230.知的なバカップル
「その……すいませんでした」
俺に対するいじめの犯人探しも着々と進んでいる。
今俺の前にいる三人の一年生男子は、トイレで水をかけた奴ら。
どうやら目撃者がいたらしく、三人ともそれを認めた。
「バッチリ風邪ひいたわ。二度とすんなよ」
「はい、勿論です。あと、変な勘違いすいませんでした」
「ん。まぁ、その辺はお前らも被害者ではあるが、
これに懲りたら簡単に人の話を鵜呑みにしないようにな」
「肝に銘じます。本当に、すいませんでした」
悪ふざけで乗っかった奴もいたから全員ではないが、
やはり、サッカー部の連中と同じ理由でやりやがった奴ばかり。
本当に面倒なことをしてくれやがった。
(でも、これで最後だ)
決着はついたし、結果は精神的にも物理的にも決別。
これ以上、煩わしい思いをすることはない。
「んー……っと」
期末テストが終われば、気分はもうほぼ冬休み。
色々とあったが、勉強も欠かしていない。
手応えは十分だし、これなら多少は息抜きしてもいいはず。
「怜二君、お疲れ様」
「あぁ、お疲れ。どんな感じだ?」
「いつも通り」
「ほぼ満点で1位、と」
「だといいけどね」
「自信持て。連続1位記録保持者」
雫が在校している内は実質2位争いだからな。
そこに食い込むか、争いに加わることができれば御の字だ。
「さて……初デートはどこに行こうか?」
「そうなるよな。バイトは空けてある」
当然ながら確定事項。そして今までとは違う。
『友達と遊びに行く』ではなく『恋人とデートをする』だ。
相応にそれらしいプランが要求される……と思ったが。
「一つだけ条件があるんだけど、肩肘張らなくていいとこで。
それっぽいとこ選ばれるとボクが辛い」
「了解。んじゃカラオケからのファンシーショップは?」
「最高。ボクのこと分かってるセレクト」
「彼氏だからな」
こういう俗っぽさを楽しんでいくのが俺と雫。
告白した時のような熱さは、時々でいい。
「それじゃ今週末に……あ、そうそう。提案があるんだ」
「何だ?」
「現役でできるのは今だけだし……制服デート、してみない?」
「ほう……」
確かに、俺も雫も現役高校生。
その肩書きを持ったまま制服デートができるのは今だけ。
三年生になったら互いに受験勉強で忙しくなるだろうし、
既に2学期を殆ど終えた今、チャンスは残り少ないかもしれない。
そして何より……俺もそこそこに憧れてる。
「やってみるか」
「うんっ! それじゃ今日は予行演習ってことで、一緒に帰ろ。
……手、繋いでさ」
「勿論」
どうやら、恋人繋ぎから始めたのは正解だったらしい。
気に入ってくれたようで何よりだ。
「もう今から楽しみだよ。妄想が止まんない」
「できる範囲なら現実にしてやるよ」
「わがまま聞いてくれる怜二君大好き」
「俺を振り回してくれる雫が大好きだ」
「ふふっ」
「ははっ」
「「あははっ!」」
「このバカップル共が!」
「うぉっ!?」
陽司!? お前、こういう時に割り込むタイプじゃないだろ!?
正直そう言われても仕方ないなとは思ってたけど。
「空気壊してごめん。だけどツッコまずにはいられんかった」
「陽司、そういうとこだぞ。お前が総合ランクSにならんのは。
まぁ、お前が言わなかったら俺が言ってたが」
「サルっちが行かなかったら俺が言ってた」
「翔も行かなかったら鉄人の出番。末永く爆発しろ」
「……なんかごめんな」
「ボクも。自重は必要だよね……」
いくらフルオープンで行くと決めたとしても、TPOは選ばねば。
だが、このままでは終われない。
「でも、敢えて言おう。バカップル上等!」
「ボクも! 怜二君が大好きだから仕方ない!」
「お前らなぁ……でも、それでこそか。お幸せにな」
「あー、俺も彼女欲しいなー! 陽司はすぐだろうけどよー!」
「何気に陽司はいない歴=年齢じゃないからな。
くっそ、こんな天真爛漫ボクっ娘攻略しやがって……!」
「総合ランク、二人揃って殿堂入りにしとくわ。透と入れ替えで」
いい友人に恵まれて、最高の恋人ができて。
俺、間違いなく幸せ者だな。
他愛もない話をしながら、手を繋いで歩く帰り道。
雫の手の温もりを感じながら、会話を楽しむ。
「そういう訳で、お母さん舞い上がっちゃって。
『婚姻届取りに行くわよ!』って言い出したから、
家族総出で止めたんだ」
「らしいというか、何というか……」
「そもそも、ボクは大丈夫だけど怜二君がダメだよね?
確か、男性の下限は18歳だったはず」
「合ってる。とはいえ、先の話だろうけどな」
「……怜二君の誕生日に入籍するって素敵じゃない?」
「だとしても、せめて大学卒業してからだ」
「むー、最短でも6年後か……それじゃ同棲からだね」
「そうなるな。そこに辿り付くにしても段階を踏んで。
それに至るまでの準備と必要なものの確保が大切だ。
少なくとも経済的に自立できなきゃ、話にならない」
「そうだね。……そこまでを約束してくれるってことだよね」
「半分正解。そこまでもだし、そこからもだ」
「うぅ……嬉しいよー!」
「俺も」
少しばかり気の早い話ではあるが、俺はその気だ。
間違いなく、最初で最後の恋人だと確信してる。
どうやら、雫もそう思ってくれてるみたいだし。
「ここが部屋だったら絶対匂い嗅いでるし、首筋噛んだよ」
「……見えない位置にしてくれよ、頼むから」
告白した日、俺は雫に二つの痕をつけられた。
一つは歯型。それはその日中に消えたから問題ない。
問題は二つ目。目立たない位置だったから隠せた、吸い付きによる内出血。
……俗称、『キスマーク』。
痕跡としては勿論、吸われた感触すら残っている。
「本当にギリギリの位置につけやがって……」
「ごめんね。怜二君は誰にも渡さないって思ったら、
自然と首筋に行ってた」
「んなことしなくても、俺は誰の下にも行かねぇよ」
「とは思ってるし、信じてるけどさ。……あ、そうだ。
ねぇ、ボクにもキスマークつけてよ。
ボクは怜二君のモノって証が欲しいし、傷つけられたい」
「……マジで?」
まさかの被虐要求。
俺の彼女は、ちょっぴり変態なのかもしれない。
それすらも可愛らしいおねだりに見えてしまうのが雫だが。
「……二人っきりになれたらな。あと、つける場所は服で隠れる所だ」
「分かった。それじゃボクは鎖骨にお願いねっ♪」
「はいはい」
わがままなお姫様に付き合うのは大変だが、それ以上に楽しい。
そして、俺はそんなお姫様の王子様になれた。
今までだったら従者がいいとこだったのに、出世したもんだ。
それなら、全ての望みを叶えてやるのが義務だろう。
「日曜日楽しみー♪」
(……この笑顔を、一番近くで見られるしな)
仮面を脱げた雫の笑顔は、もうクラス全員が知っている。
でも、それを一番近くで見られるのは彼氏の特権。
それなら……ずっと、笑ってくれるようにしなきゃな。