23.傘盗人
今朝の気象予報によれば、梅雨シーズンに突入したらしい今日この頃。
湿度の高い場所を好む人間は、そう多くはないと思う。
そうじゃない場合、『不快指数』というものを定義する式を見直さねばなるまい。
気候で言うと温帯に属するこの国の四季は、世界的に見ても指折りの美しさがあると思うが、
そんなことより重要なのは、この状況から脱する方法。
行く時は晴れだったが、帰る段になって雨が降る。
こういう場合の対処法と言えば、常に(折り畳み)傘を持ち歩くか、置き傘をするか。
俺は後者の方法を採用しているのだが。
「……どーしたもんかね」
俺の置き傘は、俺ではなく誰かの雨避けとなってしまったらしい。
「あれ、降ってね?」
「降って……るな。これヤバいヤツだ」
ごくごく僅かな雨は、視認が意外と難しい。
しかし、その範囲を軽々と超えた雨量は、土砂降りと言っていいレベル。
「降水確率低かったけど、30%の方引いたか」
「怜二、傘持ってきて……」
「ない。俺置き傘派だから」
置き傘の利点は、荷物がかさばらないこと。
まぁ、折り畳み傘くらいのスペースと重さを削減した所で何になるって話だが、
うちにある折り畳み傘は、小さいのしか無い。だが新たに買う程でもない。
ということで、俺はそこそこ大きいビニ傘を昔から使っている。
「透、よかったら私の傘に入る?」
「待ちなさい穂積さん。あなたの傘は相合傘に適したサイズではないはずよ。
だから透君、私の傘に入りましょう。雨に濡れて、風邪でもひいたら大変よ」
相合傘というのは、傘の用意をしていない奴に対する救済措置のはず。
それが今では、『相愛傘』なんて字が当てられるものになった。
当然のことながら、透は取り合いになる訳で。自分で傘を持ってくる必要がない。
「あなたの傘じゃ、計算上透君の身体の内4割は雨にさらされるわ。
それに、二人の身長差を考えると傘のさし方が難しい。
つまり、あなたは透君との相合傘には不適なのよ」
「それなら、私が濡れれば……」
「もうじき期末テストっていう時期に風邪ひく気?
そうなったら、困るのは穂積さんよ?」
「うー……」
「まぁまぁ。二人の気持ちはありがたいけどさ、心遣いだけもらっとくよ。
今日は適当に時間潰して、親父の車で帰るからさ」
「そっか……じゃ、また明日ね」
「帰宅が遅くなるわよ? だから、私と一緒に……」
すんなり引き下がる穂積。
水橋に対する透ばりに粘る門倉。
この場合、選択として正解なのは穂積。
実は、透の相合傘の相手はいつも決まってる。
今回も多分、あの方とだろう。
(……あの野郎)
雨避けとなった『誰か』の内訳。それはすぐ分かった。
俺の置き傘であるビニール傘は、置き傘中唯一の薄い青。
で、その青色が校門を出るのを見た訳だが。
見知った幼馴染の後姿と、それと同じぐらいの身長の女子。
女子の方は、腰辺りまで伸びた長髪。
該当するのは、古川先輩しかいない。
(まさか、傘パクられるとはね)
置き傘のリスク。
たまに、全くもって別の奴に使われてしまうということ。
推測だが、流れはこうか。
まず、門倉をいなして文芸部へ。そして先輩に相合傘のお誘い。
ところが、先輩は傘を持ってきていなかったことが判明。
そこで、自分は傘を持ってきてると言い、置き傘パクる事を決意。
で、バレること前提だけどあまり問題なさそうな、俺の傘を使ったと。
持ち手のところに名前が書いてあるが、握りこんでしまえば見えない。
古川先輩に罪悪感抱かせることなく、相合傘に持ち込んだということか。
俺がすぐ帰ればこうはならなかったが、車待ちグループとダベってたのが命取りとなった。
去年も数回、透が相合傘をしてるとこを見かけた。
そして、その全てが古川先輩とであり、身体をガッチリくっつけてた。
何故毎回、古川先輩と相合傘をしているのか。答えはすぐ浮かぶ。
相合傘で雨に濡れないようにとなったら、自然とお互いの体は近づく。ということで。
(古川先輩の身体を堪能する、ということか)
学年の違う先輩と何回も相伴するというのは、意図的にやらねばそうはなるまい。
こうなると困るのは俺。
電話をかければ、親父の仕事は遅くなるとの話。お袋は免許持ってない。
コンビニまで走ってビニ傘買おうかと思ったが、間が悪いことに所持金はジュース1本分。
となると地味に手数料が痛いATMのお世話に……あ、待てよ。
最悪の場合、普通に傘が売り切れているという場合も……
(かといって、まさか俺も傘パクする訳にはいかねぇし)
そこら辺の意識は、ちゃんとしてる方だと自負してる。
バイトの無い日というのが不幸中の幸いか。
けど、風邪引いてもいられねぇし、何かいい方法は……ん、携帯鳴った。
『藤田君、傘持って来た?』
水橋からメッセージ。
生憎盗られたよ。
『いや。コンビニまで走って、買うつもり』
『よかったら、ボクのお兄ちゃんの車に乗ってく?』
(……何たる僥倖!)
助かった! まさかこんな所で、水橋との繋がりが活きるとは。
お言葉に甘えさせて頂こう。……けど。
『俺が乗ってるとこ、見られないようにできるか?』
『場所選べばできると思うけど、何で?」
『このこと引き合いにして透に絡まれると面倒だから』
『あー……うん、そりゃ注意しないと』
水橋の脇役として要求される能力の一つ。危機管理能力。
大体のことが上手くいく主人公と違って、脇役は貧乏くじを引きやすい。
些細なことから事故ると、それ以降が難しいから、事前に対処せねば。
水橋のアニキって、どんな人なんだろう。
同じ血を引いてるってことは、やっぱりコミュ障気味の天才なんだろうか。




