エピローグ カメラの外で動いたら。
「怜二!? お前すげぇとこ目指すな!?」
三年生の春、俺の持ってきた赤本を見た陽司の第一声。
一応、かなりの難関大学のものではある。
「行けるとこまで行った方が選択肢広いしな。
分野として考えても、割と興味はあるし」
「そりゃそうだけど、お前いつの間に天才になったんだよ」
「地道に勉強しただけだ。あと雫のおかげ」
「文武両道バカップルとか新しすぎんだろ……」
雫は余裕だろうけど、俺は現在ボーダーライン。
自称進学校でしかないうちの高校の授業じゃ全く追いつかないし、
センターより二次試験が圧倒的に重要な大学だから、今となるとむしろ邪魔。
「陽司はどうすんだ?」
「サッカー続けたいから強いとこ入りたいんだけど、
どこも結構な難関なんだよな……スポーツ推薦狙いつつ、
一般入試でセンター重視のとこ狙い打ちってとこ」
「お二人とも大変そうだな。ま、俺は関係ねぇけど」
「留年すんじゃねぇぞ?」
「大丈夫よ。これでもアカの経験はない」
「経験あったらダメだし、まず大体の人間は経験してないから」
翔は大学を諦め、専門学校への進学を決めた模様。
将来的にはショップ店員を目指すとか。
「サルっちはどうなん?」
「リアルな話浪人前提みたいなとこあるな。それか低いとこ狙いか」
「多少は頑張れや。秀雅は?」
「プロゲーマーと言いたいところだが、普通に進学するわ。
うまくすれば国立行けるし」
「秀雅も地味に頭いいもんな」
「といっても、怜二クラスの大学は夢のまた夢よ。
このクラスでそこ受けるの、他は水橋と門倉ぐらいだろ?」
「いや、どっちも俺の上」
「ってことはどっちかの京をってことか」
「私は近い方の京を受けるつもりよ」
「うぉっ、いつの間に!?」
元よりずっとその大学を目指している以上、門倉の合格はほぼ確実。
前回の期末テストでは、ついに雫と並んで満点1位だったからな。
……そこに俺の名前まで並んでいた時は、一瞬意識飛びかけたけど。
「それにしても意外ね。今の藤田君のレベルだったら、
私や水橋さんと同じ大学を受けたっていいと思うんだけど」
「そのレベルだと流石にキツいし、入れても卒業が難しいだろ。
それに、俺は経済狙いだからここの方がいい」
「なるほどね。学部で考えると確かにそこも選択肢だわ。
私は法学部しか考えてないから、どの道ここだけど」
「副会ちょも丸くなったもんだな。ここでマウント取らないとは」
昨年の補欠選挙の結果、案の定門倉は生徒会長になれなかった。
しかし、信頼回復の為の行動をし続けていた成果はあったらしく、
副会長として生徒会活動の補佐をすることになった。
「藤田君の志望大学も最高峰クラスであることには変わりないし、
他人を見下したところで私の成績が上がる訳じゃない。
私もようやく、そういうとこまで学べたから」
「変わったもんだな。で、卒業したらどうすんだ?」
門倉の進路も、気になるといえば気になる。
親との確執がそのままなら、国会議員か官僚なんだろうけど。
「なるべく離れた所へ行くつもり。
もしかしたら、海外に行くかもしれないわね」
「海外!? え、国越える!?」
「色々と思う所があるし、世の中を広い視点で見たくなったの。
その為にはここを出た方がいいと思ったわ」
こっちに軽く視線を送ってきた辺り、そういうことだろ。
大学卒業までは従順な羊を演じ、卒業後は親と縁を切る。
その手筈を整えてる最中ってとこか。
「安定志向だとばっか思ってたけど、まさか海外とはねぇ」
「あるかもしれない、という程度よ。
最終的に目指すのは顧問弁護士が一番近いかもしれないわね」
「さっすが副会ちょ。んじゃ、起業した時には頼んだ!」
「……えぇ、そうね」
……ん? あれ、何か違和感を感じるぞ。
それも、門倉が変わったことによるものじゃなくて、それとは別の。
「お前起業とかすんの?」
「ほらこう、あるじゃん? カリスマ店員がブランド立ち上げるのって。
もしかしたら俺もそういうことあるかもってことで!」
「店員が安心して働けるようになる為には、安定した法務部がいる。
前島君のように、確かなアドバイスができる人間になるつもりよ。
分野は全く違うけども」
「それな。こちとらご覧の通りのちゃらんぽらんだし、
難しいことに関しては任せるわ」
「それが私の仕事になるかもしれないけど、最低限の知識は持ちなさいよ?
