33.それしかないんかい
「はよーッス」
「おはよー」
けだるい朝ならではの気の抜けた挨拶を交わし、席へ。
昨晩の悩みは未解決とはいえ、ずっと気にしていても仕方ない。
こういう時は、それ自体を忘れようとするのではなく、他の物事に興味を移すことで、
相対的に気にならなくさせるのがセオリーだが、この時期、何にもない。
学校行事の大半は2学期からが殆どだし、インターハイは帰宅部である俺には関係ない。
せいぜい、衣替え移行期間が終わるぐらいなものだし、既にほぼ全員が夏服を着ている今、
いつもの日々に変化を与えるものではない。
うちの学校の制服は、男女共にブレザーにワイシャツ。夏服はワイシャツと、人によってはベスト。
後は学年ごとに緑・赤・青で分けられたネクタイ、もしくはリボンをつける。
もっとも、校則はあるが形骸化してるから、透やサル辺りはかなり着崩してるし、
女子もスカート折ったりしてるヤツがそこそこ。カッチリ着てるのは門倉と水橋ぐらい。
俺も上の裾は出してるし、100%守ってる方が少数派。
「なぁ藤やーん」
「どしたー?」
「夏服って、意外と透けねーなー」
「そりゃそうだろ」
「何度頑張っても、透けブラは0人でござーい。
やる気が出ませーん」
「下らねぇことに勤しむやる気を別に回せ」
机の上でぐったりしている翔の戯言を聞き流しつつ、辺りを見回す。
うん、確かに0人だ。そりゃそうだよな。ベスト着てれば当然見えないし、
着てなくてもゲリラ豪雨に降られるか、相当汗かいたりとかしないと。
そもそも対策取られるだろ。余程うっかりしてなければ。
「サルっちー? お前、女子のブラの色とか分かるー?」
「無茶言うな。知ってたら諭吉で売りさばいてるわ」
「売るな。クラスメイトから犯罪者は出したくない」
クソどうでもいい会話を流れるように。これぞ男子高校生。
イベントなくても、こういうことしてれば気は紛れるもんだな。
「体力テスト始めるぞー」
あったよイベント。小規模だけど。
体育において数少ない、記録が明確に点数化される授業、体力テスト。
とはいえ、点数がそのまま成績になる訳ではないが。
「何からですかー?」
「今日は20mシャトルランだ」
「えぇー……」
20mシャトルラン。徐々に早くなる電子音に間に合うように20mの間隔を往復するアレ。
運動音痴組にとっては、音を聞くだけで辛くなるというトラウマを植えつけられるとか。
確かに、体力テストの中でもぶっちぎりで過酷な種目であることに違いはない。
「透、頑張ってね!」
「透君、期待してるわ」
「あぁ。全力出すよ」
「怜二。ここは一つ昼メシ賭けて勝負と行きませんかい?」
「上等だコラ。後で許してくれはナシだぞ」
透が穂積と門倉から応援してもらってる横で、サルに勝負をふっかけられた。
どうやら、本日のお昼は豪勢になりそうだ。
「その勝負、俺も混ぜてくれよ」
「断る!」
「勝てるか!」
「えー? いいじゃんかよー」
陽司。お前『男子で最後まで残るのは誰になるか』が賭けにならない原因だからな?
始める前から決まってる勝負を受けるほど、俺もサルも自信家じゃないから。
「じゃ、サルには特盛カツカレー、ゴチになります!」
「遠慮なく高いとこ行くなー……しゃーねぇ、約束だ」
結果、97対102で俺の勝ち。
俺のメシに対する執念が、サルのフットワークを上回った。
メシの予算が決まってる俺としては、最高のチャンスだからな。
負ける訳にはいかねぇっての。
「お疲れ様、透。頑張ったね」
「流石ね。私にはとてもできない記録だわ」
「いやー、キツかったわ」
60そこそこで余力残しながらやめたみてぇだが、記録は関係ないわな。
そして門倉。男女差考えろ。運動は出来ない方だとは聞いてるけど。
「それじゃ鞠、麻美。頑張れよ」
「うん!」
「出来る限りはね。運動はあんまり自信ないけど」
男子が走っている間、女子が回数カウントを担当していたから、今度は逆。
さて、こちらは誰が最後まで残って、拍手が送られるのか……
「……って、水橋で決まりか」
「だろうな。女子は88回で10点だから……95ってとこか?」
「お前近く? そこまで行くか?」
「分からん。なので、今回お手並み拝見とさせて頂こう」
水橋、筆記よりは実技の方が苦手らしいけど、あくまで『水橋の筆記』と比べて。
そう考えるとこっちも相当な記録出しそうなものだが、果たして。
『102』
「…………」
『103』
「…………」
(越された……)
もう大分前から水橋一人の記録挑戦となっている。
そして、俺の記録はあっさりと抜かれ、表情的にはまだ走れそう。
「陽司、お前何回だっけ?」
「144。……いや、まさかな?」
「とは思うけど……」
サッカー部エースストライカーの大記録を、女子が抜く。
とんでもない事態を目撃してしまうかもしれない。
『127』
「…………!」
『128』
「…………っ! はぁ、はぁ、はぁ……」
記録、126回。
記憶が正しければ、確か『男子基準での』シャトルランで10点が取れる回数。
「……これ、運動系の部活入ってたら、陽司超えたぞ」
「危な……バケモノかよ、あいつ……」
もし、水橋に人並み以上のコミュ力があって、交友関係広かった場合、
間違いなく各部活の助っ人として引っ張りだこになっただろうな。
「凄ぇな……」
「あぁ、凄かったな……」
「126って、その気になったら駅伝とか出れるんじゃねーか……?」
「88はあるから、そこ考えたらFはあるんじゃねーか……?」
「高2でこれだろ? めちゃくちゃ優秀だな」
「高2でこれかよ。 めちゃくちゃ揺れたな」
「……翔。これ以上のたまったら、その口縫い合わせるぞ」
「正直止めてくれんかったらどうしようって思ってた」
「ならハナからやるな!」
「いやぁ、眼福でした♪」
このチャラ男の頭には女しかないらしい。
俺は、こいつと友達であり続けていいんだろうか……
【サルの目:生徒データ帳】
・前島 翔
帰宅部
ルックス A
スタイル A
頭脳 C
体力 B+
性格 C+
【総評】
チャラ男 of チャラ男。典型的過ぎて逆に希少。
学業はそこそこに高校生活を楽しむことに全力を尽くしている。
いいヤツだし、性格も悪くない。
もっとも『性格がいい』ではなく『いい性格してる』という意味なので、
そこ考えると……うん。
総合ランク:B