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4.モブが狙うは隠しヒロイン

窓際の席、後ろから二番目。

脚を揃え、無表情で本を読む。

ホームルームの始まる2分前に本をしまい、

瞬きと呼吸以外一切せず、黒板の中央を見つめ、担任を待つ。


授業では板書を手早く済ませ、教科書の問題は誰よりも早く解く。

そして、授業が終わると、また本を取り出す。


昼休みには、一人で弁当。

極一部の生徒が便所飯に行く中、彼女は教室で堂々、一人飯。

残った時間で朝読んでいた小説を更に読み進める。


部活は帰宅部。

いつの間にか、誰も気づかない内に、教室から去っている。




「……お前さん、本気で言ってんの?」

「あぁ。……分かってるよ。身の程知らずだってことは」


こいつが憔悴した顔見るのも初めて。

何でこんな顔してるかは分かるけど。


水橋雫。この学校で『天才』という言葉が一番似合うのは、こいつだと思う。

テストでは満点以外を取ったことが無い上、通信票もオール5との話。

教師からの評判も良く、やる事為す事全て、神懸り的。

美しさと可愛らしさを兼ね備えた、神秘的容姿に、それとは不釣合いなわがままボディ。

正に非の打ち所が無い、天使……いや、女神的存在。


嫉妬すれば、相手にされないことで、自分の愚かさに裁かれる。

憧れれば、気にされないことで、その遠さに打ちひしがれる。


『高嶺の花』。

付き合うなんて、考えることすらおこがましい。そんな存在。

それが、水橋雫。


「……手伝えんぞ? 俺ですら尻尾掴めねぇんだ。

 透とは別枠。現在ただ一人の『判定不能』カテゴリだから」

「お前でも分からないことあるんだな」

「そらそうよ。声かけてもらえたら、その日一日は幸せになれるって女だぞ?

 喋らないし無表情だし、何考えてるか分からんし……どうしろってんだよ」


極端に高すぎるスペックは、時として人を遠ざける。

届かないと知りながら、天に架かる水の橋から、雫を手にしようとする者はいない。


ただ、一人を除いて。


「よう雫。何読んでるん?」


ミスター主人公、神楽坂透。

この男にとって、高嶺の花はただ美しい花に過ぎない。


「歳時記」

「へー。どんな話?」

「俳句の季語とその使い方を集めた本」

「俳句かー。今度教えてよ」

「用事があるから」

「そこを何とか!」

「無理」

「そっかー。んじゃ何か一句……」


まず歳時記を小説か何かと思った時点でアウトだろ。

だというのに食い下がってるな。


「あの通り透ですらオトせねぇんだ。

 お前じゃ、天地がひっくり返ってもありえねぇよ」

「まだ始まってもいないんだし、0.1%くらいはあるだろ」

「本気か……? お前らしくもねぇな」


俺自身が一番理解してる。

0.1%なんていう生易しいものじゃない。0%だと。


「……ま、夢見るのは自由だし、せいぜい頑張れや。

 目指してる途中で他の女子に惚れられるっていうのもワンチャンだし」

「ん。一応言っておくが、本人含めこのことは誰にもバラさないように」

「言われなくても。つーか、水橋のスペック的に情報流すとヤバいのは俺だ」


それじゃまた御用があれば、と言い残し、席に戻るサル。

簡単に諦めるつもりは無いけど、接点一切無いしな。


(まぁ、ゆっくり考えますか)


時間はあるんだ。気負うな、俺。




「ではこの問題を……水橋」


殆ど音を立てずに椅子を引いて立ち、スッと伸びた背筋を保ったまま歩き、

教師より綺麗な文字で黒板に答えを書き、席に戻る。


『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』とは正に水橋のこと。

当然ながら、回答は正解。


何かと凄い水橋だが、その存在が神格化したあまり、交友関係が殆ど無い。

正確には『分からない』だけど、サルですら知らない辺り、そう考えるのが自然。

存在は認知されてるが、自分達と同じとは思えない。

地上に降りた女神みたいな存在である彼女は、畏れやら何やらで、誰も近づこうとしない。

水橋も水橋で、自分から誰かに近づいたところは、見た事が無い。


寂しいとか、思ってるんかな。いつも無表情だから、全く分からない。

不明なことが多すぎるんだよ、本当。

水橋が解いたこの問題は俺でもできるけど、水橋の気持ちは本人にしか分からない。

授業と違って、明確な解答なんてないしな。


(こういう所の力こそが、将来役立つものなんだが)


誰も教えてくれやしねぇ。

こればっかりは、経験積んでく以外に道はないんだよ。




放課後。

いつもいつの間にかいなくなっている水橋だが、なんてことはなかった。

単純に、誰にも声をかけず、すぐに教室を出ているだけ。

でも妥当な所か。まさか瞬間移動が使えるとかはないだろ。

あっても不思議じゃないくらいの雰囲気はあるけど。


「なぁ怜二。お前ってどんな女好みよ?」

「俺? そうだな、趣味かぶってるといいな」

「お前さんの趣味って言いますと」

「カラオケ、ゲーセン、食べ歩き」

「男子高校生か!」

「男子高校生じゃ! 文句あっか!」

「ねぇな! けど、カラオケにゲーセンにメシねぇ。誰か狙ってる?」

「特に誰も。一年の時から引き続きの、長い様子見でございますよ」


表面を取り繕うのは得意。

変に世渡りテクは身についちゃってるもので。


水橋の趣味って何だろう?

少なくとも、俺とかぶってるってこたぁ無いだろうけど。

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