本当に何もかも分からないままだと足をすくわれかねないし」
「そこは勿論。本当に起こすつもりならそれなりに学ぶって」
「ならいいけど……」
(……まさか)
これ……フラグ立ってないか?
あの生真面目で堅物の門倉が、チャラ男以外の何者でもない翔を褒め、
その身を案じるようなことを話すなんて。
確かに焼肉屋で焼き方教わってたり、修学旅行の時翔を誘ったりとか、
今までの偏見は無くなったという感じはあったけども……?
(分からないもんだな……)
当然、これは俺の勝手な憶測に過ぎない。
けど、もしかしたら色々と事は変わったのかもしれない。
今まで勉強以外のことを何一つとして知らなかった門倉と、
勉強以外の遊びに関しては尋常じゃなく詳しい翔という組み合わせは、
考え方によってはめちゃくちゃ相性がいい、とも言えるかもしれんし。
「ミーハーな奴らめ……」
「どうしたサル。らしくもなく落ち込んで」
「怜二か……はぁ」
人に声かけられてため息とは随分だな。
一体どういうつもりだよ。
「いつになく疲れてるみたいだが」
「この世の無常を感じていた次第でござんす」
「どういうこっちゃ」
「透が来なくなってからのファンクラブ女子の動向をちょいとね。
なんかもう、イケメンに手当たり次第って感じ」
あぁ、そういうことか。結局その辺の女子も透が好きなんじゃなくて、
ただの面食いの集まりだったという訳か。
「それでよ、一転変わってお前狙い始めた女子がわんさか来てんのよ。
『実は怜二キュンのこと好きだったんだー!』とかほざく輩がね。
『モテないから簡単に落とせる手頃な男でしょ?』とか、ざけんなって話。
彼女いるって言っても、『どうせたいしたことない女でしょ』と来たもんだ」
「名前教えろ。全員ぶん殴る」
「そいつらの悪い噂流したから、それで勘弁してくれ。
というか怜二も随分攻撃的になったな」
「俺のことはいい。雫を馬鹿にする奴は許さん」
「相手が水橋ってことは言ってねぇよ。そっちにも迷惑だろうし。
水橋が相手って言ったら必死に否定するか、愕然として諦めるかだろ」
ここ最近、他のクラスが騒がしかったのはそういうことか。
俺は透の代用品でもなんでもねぇっての。
「ところで元幼馴染よ、透がどうなってるかは知ら……」
「知らんわ。知りたくもねぇ」
「だよな、うん。最近は保健室にも来てねぇっぽいし」
透は門倉の勧めもあって、保健室にはちょくちょく行ってたらしい。
幸い……と言えるかどうかは微妙な所ではあるが、
うちの学校は保健室登校も登校日に数えるシステムだし、
期末テストに関しても保健室で受けることが可能。
門倉も(クラスメイトとしては)見捨てきってはいなかったらしく、
勉強の支援をした結果、お情け進級という形で三年生にはなれた。
……サル曰く、教師は学校の体面の為って部分が大きかったらしいが。
一年で懲戒免職二人出しといて、今更何を取り繕ってんだよ。
「ま、最後の情けってことで選択肢は教えといてやった」
「中退?」
「いや、親御さんに高認試験のパンフレットをね。
受かるかどうか怪しいし、受かっても進路狭いだろうけど」
「そんなんあったな。確かにこのままだと四年生コース。
いくらクズ教師とはいえ、出席日数が足りなきゃ無理。
教師自体も上田先生のおかげで、根性叩き直されたしな」
結局の所は本人次第だが、あのまま腐って終わりの可能性大。
10年後にはパラサイトか、ホームレスか。
いずれにしても、人をナメ続けた馬鹿に相応しい末路だ。
……そして。
「俺、親御さんにまでナメられてたっぽいわ。
何が『透ちゃんに勉強教えてくれるんでしょぉ~?』だ。
こちとら二次試験対策でそれ所じゃねぇっての」
「お疲れ。確か怜二の志望大って偏差値67.5だろ?
