32.常識と非常識
ここしばらくで、色々なことが起こり、色々なことが分かった。
水橋とのつながりができてから、中々に波乱万丈な日々を送っている。
俺は平穏無事であることと現状維持に注力してきたので、
今までになかった事態に対する期待やら不安やら、そこそこに感じている。
だが、これから自分自身を変えていくとなったら、もっと変化のある日々になる。
それに向けて、一旦現状を整理しよう。
まず最初の目標、彼女づくり。全てはここから始まった。
これに関しては全然だけど、別の形で進展した。
それが、俺自身が変わるという決意。
水橋のおかげで、俺は今までの自分を捨て、変化することに踏み出せた。
(言われて始めるなんて、とんだ臆病者だな)
そんな水橋を彼女にしたいと思っている訳だが、俺のそもそもがこうじゃ、
最高にカッコ悪いし、彼氏になる資格なんてない。
大体、水橋自身の問題もまだ解決してないんだ。
とはいえ、そっちは進捗が出た。
水橋と穂積は、友達と呼べる関係になれたっぽい。
穂積との仲がよくなれば、そこから交友関係を広げることもできる。
ただ透も擦り寄って来そうだから、注意は必要だけど。
(その透だが)
接点は分かったが、恋心を抱くきっかけまでは分からなかった二人。
古川先輩と八乙女が、何故透に恋したのか、その理由が判明した。
古川先輩は自分の理解者である透に依存し、そこから特別な感情が生まれ、
八乙女は取り柄を賞賛されて、練習に付き合ってもらう中で好きになった。
その共通点は、『褒められたこと』。
そして、同じ時間を共有しているうちに、恋心が芽生えたというとこか。
主人公補正が絡んでいたとしても、理由としてはそんなにおかしくはない。
だが、透はずっと曖昧な態度をとり続けている。
それは鈍感だからなのか、鈍感のふりをしているからなのか。
俺は後者だと見ている。だから、透の曖昧な態度にイラついている。
(これも、どうにかしないとならねぇんだが)
これこそ、透の横暴の最大の被害と言っていい。
これをどうにかしてこそだが、今の所解決策が見つからない。
悪いのは透だが、自分の力不足が嘆かわしい限りだ。
……いや、そもそも俺がやることじゃないんだがね。
それが結果として透をフォローすることになってることも多々あったし、
適度にほっといてもいいといえばいいんだが。
「……待てよ」
俺は今まで、自分の行動に常に『主人公補正』と『脇役補正』を計算に入れてないか?
それが当たり前だと思って、普通に考えたら妙な真似をしてないか?
もしかしたら、俺は勘違いしていたのかもしれない。
透の主人公補正は、プラスの面だけではなく、鈍感・難聴とかの悪癖にも来てるとしたら?
俺の脇役補正も、単に俺が何事も諦めていたが故の錯覚だとしたら?
世の中、説明できることだけじゃないけど、説明できないことばかりでもない。
ただの俺の勘違いだとしたら、俺の行動次第でどうとでもなる。
「けど、俺は普通にしてるだけで……あっ」
もし、今までの『普通』が異常だと仮定すると、度々起こるおかしなことも説明がつく。
滑稽な話だが、俺の一人相撲という可能性も、十分に考えられる。
具体例は、既に見ている。水橋だ。
主人公補正を抜いた透に対して、人はどう接するか。
水橋自体、普通とはやや離れてる人間だから、サンプルとしては微妙だが、
あいつは透を主人公様ではなく、『神楽坂透』として見ている。
その結果、水橋は透を苦手としてるし、嫌っているまである。
「……原因、俺なのか?」
俺の立ち位置、透の増長。
その原因は補正ではなく、俺の勘違い。
いつの間にか出来た関係が、心身に刷り込まれていたから。
「……そんなはずは、ない」
とも、言い切れない。
続く言葉は、声にならなかった分、頭の中から離れなかった。