないんだろ。
若くして目上と年上の違いが分からない、老害予備軍ってとこか。
一応、窘めてみますかね。
「お前らさ、こいつがどんだけ練習してるか知ってるか?
それぐらいの努力もしねぇで、八乙女に勝てる訳ねぇだろ」
「は? お前誰だよ。関係ねーだろ」
「大アリだ。八乙女は中学からの後輩。こいつのことはよく知ってる。
誰よりも熱くて、誰よりも真っ直ぐで、誰よりも努力家だ。
お前らみたいな半端者とは根本的に違うんだよ」
「うっざ。熱血気取りとか流行らねーから」
「知ったこっちゃねぇよ。目の前で後輩が侮辱されて黙ってる先輩がいるか。
お前ら、朝練に来たのか? それとも八乙女を貶しに来たのか? 後者なら帰れよ」
「うるせーなー。どうでもいいだろんなこと? お前に迷惑かけた?」
「大迷惑だ。朝っぱらから最悪の気分にされてるよ」
「へー、そりゃよかったね。アタシにゃどうでもいいけど」
「あぁそうかい。だったらとっとと着替えでも行って来い」
分かってはいたけど、言うだけ無駄か。
こいつらに時間かけるのも勿体無いし、帰るか……
「あの、先輩方!」
言い合いが止まったのを見て、八乙女が声をかける。
やめとけ。こんな腐った野郎共に関わっても何にもならん。
「よく分かりませんけど、わたしが上田先生に好かれてるのが気に入らないんですよね?
それは違いますよ! 上田先生は、陸上部のみんなが大好きだって言ってました!
勿論、先輩方もです!」
……あぁ、八乙女はこういうヤツだったな。例え、相手がどれだけクズでも変わらねぇ。
それどころか、悪意をぶつけられてることに気づいてすらいないかもしれない。
だから、こいつは絶対に腐ることはないと、俺は確信している。
「うっざ。好かれてないアピール? うーわ、マジでうっざ。エコヒーキされてる癖に。
どうせ上田の野郎にウリでもやってんだろ?」
「サイテー。そんな貧相な体してんのにビッチとか引くわー。
あ、でもロリコンには需要あるか。ってことは上田ってロリコン?
よかったねー! 貧相な体してて!」
……どこまで腐ってんだこいつらは。
痛い目見ないと、その汚物を撒き散らす口は止まらないのか。
「そうだ! わたしと勝負してみませんか!?
いいタイム出せば、上田先生も評価してくれると思いますよ!」
「は? 誰がやるか面倒くせぇ」
「あたしはクソビッチに関わる趣味とかないから。勝手に走ってろバーカ」
何でこいつら、陸上部に入ってんだ? ここまで来ると、そこから分からないんだが。
こんなことばっかやってんなら、帰宅部になればいいのに。
八乙女も嫌な先輩持ってしまって……
「逃げるの?」
ここまで黙っていた水橋が、不良二人を煽った。
これは……
「八乙女さんは、強い。自分達じゃ勝てない。だから、八乙女さんを貶して自尊心を保つ。
勝負したら負けるから、逃げる。そういうことでしょ?」
水橋は、辺りを一瞬にして静まらせる力があるのかもしれない。
無音の空間に響くその声は、この場にいる全員にはっきりと聞こえた。
「……んだテメェ! 調子こいてんじゃねぇぞコラ!」
「あーキレたわ! やってやるよ! 1年がアタシに勝てる訳ねーし!」
「そう。じゃ、動きやすい格好に着替えてきて。
種目は100m走でいいよね。私と藤田君がスタートとゴールに立つ」
「それならよ、賭けようぜ。八乙女が負けたら退部。
あと、そこの熱血気取りと生意気女はそうだな、全裸でトラック10周してもらおうか!」
「私はそれでいいよ。藤田君は?」
なんか、話がおかしな方向に進んでしまってるんだが……まぁいい。
普通に考えたら、八乙女が負けるなんてありえねぇし、
万が一八乙女が負けても、こんな馬鹿げた約束は反故しちまえばいいし。
「俺も構わねぇぞ。……というか、先に聞くのは八乙女だろ。
どうする、八乙女?」
「お受けしましょう! 100mはわたしの専門ですから!」
決定。
じゃ、準備するか。