そりゃ、落ちぶれた主人公モドキにかける時間はねぇわな」
「センター模試は9割行けたから足切り回避はできるけど、
二次の比率が4倍近いから必死も必死よ。
というか、仮に合格確定してたとしてもお断りだ」
「知ってた。高認のパンフ持ってくのも優し過ぎるって」
親御さんもあのクズの育ての親ということで、迷惑の遠因ではあるが、
直接の迷惑はかけられてないし、小さい頃は世話になったこともある。
だから、一応の心付けとして渡しに行った。
……事前に息子並にふざけたこと抜かすと知ってたら、行ってなかったが。
「そういや俺からも聞きたいことあったわ。白崎どうしてる?」
「一応は回復中。こっちは彼女ができたってこと伝えた。
流石に諦めがついたみたいだな。勝てるわけがないって。
保険だとか言ってたのを後悔してたわ」
「そうか……」
自分からフッておいてこう考えるのもどうかとは思うが、それでも。
白崎。俺のことを本気で好きになってくれて、ありがとう。
いつか、白崎に俺よりずっといい男との出会いがあり、
それが幸せな恋の始まりになることを願う。
「ま、邪魔する輩は適当に処理しておいとくわ。
白崎の件も、必要なら適当に手を回しとく。
お前さんは心置きなく、大学に行けるように頑張れ」
「サンキュ。でも、処理の方は適度にな」
「あぁ。その辺は弁えるって。
っていうか、お前殴るとか言ってなかった?」
「比喩だっての。25%ぐらい」
「せめて半分は比喩であって!?」
サルもある程度は物事を選ぶようになった。
信頼できる情報通が友人というのは、ありがたいことだ。
「せんぱーーーーーい!!!」
昼休み、雫が作ってくれた弁当を食べようと思ったらこの声。
酔っ払うことはやめたが、それでもなおやかましい後輩。
「そんな大声出さんでも聞こえるから。どうした?」
「おかげ様で! 陸上部の新入部員が! たくさん来ましたー!」
「そうなんだ、よかったね」
上田先生の活躍は、部活の方にも波及したらしく。
この頃はそこそこにやる気を持って活動している部員も多いらしい。
「音声を聞かせて頂いたおかげで、わたしはふっ切れました。
好かれてすらいなかったのはショックでしたけど、よくよく考えてみたら、
あんな人に好かれなかったわたしは幸運だったのかもしれません」
「自信持て。間違いなく幸運だから」
「ボクもそう思うよ。あんな人に好かれるのが幸運な訳がない」
あの場にいなかった二人にも、透の自白音声は聞かせた。
両方共にショックは受けたが、それ以上に透があまりにも醜悪過ぎて。
最終的に、透とは二度と関わらないという決意で一致した。
「で、最近の成果は?」
「追い風じゃなくても12秒を切れるようになりました!」
「流石だね。もう誰も追いつけないんじゃないかな?」
「いえ、むしろここからが勝負です! 0.01秒が明暗を分けますから!」
相変わらずの真っ直ぐさ。
この分なら、今年のインハイで大活躍するのは間違いない。
その為にも気になるのは。
「陸上の方は順調みたいだが、もう一つの方は?」
「えーっと……その、赤点にならない程度には」
「頑張ってくれよ。こっちも受験あるから時間かけられんし」
「当然です。先輩方には今まで散々お世話になりましたし。
勉強の面でも独り立ちしないといけませんから」
「なら大丈夫だ。時間あったら復習がてらそっちに行くわ」
「ボクも。センター試験も大切だからね」
「ありがとうございます! では、わたしはこれで!」
やる気のある奴が相手だったら、時間をかけてもいい。
誰かと勉強をするというのは、そこが大事だ。
「八乙女さんも大変そうだな……怜二君の調子はどう?」
「何とか徐々にって感じだな。次の模試次第」
