39.三面と六臂
「これ、何だと思う?」
何かがおかしい水橋の持つ手には、3枚の写真。
それは何だ? 話、全然聞いてねぇんだけど……
「さぁ? 何でしょうかね、一体」
「そんな口を聞いていられるのも今のうちだよ。
ボクにとっては切り札だけど、君にとっては地獄への片道切符だからね」
そして何なんだこの芝居がかった口調は。
お前、初対面の相手がいる場でこんなんできたのか?
「神様は見ているって言葉、あるよね。ボク嫌いなんだよね、神様に頼るのって。
存在すらもあやふやなものをアテにするのは、ボクの美学に反するんだよ」
「ははは。その写真がいっ……たい……」
テーブルの上に、写真が置かれた。
明るさからして時刻は夕方、家庭科室を外から写した写真。
1枚目は、家庭科室に何者かが入った瞬間の写真。
2枚目は、冷蔵庫から取り出した大量のお菓子の材料を、鞄に詰め込んでいる写真。
3枚目は、その鞄を背負って、家庭科室を出ようとしている写真。
「学校の風景を撮影してたら、怪しい姿が見えたから、とりあえず撮ったんだって。
この世に神様なんていないけど……報道部の勤勉な部員は、いるんだよ」
「あ……あぁ……!」
その写真に写っている人間は、3枚とも同じ。
勿論、今目の前で床にへたりこんで、真っ青になっている、千葉大河その人。
「で、どうする? 投了するかい? これでもまだゴネるつもりなら……」
「あぁ……!」
そこに、ゆっくりと水橋は近づき。
「実力行使、させてもらうよ」
床ドン。
言ってることはよくわからんが、雰囲気的にはかなりの威圧感。
物的証拠も出てきて、言い逃れのしようがなくなった。
「……僕が、やりました」
「よし、いい子だ」
(……あれ? これ、決着……なのか?)
ちょっとヌルっとした結末の上、新たな疑問ができたが、
とりあえず、事件解決。
「お疲れさまー」
「お疲れ。……で、水橋。アレは何だったんだ」
抜け殻になった千葉を先生方に引き渡して、帰宅。
そして電話をかけ、一番気になることをさっさと聞く。
学校の女神様でも、スイーツ大好きボクっ娘でもない、第3の水橋。
アレはどういうことなんだ?
「放課後に手に入れた証拠写真、藤田君に届けようと思ったんだけど、
もしかしたら、これ出しても顧問の先生が犯人だとか言い出すかもしれないって思って、
ちょっと憑依させてみました」
「待て。何だ憑依って」
俺には状況証拠しかなかったから助かったが、気になるのはそこではない。
この期に及んで水橋の新たな面を出されるとか、ややこしいことこの上ないわ。
「ボクが読んでる漫画の探偵の子になりきってみたんだ。
チェス用語をよく使う子で、床ドンに持ち込めば流れで罪を認めてくれるかなって」
「お前色々と凄いな!?」
よくまぁぶっつけ本番であのクオリティ出せたな!?
そのままテレビのワンシーンに使えそうなレベルだったぞ!?
