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53.始めの半歩

「回転二刀流ー!」

「危ねぇ! 危ねぇっての!」

「はっはっは、勝は元気じゃのう!」


「うわっ! ふわっ、うわわっ!?」

「頑張れ鞠ー!」

「いるよな、ねずみ花火にやたら追いかけられるヤツ……」


シゲ爺の用意した花火セットで、思い思いに楽しむ。

サルは棒花火で悪ふざけ。透は主に穂積と楽しむ。

その結果、なんと俺は自然と水橋に近づけることとなった。


「……あっ」

「あらら。今度は一番派手なところで落ちたか」


そこで分かったのは、水橋は線香花火が下手。

これが3本目になるが、最後まで残ったのが1本も無い。

こういうのって、寧ろ俺の方が下手クソっていうパターンのはずだけどな。


「……難しい、ね」

「ま、ある程度は運だけどな」

「でも、綺麗」


「お前の方が綺麗だよ」なんていう月並みかつクサい言葉は、言えるはずも無く。

水橋を楽しませる為に、俺の持つこの線香花火が、少しでも長く続いてくれることを祈った。


花火は綺麗だし、夏は楽しい。だからこそ、短く感じる。

その中で、花火は一瞬の輝きに全てを賭け、夏を謳歌する人々は全力で楽しむ。

人だけじゃなくて、蝉もそう。長い間地中に潜って、外で生きていられるのはほんのわずか。

だから精一杯鳴いて、自分が確かにこの世にいたことを、人々の耳に刻み付ける。


全力を尽くすって事に関して、俺は蝉に完敗だ。

蝉より遥かに長い間生きていながら、全てのことを諦め、適当にこなしていたから。

……けど、もうそれはやめるって決めた。


「水橋」

「何?」

「……綺麗、だな」

「うん」


水橋は、俺が持つ線香花火を見ていたから、気づいていないけど。

俺が見た線香花火は、彼女の瞳に映るもの。

そして、綺麗だと言ったのは、線香花火のことじゃない。


(今はこれが、俺なりの精一杯)


俺が決意を新たにした時と同じくして、線香花火はその使命を果たした。




花火が終わり、各自入浴を済ませ、後は寝るだけ。

ここで俺は、水橋の部屋を訪れる。布団は既に敷かれていた。


「よう、遅くにすまん」

「どうしたの?」

「これ、渡そうと思って」


今日、街に出て買ったもの。水橋へのご褒美という体の、初めてのプレゼント。

物で釣れるなんて思っちゃいねぇけど、俺自身の望みも叶えたい。


「これ、何?」

「開けてみてのお楽しみ。何なら、今開けてもいいぞ」

「それじゃ、失礼して」


包装紙を丁寧に剥がし、折り畳んで机の上に置いた後、現れた小さな箱を開ける。

その中に入っているのは、小瓶が一つ。


「……日焼け止め?」

「肌、弱いって言ってたろ? これから夏、日差し強くなるしさ。

 気が向いた時にでも使ってくれれば」


アクセサリーも考えたけど、俺にそういったセンスはないし、狙い過ぎ。

多分、この辺がギリギリ悟られない線だと踏んだんだが……どうだろうか。


「嬉しい……藤田君、ありがとう。大切に使うね」


この顔は……うん、恐らくは愛想笑いではない。きっと、成功と言えるはずだ。

俺の初めての、俺本位の行動、水橋へのプレゼント。

その一歩目……というには控えめな気もするが、無事に踏み出せた。


「あのさ、藤田君」

「……ん?」


と、思いきや。何か微妙な空気が。

あれ、もしかしてここにきて大逆転? 上げて落とすパターン?

脇役補正的には、それはありそうだけど……ここで補正かかってくる?


「実はボク、嘘ついたんだよね」

「……というと?」


神妙な面持ち。

……脇役補正的な何かが起こってしまったのか? それとも、俺は何かやらかしたのか? 

覚えが無いだけで、大変なことをしてしまったのか?


「一昨日のバイト終わった後、皆で海に行ったよね? ボクの肌が弱いっていうのは、嘘なんだ。

 いや、もしかしたら本当かもしれないけど、どのみち、それはボクが海に入らない理由じゃない」

「そうなのか。……良ければでいいけど、本当の理由、教えてくれるか?」

「……誰にも言わないでね」

「当然」


水橋が皆に混ざることなく、海に入らなかった理由。

肌が弱いからという訳じゃないなら、一体何だろう。


「その……コンプレックス、なんだ」

「コンプレックス?」

「うん」


ここで、会話が途切れる。海に入らなかった理由は、水橋のコンプレックス?