「お互い大変だね……もっとデート行けると思ったのに」
「俺も。あと、一緒の大学行けなくてごめんな」
「ううん。大学選びはどっちにとっても大切だし、
将来を見据えた上で選んだ方がいい」
志望大学によって二次試験対策も変わるから、一緒に勉強できない。
とはいえ距離は近いから、進学後も遠距離恋愛にはならないが。
「それにさ、時間割工夫すれば一緒の時間作れるじゃん」
「確かにな。選択科目次第でそこそこ融通が利く」
「勿論、家賃は折半ね♪」
「そりゃな」
なんなら進学後の方が多分、いや間違いなく近くなる。
ここ最近の賃貸情報は二人暮らし前提でしか検索してねぇ。
「いずれにしても、大学合格しないことには始まらんがな」
「だよね。でも怜二君ならセンター利用で色々受かりそうだけど」
「俺ですら結構いいとこでA判出てたわ。つまり雫は聞くまでもない」
「二次対策に集中できるのっていいよね……」
「そうだな……」
学年が違うということにはならなそう。
勿論、油断だけはしてはならない。
「次のデートはいつ行けるかな?」
「ゴールデンウィーク前に1回はしたいよな。
来週って空いてる?」
「土曜日なら。怜二君はどう?」
「俺も大丈夫。じゃ、来週は息抜きするか」
「ふふっ、宜しくね♪」
その為には適度な休息もいる。
メリハリつけてやっていこう。
放課後、雫の携帯に着信が入った。
話してる感じから、相手が誰かは何となく分かった。
「お久しぶりです、お元気でしたか? はい、あぁ、それは何よりです。
そうですね、ボクも順調な感じで。……あ、代わります?
え? ……いえ、大丈夫だと思いますよ。……あー、そうですか。
それじゃ、一応聞きますね。……ねぇ、怜二君」
「古川先輩から?」
「あれ、分かった?」
「『お久しぶりです』から始まって、俺に代わってもいい相手は大体三人。
で、俺に手数かけると思って許可を取るように頼むのは一人だけだ」
ちなみに、他の二人は深沢先輩と茅原先輩。
それぞれ理系大学の最高峰と、スポーツ医学部のある中堅校に進学した。
「相変わらずの洞察力だね。じゃ、代わって大丈夫だよね?」
「あぁ」
「分かった。……もしもし。大丈夫です、代わりますね。
はい、怜二君」
「おう」
そして、古川先輩は難関私立の文学部に。
小説家を多数輩出している大学に見事合格した。
「もしもし、藤田です」
「あ……藤田くん、元気?」
「おかげ様で。いかがですか、大学生活は?」
「うん、楽しいよ。なんか女の子が皆仲良くしてくれて。
けど、サークルには入らない方がいいって言われたんだ」
(……うん、それ正解だわ)
ちゃんとしたところもあると思うし、その方が多数だろうけど、
アレなところはとことんアレだろうし、そこに古川先輩が入ると……
女子が仲良くしてくれるっていうのは、庇護欲刺激されたからか。
「一応見学には行ったんだけど、確かに合わなかった。
だから、執筆はいつも独り」
「環境は大事ですからね」
「うん。……そういえば、文芸部はどうなったのかな」
「文芸部ですか」
「……やっぱり、廃部?」
「それがですね、3人程入ったみたいなんですよ。
同好会にはなりましたが、結構ちゃんと活動してますよ」
「本当!? ……嬉しい」
これは古川先輩の功績による所が大きい。
文化祭後もコンテスト入選が続き、刺激された帰宅部もいたらしく。
それによって廃部を免れることとなった。
「ということで、心配はいりません」
「……藤田くんと水橋さんと茅原くんのおかげ。
三人のおかげで、描写が上手く行くようになったんだ」
「それは先輩の頑張りですって」
「ほら、透くんの……」
「あー……」
……結論出す気ない上、体目当てだったということを知ってしまったからな。