「いやー、緊張したよ」
「だろうな」
「もしかしてと思って報道部尋ねたけど、確実に証拠写真あるとは限らないし、
報道部の人とは岡地君以外初対面だし」
「そっち!? 憑依云々じゃなくて!?」
「なりきってる時は頭空っぽにしてるから、精神的には案外楽なんだよ。
むしろ、いつものボクだったら声すら出なかったと思う」
水橋の規格外要素は一体いくつあるんだ。
誰にでもできることは難しいのに、誰もできないことは軽々とやれる傾向にある。
そんなのができるなら、挨拶とかはもっと早くにちゃんとできたはずなんだが。
「あんな感じで、やることが決まってれば結構うまくいくんだ。
それに……なりきること自体、1回やってみたかったんだよね」
「家でやれ」
事件解決という最大の目的は達成したが、
そこはかとなく、納得いかないことができた。
「あっ、犯人にたっぷりの塩ご馳走するの忘れてた」
「どうでもいいからそのまま忘れてろ」
翌朝。
昇降口の掲示板にあった告示によれば、千葉は無期停学処分とのこと。
事が事だし、最終的には自主退学を迫られることになるだろうな。
「おはよー」
「おはよう、怜二くん」
(んー……やっぱり、陰を感じるな)
穂積鞠、完全復活……とはならないか。
まぁ、同じ料理研究会の部員、しかも自分を慰めてた奴が犯人だったんだ。
加えて、ここ最近の失くし物も案の定、落ち込んでる所を狙おうとしたという理由で、
千葉が隠していたということも分かってしまったし、
正直、ダメージの完治には時間がかかるだろう。
「穂積さん、おはよう」
「おはよう、雫ちゃん。この前のプレミアムマカロン、本当にありがとね。
今度作る和スイーツ、期待してていいよ」
「……うん」
(へぇ。結構いい感じじゃん)
水橋、ぎこちなさはあるけど、誰の目にも分かる位の笑顔ができるようになったな。
穂積とは友達関係築けたし、『スイーツ好き』という部分は出せた様子。
この分なら、水橋が仮面を外せる日はそう遠くない。
「鞠、おはよう!」
「おはよう、透」
主人公様。
お前が何もしていない間に、俺と水橋が事を解決させたぞ。
透ハーレムの一人なんだから、お前も多少は……
「いやー、犯人探しは骨が折れたわ。
けど、しっかりとっちめてやったから、安心してお菓子作ってくれ」
「うん」
……ってオイ!
お前、何一つとして事件解決に貢献してねぇだろが!
待て待て、これは流石に見過ごせんぞ!
「透、お前その内解決するとか言ってなかったか?
つーか、何したんだよ?」
「えーっと……聞き込みとか?」
「実はもう、お菓子作ってきたんだよね。お礼にビスケット焼いてきたんだ。
一番最初は、透に食べて欲しいな」
「サンキュー! んじゃ、頂きまーす!」
とりあえずそれっぽいの挙げときゃどうにかなるって感じだな。
だが、確かにそれは定番かつ有効な手段だ。
やってないということは、この場では証明できないから。
(やっぱり、こうなるのか)
脇役の手柄は主人公のものになり、主人公のやらかしは脇役がやらかしたことになる。
結局、脇役は主人公には……
「!☆?▼□!○※?★!?」
「透?」
何だ?
言語の用を成さない声を上げながら、百面相やってるけど。
俺に対するイヤミ顔を作成するのに手間取ってるんかね?
「ま、鞠……なかなか刺激的な味のするビスケットだな……」
「え? ……あっ、まさか!」
ビスケットの破片を指先に乗せ、軽く一舐め。
すると、穂積は咳き込みながら舌を出し、ティッシュで拭きだした。
そして一頻り、舌の表面を拭き終わると。
「ごめん! これ、砂糖と塩間違えてる!」
頻繁にお菓子を振舞っている穂積が、砂糖の分子式をNaClと間違えるという、
初歩的かつ相当にレアなミスを犯し、
その最初にして唯一の被害者に、透が当選したということが判明した。
「ちょっと、水飲んでくる……」
「ごめんね! 本当にごめん!」
教室を出て行く透の背中に向かってペコペコ。
猿も木から落ちるとか、弘法も筆の誤りとか言うけども、
さしずめ『穂積も調味料の誤り。そして平謝り』ってところか。
頭を下げること3回半ぐらいで、透は教室から出て行った。
しかし珍しいこともあるもんだな。料理研究会所属に加え、お菓子作りに定評があり、
実力は折り紙つきの穂積が、今日日初心者でもあまりないミスをするとは。
「……雫ちゃん、これくらいで許してくれないかな?」
「十分だよ。無理させてごめん」
「ううん。こっちこそごめんね。直接言っちゃうと、すぐに拗ねちゃうから……
怜二くんもごめんね。あと……ありがとう。」
「ごめん、何の話だ?」
いきなり何だ?
