228.リミットブレイク
思えば、ここまで間違えるというのはある意味当然だ。
俺は脇役スキルに関しては10年以上の経験と実績があるが、
『恋愛』ということに関してはこれが初めて。
しかもそれがわずか8ヶ月弱の間に進んだ関係であり、
相手は色々と普通からは逸脱している少女、水橋雫。
これだけの原因が浮かぶのに、何故ここまで気づかなかったのか。
(俺も相当に驕ってたな……)
部分的にだが、俺も透に似てしまった部分があったんだろう。
『(藤田怜二-脇役)×水橋雫』という数式の答えは未だ不明瞭。
にもかかわらず、俺は自分の能力を高く見積もり過ぎていた。
恋愛一年生が何イキってんだよ……!
「んっ」
体勢の都合上、離れるのは雫から。
俺の顔を見つめたまま、上着のファスナーを外す音が……
「って待て待て待て!」
「……?」
いやいや、『何かおかしい?』みたいな顔するなって!
部屋入って1時間そこらでこうなる予想なんて誰ができる!?
しかも、どっちかっていったらこれ上下逆だろ!?
「なぁ雫。落ち着いてくれ。そうじゃないと俺が落ち着かん」
「えー? ボクの水着姿見たいんだよね?」
「そうは言ったけど、それは……」
……言えるか! 今更『冗談のつもりだった』なんて!
俺の馬鹿野郎! どんだけ軽率なことしやがったんだよ!
「大丈夫。心の準備はできてる」
「……へ?」
「今日、怜二君をボクの部屋に呼ぶって決めた時から、
ボクは覚悟決めてたから」
(何の!?)
いや分かってはいる! 分かってはいるけど分かりたくない!
しかも、それだって大体の場合は持ちかける方が逆!
俺の方は全くもって覚悟なんてできていない!
「もうボクは怜二君のものだし、怜二君はボクのもの。
それならこういうことになってもおかしくないよね?」
「いやおかしいって! 早い! 早過ぎる!」
「お母さんもボクぐらいの頃にだったし」
「あの人を基準にしないで! 頼むから!」
迂闊だった! 完全に何もかもを見誤った!
学校の女神様でも普段の時でもなく、『恋人』になった雫は、
まさかここまでリミッターが壊れるだなんて!
ああもう、うろたえるな俺! 男がこんなだらしなく……
(……あれ? ちょっとおかしくねぇか?)
どこか、違和感がある。
雫がこんなにアグレッシブになっているのは勿論だけど、どこか別の。
もしかしたら、雫自身も気づいていないような……あっ!
「だから、ボクと……」
「雫ッ!」
「ふぇっ!?」
腹筋と肘を使って一気に起き上がり、
その勢いで雫を強引に突き飛ばし、全力で抱きしめる。
最初から気づくべきだった。こんなの当たり前だろ。
「ど、どうしたの?」
「こっちのセリフ」
言ってることに嘘はないし、覚悟っていうのも本気だと思う。
だけど……見過ごせねぇよ。
「雫、震えてるじゃねぇか」
「……あはは。バレ、た?」
「何とか気づけた、ってとこ」
イタズラっぽさもあるが、苦笑の意味合いが強いか。
これはさっきみたいに、俺を困らせたかった訳じゃない。
覚悟は決めた一方で、それをどうすればいいか分からなくて。
破滅願望めいた倒錯的な愛情をぶつけるしかなくて。
それが行動として現れた結果が、これだった。
恐らくはそういうことだろう。……気づけて、よかった。
「ごめんね。ボク、本当にどうかしてた。……引いた、よね?」
「驚きはしたけど、引いてはいないって。
それだけ俺を好きでいてくれるってことだろ?」
「うん……怜二君のことが好きすぎて、ボクの全部を捧げたくなって。
無茶したのは事実だけど、怜二君が受け入れてくれたら、
その時は……その……」
気持ちがはやりすぎて、過激な言動になってしまったということか。
