34.兆候
「あれ、どこいったんだろ……」
体育の時間が終わった後。
穂積が何やら、探し物をしている。
「どうした?」
「藤田くん、私のペンケース見なかった?
ピンク色で、チャックが2つあって、これくらいの大きさなんだけど……」
「いや、見てないな。とりあえず、これ使っとけ」
「あっ、ありがとう」
(……最近、多いな)
ここ最近、穂積は失くし物が多い。
その日の内か翌日には見つかるが、すぐに別のものを失くしている。
穂積は天然ではあるが、持ち物の管理もできないような奴ではない。
それが急にこうも連続で物を失くすなんて、妙だ。
透を気にかける時間を減らした分、最近はこういうことが気になってくる。
我関せずでもいいんだろうけど、それじゃ気持ちが晴れない。
「また何かあったら、俺か透にでもに言ってくれ。
貸せるものなら貸すし、探すのにも付き合うからさ」
「ありがとう。怜二くんって優しいね。
いつも、誰かの為に頑張ってるっていう気がするよ」
そうか? ただ脇役根性が染み付いてるだけだと思うんだが。
あ、でもサルの評価だと、俺は『地味でイモ臭い世話焼き』だった。
……嫌なこと思い出したな。俺がモテない最大の原因じゃねーか。
ま、俺がモテるかどうかより、クラスメイトの困り事の解決の方が大事。
脇役は脇役のままだとしても、その在り方は変えられるんだよ。
翌朝。
何やら、教室がざわついている。
これはどうしたんだろうか。大事じゃなきゃいいんだけど。
「ねぇ鞠、本当に?」
「うん。芦田先生から連絡があって……」
穂積の周りに人だかり。
おいおい、何があったんだよ?
「おはよう。サル、何かあったのか?」
「おはよ。大事件だ。家庭科室に、料理研究会用の冷蔵庫あるだろ?
そこからごっそり、お菓子作りの材料が無くなってたんだと」
「は!?」
思いっきり大事じゃねーか!
こんな事件、遭遇することなんてほとんどねぇぞ!?
「盗み、か?」
「しかねぇだろ。ここだけの話、最近の鞠の失くし物も一緒かもな。
毎回、一度探した所に戻ってるっていう話だし」
(おいおい……)
何やら、キナ臭い感じになってきやがった。
穂積に対して、誰かが悪意を持っているのかもしれない。
でも……誰だ? 穂積を嫌うようなヤツなんて、思い浮かばねぇぞ?
「皆にお菓子作ってあげたかったけど、ごめんね。
しばらくは、普通の料理作りになりそう」
「鞠、安心しろ。俺が絶対犯人とっちめてやるから。
そしたら、またお菓子作ってくれ」
「透……うん!」
ここで、透のこの発言。
いつになく、いい方の主人公っぽいこと言うじゃねぇか。
そういうことなら、俺も手助けさせて頂こう。
「で、これからどうするんだ?」
「んー……まぁ、その内解決すんじゃね?」
一瞬でも、透がまともな主人公になったと思った俺がバカだった。
あんな大口叩いといて、まさかのノープラン!?
いや、それ以下だ。プランを考える気すらねぇ!
「お前ふざけてんのか!? 鞠、完全にお前信頼してるだろ!」
「じゃあ何か? あそこで『俺は何も出来ない』と言うべきだったと?」
「そういう意味じゃなくてだな!」
「まぁまぁ、学校の中の誰かだし、すぐ見つかるだろ」
……どうやら、俺は大分目が曇っていたらしい。
こんな近くにいる幼馴染が腐ってたことに気づくのに、16年かかった。
お前がそのつもりなら、俺が勝手に動く。
今必要なのは、ポーズだけの主人公様じゃなくて、動ける脇役だ。
その日の夜。
「藤田君。今日の穂積さんのことなんだけど、ボクにできることないかな」
頼りにならない主人公様に対して、最近成長しつつある水橋からこの相談。
勉強会以来、穂積とは友達関係が築けたし、その友達が困ってるなら
何とかしたいと思うのも当然か。なら、協力して頂こう。
「穂積から、情報聞き出してくれ。
会話の感覚は大丈夫だよな? もしかしたら、女同士でしか話せないこともあるかもだし」
「うん、分かった。……穂積さん、ボクにも明るく接してくれるんだ。
だから、その恩を返したい」
「水橋……」
いい心がけだ。
水橋はいつまでも、仮面を被り続けているつもりじゃない。
こいつは俺よりとっくに先に、自分を変えようとしていた。
なら、俺もその勢いに乗せてもらおうか!
「そして何より! 穂積さんの絶品スイーツを食べられなくした犯人が許せない!
スイーツの恨みは恐ろしいんだからね!」
ガクっとなった。
そうだった。この子、ちょっと単純な所もあるんだった。
この際協力の理由は問わないけど、もうちょっと気合かかったままでいたかったよ。
「お前、本当にスイーツ好きなんだな」
「スイーツは正義! これは万国共通の真理だから!」
「なぁ水橋。いくら俺がお前の素性知ってるからって、キャラ壊れてないか?」
「……ごめん、素の自分を吐き出せる相手がいるのが嬉しくて。
ちょっと、調子に乗っちゃった」
「あー、謝らんでいいっての。そういうことならいくらでも。
俺のグチ聞いてもらったりもしてんだしさ、吐き出したいなら好きなだけ吐き出せ」
「うん……ありがとう、藤田君」
(……女の子だなぁ)
可愛過ぎて、胸が苦しくなってきた。
付き合いたいなんて、考えることすらおこがましいとは分かっているけども、
頑張ってみるだけなら、自由のはず……いや、自由ってことにしよう。
脇役補正を捨てにかかってるんだ。
多少は身勝手になれ、俺。