辛いのは間違いないだろう。
「教えてくれてありがとう。おかげで、執筆に専念できるよ」
「何よりです。それじゃ、雫に戻しますね」
「うん」
雫に携帯を返し、あの時のことを思い出す。
間違いなく辛いことだらけだったし、傷は残っているだろう。
……それはいつか、素晴らしい作品に昇華するはず。
俺と雫が同棲を始めたら、きっと本棚に著書が入るだろうな。
翌日の放課後、料理研究会にて。
俺と雫に穂積から桜餅の差し入れが。
「勉強には甘い物! どうかな?」
「美味い。いかにも春って感じ」
「嬉しい! それじゃ私も食べよっかな」
月に1、2回、穂積からこういう差し入れを受け取っている。
目を覚まさせてくれたお礼、ということらしい。……そして。
「いつもありがとう、鞠ちゃん」
「どういたしまして、雫ちゃん。……えへへ♪」
雫は、穂積を下の名前で呼ぶようになった。
今の所、俺を除くと穂積が唯一。
「二人とも凄いとこ志望したね。
先生は思いっきり納得してたみたいだけど」
「それなりには頑張ったからな。鞠はどうすんだ?」
「悩んでるんだよね。パティシエになりたいんだけど、
好きなことを仕事にするのって難しいから」
「大学か専門だったら?」
「それ含めて。大学は他の勉強もすることになるけど、道が広がる。
専門なら近いけど、なれなかったらただの趣味になるだけ。
この時期になると、理想と現実の差に悩まされて……」
透の為に使っていた時間を自分の為に使うようになった穂積だが、
それによって自分が置かれている状態を深く認識し、
どうしたらいいか迷っているようだ。
「透がいたら決めてくれたんだろうけど、自分で決めなきゃ」
「あいつがいても決めやしねぇよ。適当っぷりは知ってるだろ?」
「……うん、やっぱりそうだよね」
「どこを選ぶかも大事だけど、選んだ後も大事だと思う。
鞠ちゃんが頑張れば、結果は後からついてくる」
「そっか……そうだよね。何にしても頑張らなきゃ」
そんな中でも、穂積は真剣に戦っている。
透の呪縛から解かれた今、邪魔するものは何もない。
「私、みんなを笑顔にしたくてお菓子作りを始めたんだ。
美味しいものを食べてる時って、みんな笑顔になってくれるから。
だから、まずは私自身が笑顔にならなきゃ。
大学にしろ、専門学校にしろ、後悔しない選択をする」
「その意気だ」
「鞠ちゃんなら素敵なパティシエになれるよ」
「……うん! 私、頑張るからね!」
穂積の作ったお菓子が店に並ぶのは、そう遠い未来じゃないだろうな。
勿論、そこで買ったお菓子を食べる時、隣にいるのは……
「桜餅って葉っぱどうするかも悩むよね。
ボクは大体外してるけど」
「好みでいいんだけど、外した方がおすすめなんだって。
桜餅そのものの味を楽しむ方がいいってことで」
「そうなんだ。それじゃ今まで通りかな。……美味しい」
こうして顔を綻ばせている、甘い物大好きな俺の彼女。
余裕が出来たら、俺もお菓子作りとか挑戦してみようかな。
前期合格すれば、ホワイトデーには間に合うし。
帰り道はいつも、雫と会話しながら。
受験勉強で忙しい分、登下校の時間も大切。
「お父さんが結構探してるんだよね。
ボクと怜二君の志望大の間にあって、二人で住めるとこ」
「ありがたいな。電車とバス使えば1時間そこらだけど、
やっぱりお互いに丁度いいところに構えたいし」
「ちなみに怜二君の希望はどんな感じ?」
「あんまり騒がしくないとこ、かな。
それと最寄り駅よりも最寄りのスーパーが気になる」
「そういうしっかりしてるとこ大好き」
「いざ二人で暮らすとなったらお世話になるだろうしな。
コンビニも気になるけど、値段的に……ん?」
学校帰りにあるコンビニの中で、何か騒ぎが起きてる?