ここまで好きになってくれたなんて……嬉しいな。
だけど、その上で言うべきことがある。
「なぁ、雫。焦る必要はないんだ。
俺が好きなのは雫だけだし、時間は十分ある。
これからゆっくり、一つずつ見つけていこうぜ。
恋人同士の……いや、『俺と雫』の在り方をさ」
二人でやりたいことが、星の数ほどある。
二人で話したいことが、星の数ほどある。
二人で行きたい場所が、星の数ほどある。
でも……その全てを、いっぺんにやる必要なんてない。
小さなことから一つずつ、ゆっくりと積み重ねていけばいい。
きっとその先に、『恋人としての』俺と雫らしい在り方がある。
「例えばさ、こういうのとか」
雫の右手を取り、指の間に俺の左手の指を入れ、そっと握る。
『恋人』という名称が含まれる行為の中で、俺はこれが最初に浮かんだ。
「……恋人、繋ぎ」
「無理する必要なんてないんだ。こういうことから始めていこう」
これだって、今まで全く想像できなかったこと。
普通に手を繋ぐことだって無理だと思ってたのに、その更に先。
目の前にいる少女は……間違いなく、俺の彼女。
「あぁ……もう……」
雫の表情がふにゃりと崩れ、照れ笑いと泣きが混じったような顔になる。
そのまま、しばらく手を握り続けていると。
「………………敵わないなぁ!」
今度は静かに、涙が零れ落ちて。
「好き! 好き好き大好き、大好きっ! 怜二君のことが大大だーい好き!
大好き! 大好き! 大好き! 世界で一番、宇宙で一番大好きっ!
大好き大好き大好き! ボクの、ボクだけの王子様!
大好き! 好きっ、大好きっ! 大好き、大好き、大大好きっ!
大好きっ! ボクだけの怜二君、怜二君だけのボク! 大好き!
大好き大好き、大好きっ! 大大大大だーい好きっ!
怜二君はボクの愛する大好きな彼氏! 大好き、大好きーーーーー!!!!!」
狂気さえ感じるほどに、感情を露にして。
欲しかった言葉を、今度は大量かつ大音量で叫びまくった。
「うん、俺も大好きだ!」
「うわあああああん!!!!!」
ぐしゃぐしゃになってる雫を抱きしめ、全力で頭を撫でる。
もう、絶対に離さない。絶対に離れさせない。
雫は……永遠に、俺の最愛の恋人だ。
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全てを擲つことが、最大の愛の表現方法だと思ってた。
それが……とても静かな行為で、簡単にオトされた。
ボクは愛されてるだけじゃなくて、大切にもされてる。
それをしっかりと感じたし、もう一つ実感した。
(ボク……どうしようもなく、女の子なんだなぁ……)
女の子が強いのは、ガードが固いから。
逆に言えば、ノーガードになると途端に打たれ弱くなる。
でも、『攻撃は最大の防御』っていう言葉もあるし、
怜二君の手にも負えないぐらいに攻めたはずだったけど、
最後はボクの怯えを的確に見抜かれて、優しくされた。
(……自爆した)
ギャップに弱い人は多い。ボクもどちらかと言えば弱い。
本来ならふとした瞬間に『見えた』ことに惹きつけられるものだと思うけど、
まさか『突きつけられる』とは思わなかった。
それも、怜二君のじゃなくて……ボクの、ボク自身のギャップを。
(見せられるんじゃなくて……自覚させられるなんて)
危なっかしいぐらいに『無鉄砲』な癖に、もの凄く『怖がり』。
自分のことを『ボク』なんて言ってる癖して、憧れることは『少女』趣味。
どこまで怜二君が狙ったのかは分からないけど、確実なこともある。
ボクはどうしようもなく女の子で、どうしようもない女の子。
……そして。
(どうしようもなく……怜二君が好き)
ここまで来たらもうごまかせないし、ごまかさない。
怜二君……愛してるよ。