43.シーサイド・アルバイト
5日分の着替え、海パン、洗面用具等々。
物置の中に眠っていたキャリーバッグに、様々なものを詰め込む。
「ゲーム系は……サルに任せるか。あいつのことだし、何かあるだろ。
一応、俺も何か持って行くが……ねっ、と」
バイトではあるが、半ば旅行。
旅行って準備が一番楽しいってとこあるよな。旅行自体も楽しいけど。
何はともあれ、コンビニのシフトを空けられたのは助かった。
土産の一つでも買って帰らんとな。
参加メンバーは、俺、透、サル、穂積の4人。
門倉は勉強を優先したいということで不参加とのこと。
俺も男子連中誘ってみたが、部活の夏合宿だったり、別のイベントだったりと、
それぞれ予定が入っていたから、残念ながら見送りということになった。
海か……俺はどうしようかね。まぁ、バイトしながら考えるか。
この機会がなきゃ、夏らしいことせずに夏休み終わった可能性もあるし、
適当に楽しませてもらいますか。
電車を乗り継ぎ、目的地であるサルの爺ちゃんの家へ。
大体1時間程度だから、スマホいじってればすぐだろ。
……おっと、メッセ来た。
『おはよう、藤田君。夏休み楽しんでる?』
予想通り水橋から。というか、水橋以外とメッセのやりとりする機会って
そんなにないかもしれん。
透にサル、陽司に翔と秀雅は一応登録してるけど、
特にメッセで会話するネタもないからな。
『おう。ぼちぼち』
『それなら何より。ボクは今日から短期バイト始めるんだ。
学校以外でも、人と接する経験したほうがいいかなって』
それはまた一足飛びに。大丈夫か?
最近の成長は確かではあるが、ハードル高いような気もするんだが。
『どんなバイト?』
『穂積さんに誘われたんだけど、リゾートでの住み込みバイト。
日給いいから、変装グッズ買い足そうかなって』
ほう、穂積との交友関係はそこまで行っていたのか。
でもって海辺のリゾートでの住み込みバイト。いい感じじゃん。
日給もそこそこあるようで……ちょっと待て。
(……もしかしなくても)
いや……穂積からの紹介って時点でほぼ確定だけども。
一応、そう一応、確認してみよう。
『そのバイトだけどさ、場所、○○ヶ浜?』
『うん。名前は聞いたことある』
『今日から5日で、朝10時半集合か?』
少し間が開いて、返信が来た。
勿論、その内容は。
『そうだけど、何で知ってるの?』
『……詳しくは現地で話す。気持ちの整理つけさせてくれ』
……マジかー。
ナンパの聖地に水橋が来ちゃうかー……
かなりデカい家の玄関。
そこに集まった俺達を出迎えたのは、サルの爺ちゃん。
「ようこそ若人諸君! 君達のエネルギー、この爺には眩しいのう!
さぁさぁ、まずは中へ入りたまえ!」
白髪ではあるが毛髪量の多い頭に、目力の強さが印象的。
年は70は過ぎていると思うが、声の力強さは数年若い。
「んじゃ、各自自分の名前書いてある部屋で荷物整理な。
原状回復しろとまでは言わんが、多少は気ぃ使うように。
爺ちゃん、再集合は昼飯の時でいいか?」
「構わんよ。皆も部屋は自由に使っていいからな。
テレビは無いが、ウィーフィー? だか何だかはこの前引っ張ったから、
最近の携帯なら、何か見れるじゃろ」
「Wi-Fiな」
「おお、そんな感じだったな。まぁ、ネットに関しては自由に使ってくれ。
勿論、金は取らんよ」
「ありがとうございます。それではお邪魔します」
外観は古民家という感じだったが、内装はどこか新しさを感じる。
最近改装したのかもしれないが、何にせよ幸い。
滞在中、不便を感じることは無さそうだな。
(そして何より)
現状確認をしておこう。
まず、この場に居るのはサルの爺ちゃんを除くと、5人。
俺、透、サル、穂積、そして……
「宜しく、お願いします」
穂積からの誘いで来た、水橋。
ちょっとこれは、予想外だった。
『で、穂積からはどこまで知らされてたんだ?』