うわ、店員に殴りかかって棚倒して……こっち来た!?
「逃げろ!」
「えっ?」
凶器はない。顔はマスクとサングラスで分からん。服はボロボロ。
トチ狂ったオッサンか何かか? どのみち雫には指一本触れさせんぞ!
「この野郎ー!」
「うらっ!」
「うぇっ!」
真っ直ぐに突進してきたところをそのまま殴って終了。
一体何の真似だよこのオッサン。どの面下げて……ってえぇっ!?
「おい……お前……」
「お前のせいだ!」
「やかましい」
「げふぇっ!」
ニキビだらけの顔に、伸び放題の髭。しかもめちゃくちゃに浮腫んでる。
変わり果てた姿だが、忘れる訳が無い。
オッサンだと思っていた男の正体は、現在不登校真っ只中のエセ主人公様。
神楽坂透そのものだった。
その後の事情聴取で分かった話として。
保健室登校もしなくなった透は、外出も殆どしなくなり、
今では食料を買う為にこのコンビニへ行くだけになっていたらしい。
食事も偏りに偏ってたらしく、唯一の長所だった容姿は見る影もなく、
(一応の)幼馴染だった俺がギリギリ分かる程までに、醜く変貌していた。
加えて日常的にコンビニ店員に横柄だったらしく、
今回の暴行も初めてではなかったとか……堕ちたもんだな、マジで。
「お前のせいだ! お前のせいで俺の人生はメチャクチャだ!
お前のせいだ! お前のせいだ!」
「……更生のチャンスは何度もくれてやった。
不登校のままでも大学に行けるチャンスだって与えてやった。
それを全部棒に振ったことが何で俺のせいになるんだ?」
「お前は一生俺の手下になってりゃよかったんだよ!
お前のせいで、お前のせいで俺はこんなことになったんだよ!
申し訳ねぇとか思わねぇのか!」
「……もういい。じゃ、後は頼みます」
なんだか、どうでもよくなった。
思いがけなくぶん殴ることができたし、こいつに用は無い。
警察の方々に引き渡して終わろう。
「あっ、雫! 俺と付き合おうぜ! な、な!?」
「……何言ってんの? 私は怜二君の彼女だし、
最低の人間の視界にも入りたくないし、視界に入れたくない」
一人称が違う辺り、素の自分を見せることすら嫌ってことか。
俺も全くの同感。本来の雫は皆にも知ってもらいたいが、
こいつに限っては知らないままの方がいい。
「ハァ!? お前、本当に雫騙しやがったのか!?」
「あ、ほっといて大丈夫です。そのまま連れて行って下さい」
「怜二! 無視すんじゃねー!」
「はいはい、話は向こうで聞こうか」
どうなるんだろうな。少年院まで行くだろうか。
傷害単体だったら微妙だけど、この態度だとあり得る。
「……さ、帰ろっか」
「だな」
これで、幼馴染との腐れ縁も完全に切れた。
これからはなおのこと、のびのびと生きていけるな。
少年院まで行ったらそっちの方々にとっては面倒になるだろうけど、
できれば俺と雫が大学入るぐらいまでは出さないで頂きたい。
「今日はお疲れ。大変だったね」
「はっきりと区切れたって考えるわ。もしかしたら物理的にもな」
夜は雫と電話。
通話代のかからないアプリ通話だから、長電話しても問題ない。
実際は勉強時間との兼ね合いもあるから、そこまで長くはできんが。
「それと……いつも、守ってくれてありがとう」
「当然のことをしたまで。雫にケガさせる訳にはいかないからな」
「……それも大事だけど、怜二君もケガしなかったのが嬉しい。
怜二君が強いことは知ってるけど、いつも不安だから」
降ってこないことが一番だが、降りかかる火の粉は払うまで。
もっとも、今までは誰かに降りかかった火の粉の盾になり、
体中のあちこちに火傷を負い続けるという感じだったし、
降りかかるというよりはこっちに飛ばされたと言う方が近いが。
「安心しろ。俺は雫も俺自身も傷つけない。
何でもかんでも自分だけが犠牲になればいいとは思ってない。
何せ、今となっては俺一人の身体じゃないしな」
「ようやく、分かってくれた?」
「おかげ様でな」
雫は、俺が俺自身を大切にしないことを嫌っている。
だから俺は自嘲をやめ、自己犠牲も減らした。
「辛いことを分け合える関係なら、幸せは二倍になるでしょ?
