49.そういうこと、どういうこと?
「そんなことがあったのか……」
勤務終了後、俺と水橋は海に行かず、シゲ爺に事の顛末を伝えた。
「全てはわしの管理不行き届きじゃ。本当にすまない。
未来ある若人の身を危険に晒してしまうとは、この爺も耄碌したな……」
「そんなこと、ない、です。私が、ちゃんとしてれば」
「……どうか、責任は全てわしに背負わせてくれ。
これ以上、君達に負担をかけるようなことがあれば、わしは腹を切らねばならぬ」
「シゲ爺、それは流石に……」
憂いの表情を浮かべ、項垂れるシゲ爺。
水橋の身に危険が及んだのは事実だが、これは事故だ。
悪いのはあのクソ親子で、シゲ爺に過失は一切無い。
「藤田君。水橋君。正直に言うと、これはわしのエゴじゃ。
本当に辛いこととは、過失の責任を負えないことじゃと、わしは考えている。
卑怯な真似ですまんが、責任の全てをこの爺に譲ってくれ。
……本当に、すまない」
「………………」
深々と頭を下げるシゲ爺。それを見て、何も言えなくなっている水橋。
この事件で一番被害が少なかったのは、多分俺。
故に、俺は何を言っても当事者感のない軽い言葉にしかならない。
だから、この場での俺の正解は、沈黙を守ること。
……そう、俺の頭は理解しているけど。
「シゲ爺。何で責任負おうとしてんだよ。水橋も何にも悪くねぇよ。
つーか、一番ヤバいことしたのは俺だ。……けど、俺は一切責任感じてねぇ」
冷静な回答などクソくらえと言わんばかりに、俺は爆弾を投げた。
「……?」
「……ふむ」
困惑する二人をよそに、俺は言葉を続ける。
「俺は何で、そこ二人で責任の取り合いしてるのかわかんねぇ。
だって、これ誰がどう見たって、悪いのは100%あのクソ親子だろ?
こんな交通事故みたいな話、防ぎようがねぇし、この場にいる誰一人として悪くねぇ。
それなのにありもしない責任の取り合いとか、一周して笑えるわ」
相当に無礼、もしくは蔑ろにしてることを言っているのは自覚している。
でも、この話の着地点は沈黙のままでいいとは思えない。
「シンプルに考えればいい。今回の件は、クソ親子が100%悪い。
事故みたいなもんだから、シゲ爺の管理不行き届きじゃない。
対応はしっかりしてたから、水橋も何にも悪くない。
先に暴力に訴えたのはクソ親子だから、俺は正当防衛が適用できる。
な? 誰も悪くないだろ? というか、そうしないと俺が傷害で捕まる。
シゲ爺は自分のエゴで責任取りたいって言ってるけど、それ相当に上等。
俺、完全に責任取りたくないっていうエゴで、こんなことほざいてるから。
……つーことで、そういうことにしてくれ」
いっそのことだ。開き直って正当化する。
割を食うのは俺だけでいいっていうことではなくて、純粋な気持ち。
シゲ爺も、水橋も、そして俺も、なーんにも悪くない。
確かなことを、しっかりと言わせてもらう。
「……藤田君。君は中々に老獪じゃの」
「そうでもないと、生きていけないんで」
「安心せい。狡賢いのではなく、経験をしっかり積んでいる、という意味だ」
「そんな大した人間じゃないですって」
その結果、シゲ爺からはお褒めの言葉を。
「藤田君、変わったね」
「いや、案外元からこんな感じ。大体のことって適当に流してきたから」
「それを自分の為に使うことってなかったでしょ?
もっと自己中になってよ。それくらいで丁度いいから」
水橋からは優しい言葉を、それぞれ頂けた。
夜、風呂上り。
今日は色々と疲れたから、さっさと寝ようと思ったら、
俺の部屋の入り口に水橋が立っていた。
「や。お風呂どうだった?」
「え? ……まぁ、いい湯だったけど」
「そっか。ねぇ、今からボクの部屋に来てくれないかな」
「別にいいけど」
入室と退室さえ見られなければ、ややこしいことにはならない。
透は穂積の部屋に行ったし、サルは既に爆睡中。
危険がないから、二つ返事で了承できる。
「ありがとう。ちょっとさ、藤田君とお話したいんだ。
ほら、今日……色々あったし」
それだったら、メッセでもいいとは思うんだが。
特に断る理由もないし、折角なので付き合いましょう。
水橋の部屋へ入室。間取りは一緒なんですが、俺の部屋とは明らかに違う。
別に内装に違いがあるっていう訳ではない。原因は水橋。
この女神様が部屋にいるだけで、質素な四畳半は途端に高級和室に。
そのせいで、窓の下にある謎ぬいぐるみの存在感が際立って仕方ないが。
「何だコレ」
「この子いないと寝付き悪くて」
(可愛いなオイ)
勿論、可愛いのはぬいぐるみではなく、水橋。
百歩譲っても、ぬいぐるみの容姿が属するのは『ぶさかわ』のジャンル。
「もっと大きいの持ってきたかったんだけど、詰め込めなかったから、
一番小さいのしか持ってこれなかったんだ」
「これで一番小さいのか」
「大きなぬいぐるみ、好きなんだ。クレーンゲームとかで集めてる」
バスケットボールぐらいのサイズの、丸々と太った猫のぬいぐるみ。
水橋の部屋には、これより大きいぬいぐるみが複数存在するということになる。
……イメージがまた一つ崩れた。
「ねぇ、藤田君。お願いがあるんだ」
「おう。何だ?」
それはそうと、本題はこれからか。
俺の予想はバイトのポジション変更の希望。それ以外だと、何が来るかね……
「膝……貸してくれない?」
……えっ?