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57.光と闇と

一頻り柔軟を終えたところで、今度は外へ。

八乙女曰く、スタートダッシュの練習とのこと。


「ピストルの音に素早く反応できるかが、短距離走のカギです!

 ここで八乙女スポーツクイズ第三問! その為の練習は何!?」

「スタートの瞬間の練習を何回もやるとか?」

「違います! 水橋先輩は分かりますか!?」

「……無心になること?」

「ほぼ正解です! ということで、瞑想です! 心技体の心ですね! 

 本番は一発勝負なので、とっても重要です!」


脳筋では、真のアスリートにはなれない。そういうことは知ってるのか。

こいつの見方を改める必要あるかもな。バカだとしてもただのバカじゃない。


「出来るだけ長く息を吸って、同じ長さで吐く。これを50回繰り返します。

 日向でやると熱中症になりますから、日陰でやりましょう!」

「何か、注意することってある?」

「そうですね、大地のエネルギーを直に感じる為に、裸足になるのがおすすめです!

 といっても、根拠無いんでご自由に! 呼吸のペースだけ守れば瞑想ですから!」


精神のトレーニングだが、精神論を持ち込まない。

……バカだったのは、こいつをバカにしていた俺かもしれないな。

それでは、瞑想トレーニングをしますか。




小鳥のさえずり、木々のざわめき、川のせせらぎ。

心静かに、一定の長さで呼吸を繰り返すこと50回。

目を開けると、二人はまだ瞑想を続けていた。


(早かったか……)


途中で飽きを感じ、無意識に呼吸が早くなってしまったのだろう。

本当に、八乙女を甘く見ていたということを痛感する。


それにしても、やっぱり八乙女は黙ってれば美人だ。

水橋の神々しさは前々から知っていたが、八乙女の放つオーラも近い。

普段の炎のような熱さはなりを潜めるも、心の中に秘めしは青い炎。

辺りを焼き尽くすのではなく、静かに、しかし熱く心を燃やす。


「……はい」


ほぼ同時に、二人は目を開けた。

……凄ぇ。八乙女の纏う雰囲気が、水橋とほぼ一緒だ。

これが、瞑想の力……


「さぁ! それじゃ走りましょうか!

 心を静めたら、今度はそれを大爆発させましょう!」


一瞬にして雰囲気が霧散した。

正しいんだけどね。瞑想じゃなくて走りが本チャンだから正しいんだけどね。




「位置について、よーい……ドン!」


瞑想の後は、100m走。

一人が走り、一人はスタートの合図、一人はタイム計測。

これをローテーションしながら、何回か行う。


「いかがです!? お二人とも! タイム縮まってませんかー!?」

「最後に計ったタイム、はっきりとは覚えてないけど……たぶん、縮んでる」

「俺も。ビックリしたわ」

「わたしも、昔はただ走ってばっかでしたけど、先輩に教えてもらったんです!

 効率いいトレーニングが、インハイへの近道だって!」


どうやら、その先輩はかなり頭のいい人のようだな。

折角だし、名前聞いておくか。


「なぁ八乙女。その先輩って何ていう名前だ?」

健一(けんいち)先輩です!」

「それが、この前言ってたやる気のある先輩?」

「はい! 大学はスポーツ医学の道に進むそうです!

 先輩の為にも、今度の新人戦、わたしは絶対にいい結果を出したいんです!」


3年生で、健一……聞き覚えは無いな。

まぁ、誰であろうと記憶に留めておいて損は無いだろう。

誰が誰とどういう交友関係を持っているかは、脇役の持つ情報としては定番だし。


「では、そろそろ休憩しますか! 先輩方、飲み物は持ってきてありますか?」

「うん」

「あぁ。こいつに満タン」

「しっかり水分、取ってくださいね! 脱水症状起こしたら大変ですから!」


俺の持ってきた水筒の中には、キンキンに冷えた麦茶を入れてきた。

夏はやっぱり麦茶が美味い。渇きが一気に癒えてゆく。


「ところでさ、八乙女」

「はい!」

「朝練って10時からだよな? そろそろ、お前以外にも誰か来ていい頃だと思うんだが。

 ……あ、この前の話って、こういうことか?」

「えぇ、はい」


昨日も、ほぼ同じだった。

10時前になっても、八乙女以外の陸上部部員らしきヤツは来ていない。

こういうところからも、やる気の無さが窺える。


「部員の皆に、連絡は行ってるよな?」

「はい。テスト前の時点で決まってましたから。

 結構しつこく連絡入ってましたし、知らないってことはないはずです」

「顧問の先生はどうした?」

上田(うえだ)先生からも働きかけて頂いてるんですが、

 皆さん、聞き入れるつもりはないようで……」


陸上部の問題は、結構根深いらしい。

八乙女はこの性格だから、周りに引きずられて腐るってことはないだろうけど、

このままでいいってことにはならないよな……


「地面があれば走れますし、練習は一人でもできます。

 けど、やっぱり寂しいんですよね。走ることは好きですけど、

 心のどこかで、満たされない気持ちがあって……」


辛いだろうな。陸上はリレーを除いて個人競技だが、仲間がいないのは辛い。

現状、時々来る透が心の支えなのか。対症療法にしかなってないけど。


何とかしてやりたい。

これも、俺が何かする必要のある問題じゃねぇけど、そんなの関係ねぇ。

目の前で後輩が落ち込んでて、何もしないでいられるほど、俺は賢明じゃないんだよ。

だから、まずは……


「八乙女さん。明日も、私来るから」

「えっ?」

「明日も、明後日も、その次も来るから。一緒に、陸上の練習しよう」

(これは……)


こういう展開、あるのか。

まさか、水橋が自分から練習相手を買って出るとは。

今までだったら、考えられなかったぞ。


「水橋先輩、ありがとうございます! だけど、毎日じゃなくて大丈夫ですよ!

 わたしも、毎日やってる訳じゃないですから!」

「メルアド教えて。SNSやってたらIDも。連絡くれたら行く」

「先輩……はい、喜んで! それじゃ携帯を……」


海の家のバイトで、自信がついたのだろうか。

俺のアシストなしで、八乙女からアドレスを聞き出すとは。

水橋……お前、よくやったよ。本当に……




「うっわ、つかさ来てやがる」

「マジー? 最悪ー」




背後から聞こえた、男女の声。

その内容は、あまりにも冷酷で。


「あ……先輩方……」


八乙女のメンタルの回復分を帳消しにし、

俺の感嘆する時間を消し飛ばすには、十分過ぎた。

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