辛いことは分ければ減るけど、幸せは分ければ増える。
お母さんの受け売りだけどね」
「なるほどな。確かにそうだ」
「そういうことで、これからも自分を大切にするように」
「了解」
雫は俺のモノであり、俺は雫のモノだ。
それなら、どっちも傷つけてはならない。
「それじゃ、寝るか」
「うん。……じゃ、いつものお願い」
「分かった」
寝る前の電話の終わり方は、お互いに決まっている。
俺から雫へ、雫から俺への順番で、同じ言葉をかける。
「愛してるぞ、雫」
「ボクも愛してるよ、怜二君」
「……おやすみ」
「おやすみなさい」
雫曰く、「こうしてくれないと寂しくて眠れない」とのこと。
バカップルとでも何とでも言いやがれ。俺は雫の彼氏だ。
彼女の望みを叶えるのが彼氏の務めだろがこの野郎。
(……さて、と)
俺の恋路は、ハッピーエンドで締めくくられた。
ここからはまた新たなストーリーが始まる。
カメラの外側にしかいなかった、脇役の俺。
今となっては、それはただの自己暗示に囚われてた過去の俺でしかない。
カメラが映したがるものなんて、知ったこっちゃねぇよ。
予定調和しか映さねぇカメラなんて、クソ食らえだ。
サスペンスに萌えキャラを出して、緊迫した空気をブチ壊せ。
アニメに芸人を使って、思いっきり炎上させろ。
ネタ番組で緊迫したシーンを流して、茶の間を凍らせちまえ。
……そして。
「脇役が出しゃばって、ヒロインと恋仲になっちまえ」
カメラの外で動いたら、リアルが動き出した。
俺と雫のストーリーは、ここから始まる。
壊れたカメラを捨てて、歩き出そう。
誰にも分からない、筋書きの無い未来へ向かって。
ご愛読、ありがとうございました。
これにて、脇役恋愛譚『カメラの外で動いたら。』は、完結となります。
色々と思う所だったり募る気持ちがありますので、
近日中に、その辺りをまとめて活動報告に記させて頂きます。
ただ、今思っていることを簡単に箇条書きで書いておきます。
薄ぼんやりとした展望みたいなものでしかないので、
『もしかしたら』という程度にお考え頂ければ幸いです。
・意外とこの後を読みたい方がいらっしゃるみたいなので、
最終話~エピローグの間だとか、怜二の友人視点といった、
番外編・スピンオフ的なものを書く……かもしれません。
書いたとしても相当な不定期更新になると思います。
(追記)
6月から最終話~エピローグ間の番外編の執筆を始めました。
蛇足感が強いですが、気になる場合はお読み下さい。
・今後、表記ゆれや口調の修正などがあったりするかもしれません。
・作中の様々なものについての、作者のイメージについてを活動報告で少々。
本編には関係ないので、活動報告では書きたいものを書かせて下さい。
・作品についての反省なども活動報告で少々。
色々と至らぬ点を確認し、次作に活かしたいと思います。
・各キャラクターのプロフィールは一応設定してありますので、
それを公開するかもしれません。
以上、そんな感じです。
最後に……最後まで拙作をお読み頂き、ありがとうございました。
また、次回作でお会いいたしましょう。
四谷コースケ