in個室。内装は4畳半の和室で、鍵はかからない。
ちゃぶ台と座布団があり、壁には内線電話。押入れの中には布団一式。
小ざっぱりとしていて、まさに寝る為だけの部屋といった感じ。
いや、ここでやたら豪華な部屋を用意されても、それはそれで戸惑うが。
それはそうと、まずは水橋の持っている情報、認識を確認するか。
確実に、どこかしらの情報が抜け落ちてるはずだ。
『穂積さんからは、リゾート地で海の家のバイトって話だった。
住み込み先が岡地君のお爺さんの家っていうことは聞いてなかったけど』
『メンバーは?』
『穂積さん以外、誰も知らなかった。
藤田君も、岡地君も……神楽坂君も』
意図的に教えなかった、ということはないだろう。
聞かれなかったから答えなかっただけという方が自然。
このバイトに水橋を誘うという考えはあったが、まだ早いと思ったから、
俺は水橋に声はかけなかった。
けど、こういう形で水橋が来るというのは想定外だったな……
『大丈夫か? 思いっきり接客系だけど』
『マニュアル対応ならいけると思う。イレギュラー対応はちょっと不安だけど』
『ヤバそうだったらキッチンに回してもらえ。料理はできるか?』
『簡単なものなら作れるけど、店に出せるレベルではないかな……』
『十分。海の家は雰囲気重視だ。味求める客はいねーよ』
来る客に面倒そうなのがいたらまずいし、そこは注意しとくか。
後は透がどう動くかだけども……出たとこ勝負だな。
前準備何もできないし、勝手知らない土地だ。
なるべく何事もないことを祈りつつ、お仕事に勤しむか。
「それじゃ、手を合わせて……いただきます」
「いただきます」
時刻はジャスト12時。
サルの爺ちゃんの声に合わせて、昼飯が始まった。
カレーライスにちょっとしたサラダと、普通に美味い。
「カレーもサラダも、おかわりがたっぷりあるからな。
食えそうだったら言え。米はそこの炊飯器、他は台所じゃ」
「ありがとうございます。えっと……お名前は?」
「岡地茂晴だ。気軽に『シゲ爺』と呼んでくれ。
堅苦しいのは好かん」
「シゲ爺よろしくー!」
「おう! 君は中々にハンサムじゃの。名前は何と言うんだ?」
「神楽坂透! 今日から宜しく、シゲ爺!」
一気に距離を縮めてきたな。けど、これは正解の模様。
サルの爺さんは、年齢関係なく対等な接し方を求めているらしい。
「おぉ、君が神楽坂君か。話は聞いておるよ。うちの孫に良くしてやってるんだとな。
礼を言おう」
「とんでもないですって! サルにも世話になってますから!」
「サル? それは勝のことか?」
「むしろ他に誰いるんスか?」
「それもそうじゃの。勝から頭文字取ってサルか。
成る程、これは上手い」
だからと言って、祖父本人の前でその孫をサル呼ばわりするというはどうなんだろうか。
幸い、心の広い爺さんで助かったけども。
「じゃ、軽く仕事の内容を説明しておこうか。君達にはわしの海の家で働いてもらう。
ホールとキッチンが基本だが、場合によっては宣伝なども任せるかもしれん。
ある程度は希望に沿うが、なるべくは忙しくなった方に適宜回ってくれ。
分からんことがあったら、わしか従業員の誰かに聞け。しっかり教える」
「メニューってどんな感じですか?」
「かき氷にトロピカルジュース、焼きそばにフランクフルト……どれも定番物じゃな。
難しい技術を必要とするものはないから、そこは安心してくれ」
料理の経験は殆ど無いから、ありがたい。
なるべくはホールに出させて頂きたいが、キッチンも回せなくはない。
後は感覚掴んで、だな。
「では早速、この後から入ってもらおうか。
勿論、研修給などというみみっちいものはない。君達には期待しとるぞ!」
「宜しくお願いします」
「分かった、シゲ爺!」
「よろしくおねがいしまーす!」
「爺ちゃん、今年もよろしくな!」
「……宜しく、お願いします」
それじゃ始めるか。
リゾートバイト、頑張ろう。