232.受け継がれる味
歌ってはイチャつかれ、歌を聴いてはイチャつかれ。
カラオケボックスであるにも関わらず、お互いそんなに歌わなかった。
「ごめんね、ボクのせいで無駄に時間使っちゃって……」
「いやいや、俺も楽しかったから大丈夫だって。
それより昼メシどうする? 希望あるなら聞くけど」
「それなんだけどね」
そう言いながら、鞄の中から風呂敷包みを出した。
……え、まさか。
「お弁当、作ってみた」
「マジで!?」
なんと、まさかまさかの手作り弁当。
告白した日にちょっと話はしたが、それを今日作ってくるとは。
「簡単なものしか作れなかったけど、ボクなりに頑張ったから、
お昼ごはんはこれを一緒に食べてくれないかな?」
「ちょっと待ってくれ……あーヤバい。本当にヤバい。
嬉し過ぎて心臓爆発しそう」
「そこまで期待されると何か悪いな……実は自信無くて。
お母さんに教わった通りには作ったんだけど……」
安心しろ。例えどんなものが出てきたって残さず食う。
というか雫のスペック的にそう変なものはまず出ないだろうし、
これはもう、約束された勝利だ。
「ありがとな。それじゃどこで頂こうか」
「確か公園にテーブルつきのベンチあったよね。
そこでいいかな?」
「了解」
愛する彼女の手作り弁当。
しっかりと味わわせて貰おうか。
街中にある大きな公園は、遊具よりも施設やベンチの方が多い。
そして、その中には屋根とテーブルつきのベンチなどもある。
外で弁当を食べるには最適だ。
「色々なとこでご飯食べるのもいいけど、こういうのもしたかったんだ」
「俺もこういうのをされたかった」
「ふふっ、よかった」
風呂敷を解くと、黒のお弁当箱が二つ。
上の段には紙コップと水筒が乗っていた。
「これ、夏祭りの時も持ってたよな?」
「うん。包み方はお父さんに教わった」
「へぇ。あの時のスイカも?」
「そうだね。菓子折りとかお酒の瓶とか、一通り包めるようになった。
『どこに出しても恥ずかしくない娘』にする為の一環だって。
とはいえ、ボクは怜二君にしか行かないけど」
「安心しろ。これだけできたら十分立派だ。
この場合むしろ俺がもっと頑張らねぇと」
「ボク何回も怜二君に守られてるし、怜二君こそ十分だと思うけど」
「んじゃお互いにほどほどに頑張るか」
「ということで、まずはお弁当の評価から貰おうかな。はい」
「おぉ……!」
左半分は白飯、右半分はおかずというシンプルな構成。
彩りも卵焼きの黄色、ほうれん草の緑、ミニトマトの赤と豊かで、
見るからに食欲がそそられる。
「本当はもっと凝ったの作りたかったけど、無理はしないことにした。
変な真似して食べられなくなったら悪いし……」
「いやいや、これだけ作れたら満点だって。それじゃ、頂きます」
割箸を割って、と。まずは卵焼きから行くか。
綺麗に巻かれてるが、お味の程は……
「……どう?」
「美味いな。甘さが丁度いい」
「本当!? よかったー!」
うちで食べる卵焼きはしょっぱいタイプだが、これも美味しい。
基本に忠実な味付けだからこそ、食材の魅力を引き出している。
「これだけは何回も練習したんだ。中々上手く巻けなくて」
「成果はしっかり出てるよ。こんな美味い卵焼き初めてだわ」
「ふふっ、ありがとう♪ それじゃボクもいただきま……」
雫も割箸を取り出して、弁当箱を開ける。
……その時だった。
「あーっ!」
「へっ?」
「えっ?」
突然聞こえた子供の声は、左側から。
そして、それと共に飛んできたのはサッカーボール。
「うぉっ!?」
「あっ!」
それは見事に俺の右手に直撃し、持っていた割箸を弾き飛ばしつつ、
公園の花壇へと吸い込まれていった。
「……えーっと」
