56.陸上バカと天才、あと脇役
午前8時半、学校にて。
昨日と同じく、八乙女は練習をしていた。
「おはよう」
「おはようございます! 怜太先輩!」
今回の主目的は、体を動かすことでも、練習に付き合うことでもない。
別角度から、やってみようということで。
「昨日みたいなのは勘弁してくれよ。筋肉痛残ってるから」
「ごめんなさい! クールダウンまでして頂くべきでした!
えっと……水橋先輩ですね! 初めまして! 八乙女つかさです!
八百屋のやにグッっと行ってからギュッと曲げる字にくノ一!
つかさは全部平仮名です!」
「……初めまして」
水橋の仮面はがし計画、ステップ2。
後輩とのつながりを持たせて、友達の幅を広げてみよう。
昨日、帰ってから電話をかけてみた。
「水橋って、スポーツ好きか?」
「マンガやスイーツ程じゃないけど、好きだよ。
体動かしてると、嫌なこと考えなくて済むから」
水橋は身体能力も高いから、スポーツも好きじゃないかと踏んでの質問。
やや後ろ向きな理由というのが気になりますが、それでもOK。
嫌いじゃないのなら、付き合えるはず。
「俺の後輩に陸上部のヤツいるんだけどさ、夏休みは朝練やってんだ。
なるべく人数増やして練習したいみたいだからさ、来ないか?」
「そうなんだ。いいよ。藤田君も行くの?」
「そのつもり。朝8時半に学校集合の予定だけど、いつ頃がいい?」
「行けるなら明日がいいな。あと、藤田君の後輩ってどんな子?」
「明日、了解。俺の後輩は八乙女つかさっていう女子で、端的に言えばバカだけどいい奴。
テンション高いから色々突っ込まれるかもしれないけど、場合によっては俺が適当に流す。
その辺は心配しないでくれ」
「うん、お願いするよ」
「あぁ。あと、何となく分かってるかと思うけど、行けそうだったら友達になってみないか?
明るさで言えば穂積とトントンだし、別学年とも友達ができれば、自信つくだろ。
八乙女、バカだけどいいヤツだからさ」
「藤田君が言うなら、間違いないね。それなら頑張ってみる。
明日は宜しくね」
俺に対する信頼は、結構あるようで。
これは、しっかりと報いなければ。
「いやー、まさか怜太先輩が水橋先輩をお連れするとは! ありがとうございます!」
友達になる難易度としては、穂積の次くらいには簡単。
タイプは若干違うが、明るいのは同じなのでとっつきやすい。
学年違いの友人をつくろうとなったら、第一候補として真っ先に浮かぶ。
「……怜、太?」
「あー、気にすんな。こいつにはそう呼ばせてるんだ。
大した理由は無いから、何でかは聞くなよ。な、八乙女?」
「はい! いつもありがとうございます!」
「……?」
危ねぇ。説明するの忘れてた。
これは八乙女のデリケートな話題に関わるし、流せ流せ。
こいつの明るさの裏側は、結構繊細に出来てるんだ。
「昨日は体力と筋力を鍛えたので、今日は技術とメンタルトレーニングにします!
お二人とも、よろしくお願いします!」
「了解ー」
「……宜しく」
上手くいくといいんだが……って、そうなるようにするのが俺の役目だ。
今回は水橋にとっては勿論、八乙女にとっても大切。
悩める後輩の相談相手が増えるかもしれないんだから、重要度は高い。
お互い、信頼できる先輩と後輩の関係を築けるようにしないと。
体育館に着いて、開口一番。
「ここで八乙女スポーツクイズです!」
「唐突」
「第一問! スポーツの大敵は何!? ピンポン! はい怜太先輩早かった!」
「ボタン押すどころか挙手すらしてないんだが」
「ヒントは『ケ』で始まって『ガ』で終わる2文字の単語です!」
「答え言ってんじゃねーか」
「え!?……あ、やっちゃいました!」
「やっちゃったな」
そうだった。裏側は繊細だけど、表は明るく一直線なバカだった。
最近、別の面を見すぎてこっちが表であるということを忘れていた。
「では第二問! ケガをしない為には何が必要!? 水橋先輩!」
「……疲れのケア?」
「正解! だけど不正解! もっと重要なのがあります!」
八乙女の最大の特徴。素と誤魔化しが入り混じったテンションの高さ。
事前情報は伝えてあるけど、やっぱり困惑してるな。
ここが穂積より難易度高いポイントなんだよな……
「ヒント、貰える?」
「ふにゃふにゃした感じです!」
「……柔軟性?」
「ピンポンピンポン! 大正解です!」
八乙女らしいアバウトなヒントから、見事に答えを導き出した。
運動の前の時点で疲れさせてるようで申し訳ない。
慣れてれば流し方も分かってくるんだけど、初対面だとキツいものがある。
「ということで、まずは柔軟をやりましょう!
怜太先輩、背中押して頂けますか?」
床に座り、脚を広げる八乙女。
……あれ、こいつもしかして。
「せーのでお願いします!」
「分かった。せーのっ」
「いだだだだだだだっ!」
「うおぉっ!?」
お前でも中々出ないボリューム出たな! ビックリしたわ!
けど予想はしてたよ! 明らかに脚の広がった角度狭かったもの!
更にはちょっと膝浮いてたしね! こいつ相当体固いわ!
「この固さで大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないですね! ケガはしたことないですけど、しかけたことなら幾度となく!」
「気をつけろよ。お前ただでさえ危なっかしいんだから」
「これさえ何とかできれば、タイムも縮められるんですけどねー。
ささっ、怜太先輩に水橋先輩もどうぞ!」
初っ端から不安になったが、とりあえず言われた通りに脚を広げる。
八乙女ほどじゃないが、俺も身体は固い方。指の付け根辺りまではできるけど、
手の平を完全に床につけることはできない。
「補助いります?」
「せーので頼む。軽くな? 絶対軽くな?」
「分かりました! せーのっ!」
「あだだだだだっ!」
これも予想してたよ! だよな、お前はそういうヤツだったよな!
軽くって言われてなお全力で押すよな! 一切の悪気なく!
頼むから加減を覚えてくれ!
「軽くって言っただろ!?」
「ごめんなさい! てっきりフリかと!」
「俺は芸人じゃねぇよ! ったく……えぇっ!?」
今日は次から次へと驚きのある日だな。ただ、これはいい驚き。
水橋……床にぴったりくっついてる。手の平ではなく、額が。
まさか、こんな軟体人間だったとは。
「お噂はかねがね聞いてましたけど、水橋先輩、体どうなってるんですか!?」
「生まれつき柔らかくて」
水橋の才能がまた一つ明らかになった。
これは……新体操やってたら間違いなく全国出ただろうな。
こう、極端に柔らかいと気持ち悪さを覚えたりする場合もあるが、そこは女神様。
これだけで、一種の芸術品のような美しさを醸し出してる。
「もしかして、股をくぐって顔をこっちに出せたりとか!」
「それはちょっと」
それは最早びっくり人間だから。雑技団とかそういう界隈の話だから。
加減覚えるついでに常識も覚えてくれ。頼むから。