会話の内容が断片的過ぎて、意味が分からない。
もう少し、補足を要求する。
「雫ちゃんから聞いたんだ。頑張ったのは怜二くんだって。
あと……透、何もしてくれなかったんだね」
(頑張ったのが俺で、透が何もしてない……えっ!?)
まさか、そんなはずないだろ!?
今回も、手柄は透に横取りされて……ん、携帯? 水橋から。
『後で説明するから、今は話合わせて』
後で、か。
なら、従わせて頂こう。
「悪いな、俺もちゃんとやれって言ったんだが」
「ううん。透には黙っててね。
それから、本当のお礼渡すから、放課後は料理研究会に来てくれる?」
「あぁ、別にいいけど」
「うん、よろしくね。透、これで懲りてくれればいいんだけど……」
これ……どういうことだ?
もしかしなくても、俺のしたことが、そのまま俺のしたことに……?
『説明してもらおうか』
『うん。だけど、大体分かってるでしょ?』
『何となくは。けど、一応頼む』
休み時間、水橋とメッセ。
今朝の件はどういうことなのか、念の為説明をしてもらう。
『昨日、千葉君を捕まえた後、穂積さんにメッセージ送ったんだ。
事件解決に貢献してくれたのは藤田君で、神楽坂君は何もしてないって』
『そういうことだよな。わざわざすまんな。
事件の解決が一番だから、誰の手柄でもいいっちゃいいんだけど、
透のタダ乗り阻止してくれてありがとう』
予想通り。
しかし、他にも何かメッセージを送ってなければ、今朝の透は奇声を上げていない。
『あと、神楽坂君はさも自分が事件を解決したように振舞うと思ったんだよね。
だから、もしそんなことしたら、何かしら罰を与えるようにお願いしたんだ。
思いっきり嫌うとか、そういうのがよかったんだけど、内容は任せた。
で、その結果があのビスケット。勿論砂糖と塩はわざと間違えたもの』
『そういうことか……そうじゃなきゃ、間違えんよな』
透を罰する為のお菓子を作る。
穂積にとっては、間違いなく初めての経験だっただろうな。
『犯人が千葉君で、神楽坂君が何もしてないってだけでも辛いのに、
そこに更に追い討ちかけるようなことして、悪かったとは思ってる。
けど、ボクは神楽坂君が許せなかったんだ。
予想通り、藤田君の手柄を自分のものにしようとしたし』
『水橋も分かってきたな。透は昔からあんな感じだ。
俺がいくら苦労した所で、脚光浴びるのはいつも透。
けど、俺は成果さえ出てれば満足だから、気にしなかったんだ』
『謙虚だね。だけど、それが神楽坂君をつけあがらせたんだと思う。
無闇に罰することと同じくらい、横取りを黙認するのはどうかと思うよ』
『今になって感じたよ。反省する』
『いい人』と『都合いい人』は違う。
悪いことをやったのなら、しっかりと注意し、必要あらば罰する。
また、水橋の世話になってしまったな。
『でも、まさかこんな形で『犯人にたっぷりの塩をご馳走する』が叶うとは』
『それな。犯人ではないけど』
『ある意味犯人より悪質だよ。藤田君、本当にお疲れさま。
じゃ、今度の休みにクレープ宜しくね』
『了解』
今までの俺のサポートは、ただの甘やかしだったんだろうな。
それは結果として、間接的に透ハーレム女子に辛い思いをさせることになった。
(俺も、結構なクズだな)
過去は変えられない。なら未来に目を向けて。
今までのことを反省しつつ、これからのことを考えよう。
手始めに、水橋にクレープ奢るか。