割箸の現在地、地面。
ものの見事に土がついて、割箸からただの木のゴミにクラスチェンジ。
青天の霹靂とは、まさにこのことだろう。
「この度は本当に申し訳ございません!」
サッカー少年の親も公園に来ていたらしく、深く頭を下げられた。
それで連れてこられた子供の顔を見たら……この顔知ってるぞ。
「プールの時といい、まさか二度もご迷惑をおかけするなんて、
どうお詫びしたらいいものか……」
「まぁ、気にしないで下さい。あなたは悪くありませんから」
「……ちっ」
「こら! 舌打ちなんてするんじゃありません!」
夏休みに市民プールに行った時は、とんでもねぇことをしてくれたな。
門倉の水着を盗んだ挙句、その罪を俺になすりつけやがって。
まさかあの時のクソガキにここでまでふざけたことされるとは。
ちょっと軌道がズレてたら、弁当が台無しになるところだった。
「謝るべきはあなたじゃなくて、お子さんですよね?」
「えぇ、勿論です。ほら、ちゃんと謝りなさい」
「わざとやったんじゃねーし!」
「裕樹! いい加減にしなさい!」
「こんなとこで弁当食ってる方がわりーんだよ!
オレは悪くねー!」
「裕樹!」
酷ぇクソガキだな。まるで透が小さくなったみてぇ。
この親御さんから育てられたとは、とてもじゃないが思えん。
だが、流石に腹が立ってきた。俺からも言っておくべきか。
「あのな、自分が何やったか……」
「私が黙ってる内にごめんなさいしようか」
「女がうるさ……あ……」
静かに、しかし明らかに怒気を孕んだ声。
ここまで黙っていた雫が、口を開けた。
クソガキが悪態をつこうとしたが、それが途中で止まった。
「人の食事の邪魔をした。誰が悪い?」
雫の表情は……鬼の形相。そうとしか表現できない。
こんな顔見たことが……いや、一回だけあった。
文化祭の後夜祭で、雫が透に明確な拒絶の意思を示した時だ。
「あ……えっと……オレ、です」
「じゃ、言う事があるよね」
「……ごめんなさい」
沸点の高い人は、本気でキレた時めちゃくちゃ怖いという定説がある。
それと似たようなもので、美女の鬼の形相はめちゃくちゃ怖い。
精神が未熟な小学生だろうと、状況判断ぐらいはできる。
「次からは気をつけてね」
「……はい」
「そういうことで。お母様も宜しくお願いします」
「はっ、はい! 本当に申し訳ございません!」
道理が分からない子供に毅然とした態度で接し、ちゃんと謝らせる。
こういうことまでできるようになったのか……すげぇな。
コミュ障気味だった頃からは考えられない。俺も見習わないと。
「さ、食べよっか」
「あ、あぁ……ありがとな」
「ううん。折角のデートなのに嫌な人思い出してさ、キツくなっちゃった。
あまり怖がってなかったらいいんだけど」
間違いなく、あいつのことだろう。やらかしても謝らない辺りが特に。
その一方で多少の慈悲もあるようだが、それは無理な相談というものだ。
横顔を見ただけの俺ですら怖かったし、クソガキはもっと怖かっただろ。
それに、結果としてそれがクソガキからの謝罪を引き出すことになったし。
「……この箸は使えないか。完全に湿ってる」
「それじゃ、やることは一つだね」
「え?」
やることは一つ……あぁ、そういうことか。
俺に渡された弁当に箸を伸ばした時点で分かったよ。
「はい、あーん♪」
「あむっ」
俺と雫は恋人同士。
この関係なら、もう躊躇う必要なんてない。
「どう?」
「美味いな。ほうれん草の旨味もしっかり感じる」
「ありがとう。おひたしは薄味が基本って教わったんだ」
恥ずかしさはまだあるし、食べるのにも時間がかかる。
けど、そんなこと些細な問題だ。色々な意味で味わわせてもらおう。