……何がだ? 外見のことか、内面のことかも分からないんじゃ、絞れない。

かといって、これは安易に踏み込んでいい話題でもない。


「ごめん、悪いこと聞いた」

「ううん。ボクの中で割り切れてないのが問題だから。言い始めたのはボクだし。

 藤田君、日焼け止めありがとう。それじゃ、そろそろ寝るね」

「あぁ。おやすみ」


水橋が抱えている悩みは、まだありそう。

俺がどうにかできるものなら、どうにかしたい所だが、これは別か。

余計なお節介はありがた迷惑だし、ここは引いておくか。


……もしかして、泳げなかったりするのか?

いや、だとしたらプールの授業辺りから話題になるか。




――――――――――――――――――――――――――――――




「むー……」


穂積さんと一緒にお風呂。

何故か、さっきからずっとボクを見つめてる。どうしたんだろ。


「雫ちゃん、ちょっと聞いていい?」

「いいけど、何?」

「教えて欲しいことがあるんだ」

「夏休みの課題? 問題集持ってきてるなら……」

「ううん。勉強のことじゃなくて、雫ちゃんのこと」

「私の、こと?」


ボクに関することの質問かー。

今の所、穂積さんはボクにとって、藤田君の次に素が出しやすい子。

ある程度だったら、答えられるけど。


「雫ちゃんの胸って(おっ)きいよね?」

「ふぇっ!?」

「秘訣とかないかな? 食べ物とか、習慣とか」


穂積さん、何を言ってるの!?

女の子同士だからって、そんな質問する!?


「……分かんない」

「そっか。うーん、やっぱり牛乳は意味無いのかな。背も伸びないし」

「……飲み過ぎないでね」


こういうことも、普通の会話なのかな。けど、胸のことはあんまり話したくない。

重たいから肩凝るし、神楽坂君とか岡地君、前島君とかには見られるし……

恥ずかしくて、プールの授業以外で水着になんてなれない。


それより、ボクからも聞きたいことがあるんだった。


「私からも、聞いていい?」

「うん、いいよ」

「穂積さんって、何で神楽坂君のこと好きなの?」


穂積さんの神楽坂君に対する好意は、恋人のそれと見て間違いない。

けど、穂積さんみたいないい人が、神楽坂君みたいな人に惚れる理由が分からない。


「透、ほっとけないんだ」

「……どういうこと?」

「調理実習の時さ、色々と危なっかしくて。

 包丁の使い方とか教えてる内に仲良くなったんだ」


穂積さん、誰に対しても優しいからね。

けど、それだけならいつもの穂積さん。何で、神楽坂君を好きになったんだろ。


「それからもお料理のこと教えてたんだけど、その度に喜んだり、驚いたりしてて。

 なんだか、可愛いなって思ったんだ。だから、去年の9月ぐらいに告白した」

「え、そうなの?」

「うん。そしたら「考える時間が欲しい」って。

 その頃はもう、麻美ちゃんや雲雀先輩も透のことが好きだったみたい。

 変なタイミングで告白して、困らせちゃったなって思ってる」

(つまり、保留……)


何ヶ月も保留し続けたまま。

言い方悪いけど、それ……『キープ』されてるんじゃない?

当然、そんなこと言えないし、そうじゃない可能性だってある。

だけど、神楽坂君の性格を考えると……


「透には、サポートできる人が必要って思うんだよね。このバイトでもそう思ったし。

 だから、その役目が出来る人に、私がなれたらなって」


きっと、そのポジションに『いた』のは藤田君。

その藤田君がサポートをやめてから、神楽坂君はダメージを負ってる。

ボクがそう仕向けたのもあるけど、藤田君がいなかったら、神楽坂君は堕ちてた。

もしかして、穂積さんも『都合いい人』扱いされているのかな。

確証はないけど、確率は高い。


神楽坂君は、ボクが思っている以上に最低の人間なのかもしれない。

仮にも藤田君の友達なんだから、そう思いたくはないけど……

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