38.VS高二病
料理研究会の活動が終わる時間まで待ち、「千葉に用がある」と言って、
俺と一対一で、家庭科室に残らせる。
さて、携帯のカメラを動画撮影モードにして、と。
「先に言っておくけど、今からする会話は録音させてもらうぞ」
「構いませんよ。
で、先輩? このサァウザンドルィィーフ大河に、何かご用でも?」
(……? あ、千葉か。この時点で痛ぇな)
表情からして、この苗字の英語変換はボケてる訳じゃなねぇ。カッコいいと思ってやがる。
なるほど、新入生男子痛さNo.1というのも納得だ。
あまり関わりたくないから、手短にまとめるか。
「お前さ、何で穂積が鍵を締めた後、ここの鍵を借りたんだ?」
「僕が、ここの鍵を借りた。……フフフ……フワァーッハッハッハ!」
何こいつキモっ。いきなり高笑いしやがった。
一体、何を思ってやがるのかね……?
「ええ確かに、僕は穂積先輩が戸締りをした後、家庭科室の鍵を借りました。
……ですが」
(はい、ですがの続きは?)
「それは! 決して! 僕が盗みを働いた証拠にはなりませーん!」
(………………は?)
…………こいつ、底なしのバカだ。
まさか、こんなに簡単に行くとは思わなかった。
「なぁ、千葉」
「いーえみなまで言わなくてもいいですよ先輩。ズバリ! 先日の盗難事件のことでしょう!
あの日最後に家庭科室を出たのは穂積先輩。その返却から若干の間を置いて僕が家庭科室に入った。
そして、翌朝盗難事件が発覚……つまり! 盗みに入れるのは僕しかいないと!
そんな! 浅はかな推理で! 僕を犯人だと言うつもりでしょう!
しかし残念でした。先輩のその推理は全くもって的外れです! 何故なら、僕が鍵を借りただけなら、
忘れ物を取りに戻ったなど、いくらでも理由が……」
大仰な身振り手振りをしながら早口でくっちゃべってるところ悪いけど、
君は高校デビュー、そして穂積への告白に勝るとも劣らない自爆をしてくれたよ。
「あのさ。俺はお前が何でここの鍵を借りたか、その理由を聞いただけだ。
それが何で、お前が盗難事件の犯人じゃないって主張することに繋がるんだ?」
「あっ」
本当だったら、あえて怒らせるようなことを言って注意力を落として、のつもりだったが、
そんなことをするまでもなく、ボロを出してくれたよ。
「……そっ、それでもこのサァウザンドルィィーフ大河が盗みを働いたことには!
犯行時間は活動終了以降から翌朝まで! それだけあれば、外部からの犯行も……」
「翌朝どころか、夜ですらねぇんだよな。
俺、その日の『最後に』鍵を借りたのはお前って言ったか?」
「へっ?」
鍵貸与ノートの、千葉大河という名前の下。
そこには、料理研究会の顧問の芦田先生の名前が記されていた。
「材料数のチェック、最後に出る奴と芦田先生のダブルチェックなんだよ。
あの人、部活内容は部員に任せてるから、活動の場にはいないけど、
その辺の管理はしっかりやってる。
で、その芦田先生と懇意にしてるのが、うちのクラスの、そして当日ラストに出た穂積。
犯行時間は研究会活動終了後から、盗難があったと穂積に連絡が行くまでの間。
……連絡は、夜に届いたそうだ」
犯行推定時間の幅、僅かに10分弱。
その間に家庭科室に入ることのできる人間は、千葉しかいない。
「話は聞いたぜ? 痛々しいセリフ吐いて穂積に告ったってのは。
それも、穂積が自分に惚れてるだなんていう、これまた痛々しい勘違いしてな」
「そっ、そんなことは! 僕は決して、不安がってる時なら落としやすいだなんて……」
「それは、自白ってことでいいか?」
「あっ!」
決定打。
犯人は、こいつで間違いない。
「芦田先生も怪しがってたけど、顧問である手前、部員が犯人だと思いたくなかったんだろうな。
だが、窃盗は立派な犯罪だ。停学で済むことを祈ってくれ」
「ま、待った!」
「何だ? 辞世の句なら聞かんぞ」
この期に及んで、まだ罪から逃れようとのたまうか。
けど、もう無理だろ。ただ一点だけ突かれなければ、録画データを先生に渡して、
しかるべき処分が下る。
「先輩は、重要なことを忘れていますよ!」
「……何だ?」
「録音データを公開したら、万が一、もしかしたら、何らかの間違いで、僕が盗難事件の犯人だと
疑われてしまうかもしれません……が!
ここまでに出てきたものは、どれも状況証拠だけなんですよ!」
(…………チッ)
そこに気づかれたか。
このまま押し切れるかと思ったんだが……
事実、犯行可能な人物がこいつしかいない状況証拠は山ほどあるが、
物的証拠が何一つとして見つからなかった。
だから、そこに気づく前に犯行を認めて欲しかったんだが……事はそう上手くいかないか。
「残念でしたね! 僕は清廉潔白です!
ちょっと妙なことを口走ってしまったかもしれませんが、いずれにせよ直接的な証拠は皆無!
先輩、このサァウザンドルィィーフ大河に嫉妬するのは分からなくはありませんが、
それにしたってやり口が汚過ぎますよ!」
クソ……犯人はこいつで間違いねぇっつーのに。
やっぱり状況証拠だけで、とっちめるのは無理なのか……?
「そこまでだよ」
「え?」
「はい?」
突如、背後から声。
方向は、家庭科室入り口。
「探したよ、助手君。
勝手に一人で動くなんて、水臭いじゃないか」
「お前……」
見知った顔。
というか、この場に来る時点で、誰かは察したけど。
「さて、それじゃ……エンドゲームと洒落込もうか」
突然すぎて、何が何だか分からない。
お前、そんなキャラじゃなかったよな、水橋?