54.Aggressive summer vacation
バイト最終日、午前だけのごく短い勤務を終え、シゲ爺の家へ。
給料は封筒に入れて渡された。
「藤田君、水橋君。君達には迷惑をかけたな。少しばかり、イロをつけておいた。
この程度では済まされんじゃろうが、大事に使ってくれ」
「頂戴します。機会があったら、また来年も」
「ありがとう、ございます」
小銭の感覚はないから、千円札が1、2枚増えてるってとこかね。
元々の給料と合わせて、有意義に使わせて頂こう。
「神楽坂君。わしの慈悲で最低賃金分は入れてある。
減額の理由は分かるな? 本来なら、君には損害賠償を請求しておる。
貰えるだけありがたいと思え」
「はーい……」
事が事だったからな。シゲ爺もご立腹。
だというのに何でこいつは納得いかない顔をしているのか。
「さて諸君。この度はこの爺への力添え、本当に感謝する。
勉学に励めなどというつまらぬことは言わん。ただ、体調には気をつけろ。
人間、身体が資本じゃ。暑さに負けず、元気に過ごせ。
それでは、達者でな!」
ニカっとした笑い。これもサルに遺伝した部分だな。
爽やかさという肝心な部分は受け継がれてねぇけど。
ま、こっちも楽しませてもらったし、感謝するのは俺の方。
来年は受験勉強があるけど、できればまた来たい。海、最高だ。
(……マジか)
帰宅してから最初にやったのは、シゲ爺から貰った給料の確認。
増えていたのは何と1万円札。イロつけたっていうレベルじゃねぇ。
透の減額分を考えると、俺らの総額では予定より支払っていないだろうけど、
これはちょっと、予想していなかった。
……ちょっといいメシでも食おうかな。それかゲームの一本でも買うか。
(海、色々あったな)
いい上司の存在、バカ親子撃退、てんやわんやのキッチン。
つつがなく終わったのは最終日ぐらい。でも、何とかなった。
水橋のコミュ力も多分上がったし、トータルで言えば間違いなくプラス。
(その水橋には、ドキドキさせられっ放しだったが)
まさか、2回も膝枕するなんてな。
俺の太腿には、未だ水橋の柔らかな髪の感触が残っている。
あいつの距離感の取り方はおかしいということは、今に始まったことじゃないが、
勘違いしないようにするのも一苦労だよ、全く。
……そのおかげで、悪い気はしないどころか、いい思いをしたけども。
その一方で、俺自身の変化による進歩がついにできた。
今までもスイーツおごったりすることはあったが、今回は明確なプレゼント。
水橋はそんなに物欲なさそうだし、やたら貢いだりするのはキモがられるだろうけど、
たまにささやかなプレゼントをするくらいなら、喜んでくれるはず。
(……可愛いよな、やっぱり)
水橋の可愛い部分は、容姿だけじゃない。
優等生の仮面に隠された素顔は、至って普通の女子高生であると同時に、そこそこ変わった少女。
スイーツ大好き、少女漫画も大好きな、皆と仲良くなりたいボクっ娘。
『ちょっと彼女、作ってみたい』という軽い思いから始まった、俺の恋活。
俺は今、他の誰でもなく、水橋雫を彼女にしたいと思っている。
脇役がおこがましいとか関係ねぇ。もう俺は、脇役のままでいるつもりはないんだ。
そう思うようになったのだって、水橋のおかげだ。
「……よし!」
いつになく、俺はやる気に満ちている。こんなこと、今まで無かった。
絶対諦めねぇぞ。俺は、水橋を彼女にする。
夏休みは、バイト終わりも続くんだ。何かしらのアプローチ、仕掛けてみるか。
「おーっす」
「おはようございます、怜太先輩!」
現在時刻、午前8時半。陸上部の朝練……ではない。
ここにいるのは、八乙女つかさただ一人。
「練習にお付き合い頂けて嬉しいです! ありがとうございます!」
「ちょっと体動かしたくてさ」
水橋の攻略が現在の目標ではあるが、それとは別で個人的な趣味目的。
体動かすついでに、こいつの練習に付き合ってみる。
「にしたって早いな……陸上部の朝練って何時からだ?」
「10時からですね!」
「で、お前は何時頃に来ると言った?」
「7時ぐらいです!」
「3時間もやるんかい」
「そこまででは! 途中で休憩も入れますし、せいぜい2時間50分強です!」
「ほぼ3時間じゃねーか」
自主練にしたって早過ぎる。
こいつはどこまでも運動大好きなんだな。
「では、まずはストレッチから始めますか!」
「あ、そこはちゃんとしてんだな。てっきり全力疾走とか言い出すかと」
「流石にそこまでバカじゃないですよ! ケガしたら大変ですからね!
夏休み明けたら新人戦ですし、尚更です!」
忘れてた。1年生の本チャンは秋の新人戦からだったな。
インターハイで何かあったという話は聞いてないし、やる気になるのも頷ける。
「ところで、透先輩はどうされたんですかね? 今の所、来て頂けてないんですが。
やっぱりお忙しいんですか?」
「この前まで俺と一緒に泊り込みのバイトあったし、忙しいと言えば、まぁ」
「そうでしたか! では怜太先輩、しばしお付き合い願います!」
「あいよ。宜しくな」
八乙女が近くにいると、体感温度が3度は上がる。
冬場はいいけど、夏場はキツいな……
「あ゛ー……」
しんどい。
俺は体力には自信がある方だけど、本格的な運動はキツい。
正直、陸上の練習と八乙女をナメてた。
「ここ最近は基礎トレーニングだったので、今日は徹底的に脚力を強化します!
まずはスクワットですね!」
「あれ、走るんじゃないのか?」
「それは仕上げで行います! 脚力そのものを鍛えるには筋トレが大事ですから!」
と、言われて始めたのが、まさかのバーベルスクワット。
俺が普段やってる筋トレは自重が基本だから、かかる負荷が段違い。
性別も体格も違うのに、八乙女は俺が息を荒げながら担いでるバーベルを楽々担ぎ、
「さて、本番に移りますか!」と言って重りを追加する姿を見て、呆然とするしかなかった。
(本当にガチってるんだな……そりゃ大型新人という評価にもなるわ……)
「……うりゃっ!」
「うぉうっ!?」
冷たっ! 首筋に何か……って、スポドリ?
「お疲れ様です! これどうぞ!」
「あ、サンキュ。……今度から普通に渡せよ」
「嫌です!」
「いい笑顔」
茶目っ気たっぷりに。こいつも勘違い男製造機になれる素質を持ってる。
そういや中学の時、陸上部の顧問がセクハラまがいのことやらかして謹慎処分下ったけど、
八乙女には何の自覚もなかったとか、聞いたことが……
「休憩したら、いよいよ実践トレーニングです! 走りましょう!」
「だよな……もう8割くらいの体力使ったんだけど」
「2割残ってるじゃないですか! それに、限界超えれば無限です!」
「……あぁ、こうなりゃとことんやってやるわ!」
やけっぱちで行こう。
俺の目標は、それくらいじゃねぇと達成できねぇんだ。