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55.TPお悩み相談室(屋外)

「お疲れ様でしたーっ!」

「お疲れー……」


帰りたい。今すぐクーラー全開の部屋で惰眠を貪りたい。

ここまでクソしんどいとか、聞いてねぇぞ……


「いやー、いいウォーミングアップになりました! 朝練も上手くいきそうです!」

「……ウォーミングアップ? これがか?」

「あくまで本番は部活ですから! まぁ、これが本番とも言えなくも無いですが!」


どっちだ……? こいつの朝練の基準がおかしいのか、陸上部がよっぽどスパルタなのか。

後者の話は聞いてないから、八乙女がおかしい可能性の方が強そうだが。

あと、それはそうとして。


「宿題は大丈夫なんか?」

「……お願いできたり」

「しない。中学の時も言ったよな。宿題の手伝いだけは絶対しないって」

「ですよね! はい、勿論分かってます! 自力で頑張ります!」


俺は親でも担任でもないからこれ以上言及しないけど、ちゃんとやれよ。

赤点取って部活動禁止になるのは回避できたんだから、後は自力でやってくれ。


「ま、勉強教えるとか、それ以外の話だったら聞くからさ、そういう時は適当に頼れ。

 お前、何かと真っ直ぐだし、たまにぶつかったりもするだろ。

 そういう時は、俺なり透なり、適当に誰か頼っておけ」

「ありがとうございます! ……でしたら、早速いいですかね」

(おっと……?)


この声のトーンは、前に聞いた。

八乙女が俺の名前を間違え続けていた理由と、テンションが高い理由が判明した時と同じ。

つまり、これは真面目な話。


「あぁ、いいぞ」

「その……わたし、間違ってるのかもしれません」

「何が?」

「『部活』というものについての、考え方です」

「ふむ。どういうことだ?」

「わたしは、大会でいい成績を記録したり、自分の向上の為に、部活があるって思ってます。

 けど、他の皆さんはそう思っていないみたいなんです」


この時点で、事のあらましに見当がついた。

八乙女の最大の特徴は、『何事にも全力』であることだ。

スポーツは当然、苦手な勉強も(成果は別として)やろうとすれば、全力で取り組む。

普通ならぶっ倒れるんじゃないかというような頑張りを、無限のバイタリティで補い、

目の前の壁をブチ壊して行く。


だが、八乙女の全力志向とバイタリティは、八乙女しか持っていない。

他の人間は休息を必要とするし、全ての物事に全力で挑めるとは限らない。

そこから導き出される答えは。


「皆さんから、前向きなお話って聞かないんですよね。

 『負けてもともと』みたいな感じで……わたしには、そう考えるのが分からないんです。

 先輩方や、先生方にも相談はしたんですが……いいお返事は、ありませんでした」


八乙女と他の部員との間の、情熱の乖離(かいり)

それが原因で、折り合いがつかないということだろう。


思えば、こいつは成績こそ悪いものの、門倉並に真面目だ。

俺の名前を間違えているのも、それなりの理由があったし、

透目当ての勉強会の時だって(元より透とのつながりがあったとはいえ)、こいつ一人になっても

俺と勉強に打ち込んだ。


いつでも全力で、真面目で、一直線。それが八乙女の本質。

元気と明るさは、表面的なものでしかないのかもしれない。


「透先輩にも、相談しました。そうしたら「その内解決するから気にすんな」と言われて。

 ……それが、インハイの少し前のことです」


言葉が見つからず、押し黙ったままでいると、八乙女は更に話を続けた。

これは予想していた。透に聞いたとして、まともな答えが返ってくる訳もねぇ。

あいつの主人公補正がまだ生きてるんだとしたら、適当に声を掛けるだけで、

少なくとも女子部員は大いにやる気になりそうなものだが。


「わたしは、間違っているんでしょうか?

 自分だけ先走って、皆さんに迷惑をかけているんでしょうか?」


やる気に満ち溢れている八乙女。

やる気の無い陸上部員。


帰宅部である俺が、他の部員に真面目にやれ、なんて言うのはおこがましい。

かといって、まさか八乙女にユルくやれ、なんて言うつもりもねぇ。


具体策は、全く浮かばない。

けど、今必要なのは、きっと。


「間違ってなんかねぇよ。八乙女は、そのままでいい。自分の思うままにやればいい。

 全力で頑張るお前、最高にカッコいいからさ。

 ま、強いて言うなら時々は休めよ。スポーツ選手は身体が資本だろ?」


八乙女を全力で肯定して、褒めて、少し注意して。


「先輩……」

「バカは風邪ひかないっていうけど、それで油断したバカが風邪ひくからな!

 気をつけろよ!」

「先輩!」


そして、ちょっと茶化す。

これが、丁度いい塩梅のはず。


「ごめんごめん。でも、気をつけろよ。

 上手く行かなかったらグチるだけでもいいんだ。一人で何とかしようとするな。

 なんかさ、お前って疲れたことにも気づかないでぶっ倒れそうで、危なっかしいんだよ」

「へへっ、大丈夫ですよ! ご存知の通り、わたしはバカです!

 バカなりに、これからも頑張ります!」


分かったんだか、分かってないんだか。

けど、八乙女が元気になってくれるのなら、どっちだっていい。


「最後に一つだけ聞きたいんだけどさ、本当にみんなそうなのか?

 お前の他にも一人くらい、やる気あるヤツいないのか?」

「いえ、一人だけいました! 3年生の先輩です!

 もう引退されてしまいましたけど、お休みの日に練習に付き合って頂いてます!」

「そうか」

「ありがたいんですけど、申し訳ないんですよね。先輩、受験控えてますし。

 いつかはちゃんと断るべきって分かってるんですけど……」


ということは、今現在の部員にやる気あるヤツはいないのか。

透はちょくちょく顔出してるけど、あいつが本気でやってるとは思えないし、

この朝練に来るとは思えない。

誰か、俺の他にも朝練に付き合ってくれそうなのは……


「……いけるか?」

「?」

「なぁ八乙女。明日も自主練やるつもりか?」

「はい! 夏休み中はなるべくやるつもりです!」

「もし、俺以外にも練習したいってヤツがいたら、どう思う?」

「大歓迎です! 一人より二人、二人より三人のほうが楽しいですから!」

「分かった。じゃ、俺は帰るな」

「今日はありがとうございました! では!」


もしかしたら、上手くいくかもしれない。

得意なことから広げていくというのが基本パターンなら、こっちからも狙える。

やってみるか。

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