50.女神様だって、女の子
「……膝枕、ってことか?」
「うん」
昨日の昼に起きた出来事が、再び。
今度は微睡の中ではなく、はっきりとした意識を持った上で。
とんでもないことを、この少女はのたまった。
「いや、何で?」
「藤田君の膝枕、安心できるんだ。
……やっぱり怖かったんだ。殴られるなんて思ってなかったから。
だから、体温を感じたい。守られてるって実感が欲しい。
ボクを守ってくれた、藤田君から」
水橋の気持ちを推し量る。変な勘違いの可能性を全否定しながら。
これは恋人に求める物ではない。かといって、友達の範疇は超えている。
……あ、丁度いいのあった。父性だ。そうだ父親だ。
俺に親父的な父性を求めてるんだろ。そういうことだろ。そういうことにする。
そうしないと、ありえない可能性に辿りついて、盛大に勘違いをしてしまう。
「ダメ……かな?」
あぁもうそんな顔するなって。うるうるした瞳で上目遣いとかマジヤバイから。
罪悪感はともかく嗜虐感とか色々アカン感情が湧き上がってくるから。
「いや、大丈夫だ。そういうことなら……ほら」
「うん。それじゃ失礼しまーす」
その場に正座すると、水橋は俺の太腿の上に頭を乗せた。
……よし、流石に腹側に顔を向けてはいないな。
ただでさえドキドキしてるのに、この後頭部を俺に向けるスタイルじゃなかったら、
まず間違いなく俺の心臓は止まる。
「あったかーい♪」
「さいですか」
俺は熱いです。主に顔が。
違うとは分かってるが、風呂上りの熱が抜けていないということにする。
意地を張ってるんじゃない。何かしらで気を紛らわさないと平静を保てんのだ。
「藤田君。今日は本当にありがとう。……本当に、凄く怖かったんだ。
ああいう人にちゃんと対応できるようになってこそ、来た意味があると思ったんだけど、
ボクにはまだ早かったみたい」
「無理すんなっての。……けど、いいチャレンジ精神だ。
それに、まるっきりダメって訳でもなかっただろ? むしろ、期待以上だ。
少なくとも、俺はそう思ったぜ」
「……ありがとう」
初対面、しかもあんなクソ野郎共に対して、最後まで手を上げなかった時点で十分。
対応も丁寧だったし、上等よ。
「あ、ねこまる……」
心地よい重さが離れる。ねこまる……ぬいぐるみの名前か。
ぎゅっと抱きしめながら、俺の膝に戻ってきた。
「ただいま♪」
「おかえり。……割と余裕あるじゃねーか」
「今はね。藤田君がこんなに近くにいるし」
だからこいつは何度俺を勘違いさせようとしてるんだよ!
下手したら穂積よりも危険度高いっての!
だが落ち着け俺! 水橋に何ら他意はない!
「足、大丈夫? 重くない?」
「大丈夫。別に重くねぇよ」
「ごめんね。もうしばらくこうしてたい」
安心しろ。例え足が痺れても、ちぎれても続けるから。
こんなイベント、彼氏にでもならなきゃ二度と起こらない。
目指している目標を変えるつもりはないが、普通に考えたらこれが最初で最後。
なら、可能な限りはこの幸せな時間を長く続けたい。
「藤田君、ケガしてない?」
「バイトのアレ? いや全然。
あいつら完全に虚勢だったな。カスリ傷一つねぇよ」
「本当にごめんね。ボクのせいで、藤田君を……」
「言ったろ。悪いのは100%クソ親子だって。水橋は何にも悪くない。
だから、安心して寝てろ」
「うん……」
例え、相手がどんな野郎であろうと、俺はああした。
水橋を傷つけるようなクズは容赦しねぇ。
それくらいの気概も持たずに、彼氏になりたいなんて馬鹿げてる。
「……んっ」
(あっ……)
俺の膝に、水滴が落ちる感触。
これは、もしかしなくても……
「藤田君」
「うん」
「怖かった」
「そうだな」
「ボク、凄く怖かった……!」
「……そう、だよな」
頑張り過ぎなんだよ。
今はもう、終わったことだ。だから……
「泣いとけ。嫌なことは全部水に流しちまえ」
「ごめんね……ごめんね……!」
「うん……」
水橋のすすり泣く声だけが、静かな部屋に響く。
泣くまで頑張ることなんてなかったのに、そうせざるを得なかった。
どんどん挑戦して、成長していこうとしている最中、こんなことが。
……あのクソ親子、本当にムカつく。
「あ……ごめん、パジャマ、濡らしちゃう……」
「気にすんな。泣きたい時は、泣きたいだけ泣け。
ただでさえ、普段から感情押し殺してるんだからさ」
「藤田君……藤田君……!」
いつもの無表情でいる必要はない。
本当の水橋は、感情豊かな普通の女の子なんだ。
いくらでも、泣いていい。
(……こういう時、主人公ならヒロインの頭撫でたりするんだろうけど)
ヘタレな脇役なもので、そんな勇気はない。
だから……静かに、そのまま泣かせよう。
水橋が泣き止んでからしばらく。水橋の頭がゆっくりと船を漕ぎ出した。
「ふぁ……あ、ごめん。眠いよね?」
「いや、どっちかっていうと水橋の方が眠いだろ」
「うん。泣くだけ泣いたら、眠くなってきちゃった」
俺は全く眠くない。むしろ、目が冴えてきた。
女神様の横顔を見ながら眠れる程、俺は太い心臓を持ち合わせていない。
「眠ったら見えないだろ」という野暮なツッコミは無用。
目を閉じたら体温やほのかに感じる吐息の感触等々、視覚以外の感覚が鋭敏になり、
とんでもない過ちを犯す可能性がないこともなくなってしまう。
「もう寝るか? 続けてもいいけど」
「……このまま寝る、っていうのは?」
「風邪ひくからやめとけ」
俺が寝れねぇよ。色々な意味で。
「それじゃ、今の内に布団敷こうかな」
「分かった。おやすみ」
「……布団は敷くけどさ、ボクが寝付くまでしてもらえない?」
「……長期戦だな」
「あはは、冗談だよ。もう、足痺れてるでしょ?
ボクのわがまま、聞いてくれてありがとう」
わがままだなんて、思っちゃいねぇけど。
こんな可愛らしいわがままなら、いくらでも聞かせてくれよ。