36.スティック菓子じゃねーんだから
「おはよう」
「おはよう、怜二くん」
表面上は、いつも通りの穂積。
だが、見る奴が見れば無理してると分かる。
「無理はするなよ? 辛いなら吐き出せ。
透、結構頑張ってるから、そのうちに見つかるはずだ」
「うん、ありがとう」
実際に動いているのは俺と水橋だが、透がまともに動いてないということを知ったら、
穂積は更に落ち込むだろう。
そんなことになるくらいなら、真実は知らなくていい。
透を庇うことになっちまうが、仕方ねぇ。今は穂積のメンタルを大切にしないと。
「対策とれるまでは、冷蔵庫は使わないことになったんだ。
だから、ここ最近は買ってきたお菓子の試食会」
「冷蔵庫用の鍵とか、部費で落とせないのか?」
「あ、それいいかも。芦田先生に相談してみる」
事件自体の解決がかかりそうなら、それまではとりあえずの策を。
いつも明るい穂積がこうなってると、関わりのあまりない俺も辛い。
元気付ける手立ては、俺にはねぇし……
「あの……穂積さん」
「え?」
「これ……食べて」
いつのまにか、穂積の隣に水橋がいた。
手に持っているのは、マカロンの入った小袋。
独特な装飾がしてあるが、それを見た瞬間、穂積の目が輝いた。
「雫ちゃん!? これ、ま、ま、まさか!?」
「うん。『Alice&Amy』のプレミアムマカロン」
「うわー! 私、生で見るの初めて!」
店名は聞いたことないが、どうやら相当なレア物のようで。
俺には普通のマカロンとの違いが分からんが、この喜びっぷりを見ると、
前から気になってた一品か何か、かもしれない。
「これ、予約2ヶ月待ちだよね!? 食べていいの!?」
「うん。これ食べて、元気出して」
「ありがとう! 頂きます……!」
めっちゃくちゃ嬉しそう。水橋、ナイスメンタルケア。
そうか、穂積が落ち込んでる時は、スイーツが効果的なのか。
JKならではの発想、よくやってくれた。
「おはよー! 鞠、何か嬉しそうじゃん?」
「おはよう! 見て見て、これ!」
「おっ、マカロン作ったのか」
「違うよ。これはAlice&Amyのプレミアムマカロン。
雫ちゃんがくれたんだ」
「へー。なあ雫、俺にもくれね?」
「……これ、1個しかないから」
お前は何を堂々とたかってるんだ透。
あーあー、水橋完全に怒ってるよ。
そりゃ大好きなスイーツを断腸の思いで穂積に渡したというのに、
それを軽々しく扱われるように言われちゃ……
「そっかー。それじゃまた今……度…………ぐっ!」
「どした?」
「なんか、腹痛くなってきた……朝の牛乳、腐ってたかもしれん……」
(これは……)
水橋の顔を見る。
その視線は、刺すように透の腹部へ向かっている。
……え、マジで?
「トイレ行ってくる……先生来たら伝えといてくれ……」
「あぁ、うん」
……これは、信憑性が出て来た。
『水橋を怒らせると、その原因に不幸が襲い掛かる』。
学校の女神は、本当に神通力を持っていたのか?
『いやいや、そんなのないって』
夜、単刀直入に聞いた結果。
普通に否定された。
『じゃ、何で透の腹見つめてたんだ?』
『貴重なものなのに、簡単にあげられるものだと思われてイラっと来たから、
お腹痛くならないかなーって』
『やっぱり何か持ってんじゃねーか!?』
俺は完全に忘れていた。
素の水橋は普通のJK。だが、超絶ハイスペックというとこは間違ってない。
故に、透の主人公補正みたいな力を持ってても不思議じゃない。
『偶然だよ。ボク自身が一番驚いてるもん』
『本当か?』
『それじゃ、今度は藤田君のお腹を痛くしてみる?』
『やめてくださいおねがいします』
『冗談だよ』
漢字に変換する余裕も無い。
理論も理屈も分からない力が一番恐ろしいということを、
主人公様の隣にいた俺は嫌というほど知っている。
『ともあれ、穂積をあそこまで回復させたのは水橋のおかげだ。
ありがとな』
『丁度、予約してたのを思い出して。
甘い物は、いつだって人を幸せにさせるパワーがあるからね。
ボクはまた2ヶ月後に食べられればいいし』
いい子だな本当に。
なら、俺はそのご褒美をあげねばならんな。
『この事件解決したら、クレープでも食いに行こうぜ。
マカロンの代わりにはならないだろうけど、奢ってやるよ』
『本当に!? 分かった、頑張る!』
穂積にしろ、水橋にしろ、笑顔が一番。
でもって透。お前はそろそろ、主人公補正に頼りきるのはやめとけ。
この世にはお前の上を行く、女神様がいるんだ。