51.働かざるもの、何もすんな
バイト四日目。
この日、水橋と俺のポジションは別々。
シゲ爺に頼んで、水橋はキッチンに回ってもらうことにした。
「藤田君、明日で上がりよね?
……おばちゃんがお小遣いあげるから、もう2、3日働いてみない?」
「いや、俺も色々と予定あるんで。本業……って訳でもないですけど、
戻ったらコンビニやんないといけませんし。すいません」
「あー、そっか……じゃ、仕方ないわね。今日と明日、頑張りましょ!」
このバイトが楽しい理由の半分くらいは、矢沢さんのおかげだと思う。
上司がいい人だと、自然と仕事も頑張ろうって思える。
「じゃ、しっかりやろうぜ、透」
「あいよ。ま、テキトーにやるわ」
シゲ爺と矢沢さんに根回しして、水橋と入れ替えでホールに来るのは透にできた。
できるだけ、透と水橋の距離は離しておきたい。念の為に、な。
「透ー! これ何だ!?」
「見れば分かるだろ」
「分かんねぇから聞いてんだよ! 文字汚過ぎるわ!」
「通したんだから覚えとけよー」
「お前はっきり言ってねぇだろ! さっきの「ヤーイー!」って何だ!」
「焼きそば1丁に決まってんだろー?」
「分かるか!」
……こういう問題が起きるのかー。
透はこのバイトが初めてのバイトということは知っていたけど、まさかここまで酷いとは。
このままだと、店が回らなくなってしまう。
「神楽坂君、悪いけどキッチン行ってもらえる?」
「えー、何でですかー?」
「……そろそろ休憩回しあるから。ほら、行った行った」
矢沢さんがげんなりしてるとこ、初めて見た。
『気のいいおばちゃん』そのものの矢沢さんをこんな顔にさせるって、相当だぞ。
さて、これで水橋と透が同じポジションになってしまうんだが……大丈夫だよな?
穂積かサルのどっちかは残るし、そう易々と手出しできるほど暇でもないだろ。
「怜二! キッチンヘルプ!」
「了解。矢沢さん、行ってきます」
「行ってらっしゃい。こっちは気にしなくて大丈夫だからね」
どうしたんだ一体。
透、元々はキッチンだったから、仕事が出来ないってことはねぇと思うんだが……
「透、どうしてくれんだマジで! これまるごとロスだぞ!?」
「悪かったって。ちょっとミスっただけだっての」
「何があった?」
「水橋に料理教えるって言って、自分の持ち場ほったらかし。
焼き物系がコゲて全ロスト。提供遅れも必至だ」
「は!?」
……この男はどこまで足を引っ張るつもりだ!
流石に俺もキレたわ!
「お前何ヘラヘラしてんだ! 大損害だぞ!」
「えー? バイトに賠償義務ってないっしょー?」
「お前の問題じゃねーよ! 店の問題!」
「はいはい分かった分かった。俺責めるより、今どうするかだろ?」
「ざけんな! お前自分が何やったのか……」
「怜二! 悪いけど今はキッチン回すことだけ考えてくれ!
透! お前はロスの廃棄! ゴミ袋に詰めてバックの隅の箱に入れたら、前出て謝罪!」
「はいはい、分かりましたよ」
昔から、こいつは自分のしたことを反省しない。周りも許す。
特に、透の両親は結構甘やかしてたらしく、その結果が今の透。
そして、今思えば俺が尻拭いをし続けたというのも、間違いだったんだろうな。
(けど、そうしねぇと関係ない奴に被害が出たりするんだよ)
やらかしが透自身に返ってくるならいいが、そうならない場合は多い。
そういうことに関しては、俺はこれまで通りでいるつもりだ。
この辺、状況次第では切ってもいいんだろうけど、そうなれないのが俺。
世話焼き根性、骨身に染み付いてるからな……
「勝君、キッチン大丈夫?」
「大丈夫じゃないッスね。提供遅れ出ます。5……いや8分くらい」
「まずいわね……もうじきピークタイムよ」
「とりあえず、謝罪か?」
「だろうな。今野先輩、休憩中に呼ばれるの嫌ってんだけどな……」
「全力で作り直す。火力まだ上げられるよな? 3分で仕上げる」
「信じるぞ。これコゲ剥がしな。鞠、悪いけど前で謝罪頼めるか? 料理より謝罪優先したい。
休憩は後で何とかして回すからさ」
「いいよ。それじゃ、調理はお願いね」
「すまん! 恩に着る!」
この後のことがまとまった。
料理の経験はあまりないが、こういったものを手際よく仕上げるのは得意分野。
クオリティ捨てて大量生産なら、その方がいい。
「ごめん……私がしっかりしてれば……」
「何言ってんだ。ちゃんと拒否ったんだろ?
つーか、俺がはがすべきだったわ。むしろすまん」
透のことだ。『嫌よ嫌よも好きのうち』って感じで、都合よく解釈したんだろ。
水橋がはっきりと拒絶の意思を出したとは考えにくいし。
いずれにしたって、まずはこの場を乗り切らんと。
透に対する処遇は、その後だ。
「フランクフルトまだー?」
「焼きそば来てねーぞー!」
「申し訳ございません! 今少々お待ち下さ……」
「さっきも聞いたわ! どんだけかかってんだよ!」
ホールから罵声が飛んでくる中、俺は火力MAXの鉄板の上の焼きそばを全力でかき混ぜ、
休憩中の呼び出しに応じた今野さんは、一人で二人分の働きをしている。
「パイセン! あとイカ7・もろこし5・フランク12っす!」
「分ーってる! クッソあのガキ、余計な手間かけさせやがって!」
だが、それでも提供が全然追いつかねぇ。
透の野郎、0どころかマイナス方向に活躍しやがって……!
「生焼けで出したらもっとマズいしな……パイセン、返金対応します?」
「……だな。こうなったらそっちの方がマシだ。
矢沢さん! 遅れ5分以上のところは返金対応提案で!」
「まぁ、そうなるわよね。分かったわ」
「すんません! ……勝、シゲ爺に報告宜しく」
「言われなくても。爺ちゃんにはガッツリ報告しときます」
その証人には俺もなろう、と言おうとした瞬間、
ホールから突然、一際大きな罵声が飛んできた。
「こうなったら、身体で払ってもらおうか!」
ヤバッ! 今出てるのって穂積だよな!?
止めに……あ、でもメシが……いやそれ所じゃ!
「サル頼んだ!」
「ちょっ!? 怜二!?」
人が関わってるんだ! 最悪もう一回ロスってもいい!
そん時のクレームは全部俺が受けるし、何ならバイト代全額返してもいい!
何より、穂積を……!
(……アレ?)
罵声の発生源。いたのは、小太りのオッサン。
穂積はそこにいない。別の客の対応をしている。
ってことは矢沢さん? いや、それも違う。で、この後姿……んん!?
「お前……可愛い顔してるな」
「へ? あのー……俺、そういう趣味ないんで……」
そこにいたのは、震えている透。俗に言う『アゴクイ』されてる。
オッサンの目は……うん、そうか。そっちの方でしたか。
あ、透がこっち見た。助け求めてる。確かにヤバイ状況ではあるな。
それなら、やることは決まってる。
「……さ、焼きそば作らないと」
アレだよ、見間違いだ。疲れが目に来てんだろ。
いや思ってないよ? 因果応報とか、ざまぁ見やがれなんてのは。
流石に俺がそんなゲスいこと……考えてなくも無いけど。
「散々焦らされたんだ……一夏のアバンチュールと行こうぜ」
「……ギャーーーーー!!!!!」
出口へと一目散に駆ける透。それを追いかけるオッサン。
地獄の鬼ごっこ、開幕である。
「安心しろ。アレは仕込み。ガチじゃねぇよ。
爺ちゃんの知り合いで、適当に怖がらせといてって言ってある」
「そうか。なら心配する必要はねぇな」
「実はさ、初日も鞠に付きっ切りで、危うくロス出るとこだったんだよ。そのヤキ入れ。
まさか、ヤキ入れるタイミングで本当にロス出すとは思わなかったけどな」
元から殆ど心配してなかったけど、
やらかしの報いが透自身に来るのであれば、俺はもう、助けない。
「喋ってるヒマはねぇぞ! 勝、今の客減って待ち数変わったか?」
「ビール1なんでこっちの変化はありません!」
「あいよ! 藤田、絶対焦がすなよ! 焦がしたらお前の髪を焼きそばにするからな!」
「了解!」
それに、提供遅れが出てるという状況は変わってない。
とにかく全力で、この場を何とか凌がねば。