227.カウンター・カウンター
口実に過ぎなかった勉強会など、ここからやるつもりはない。
それは雫も同じ……というか、より強くそう思っていたらしく。
取り留めの無い話をする流れになった。
「テスト終わったら初デートだね。どこ行こっか?」
「そうだな……どういうのが希望?」
「ロマンチックなの! ……と、言いたいところなんだけど、
正直そういうスポットに行くよりはスイーツ食べに行ったり、
カラオケとかゲームセンターに行くとかの方が……」
「それ聞いて安心したわ。
俺の辞書に『ロマンチック』という言葉はあるけど、
例文無い上にフワっとした説明文しか書いてないから」
「花より団子なもので。みたらしがいい」
「種類まで指定するんかい」
雫は結構食いしん坊だが、このスタイルが維持できてるのは何故だろう。
恐らくは学力と同じく、相当な努力してるんだろうな。
もしかしたら渚さん辺りからアドバイスもらってるかもしれんし。
「でも、来年の春になったらお花見デートとかいいかも。
ボクの手作り弁当とか、興味ある?」
「あるに決まってんだろ。
こちとら購買メシ率100%の男だぞ」
「となると今日から頑張らないとね。お母さんから教わる。
……死ぬほどからかわれると思うけど」
「だろうな。でも、胸張って言ってくれ。絶対に後悔なんてさせない」
「怜二君を好きになったことを後悔するなんてありえないよ。
どんな時だって、怜二君が隣にいてくれれば幸せだし」
嬉しいことを言ってくれる。幸せにしなきゃな。雫の幸せは俺の幸せだ。
その逆が成立するかどうかは分からないが。
「今だったら言えるな。あの時のこと」
「いつのことだ?」
「海に行った時に、怜二君がボクに日焼け止めくれたでしょ?
その時に言いかけた、ボクのコンプレックス」
「……あー、一応覚えてる」
結局何のことか分からなかったっけ。
踏み入っていいものでもなかったから打ち切ったけど、
今なら言えることなのか。
「ちなみに何だと思う?」
「そうだな……実は泳げないとか?」
「はずれ。正解は……」
スッと、目線を外しながら。
重ねた両手を、今日の服装において最も目立つ場所の上に置く。
……即ち。
「その……見られるからさ、どうしても」
「あー……」
Tシャツに書かれている英文が歪むぐらいには膨らんでいる、胸部。
それは雫にとって、色々な意味で大きなコンプレックスだった。
「ということで、あの時は水着になれなくて」
「なるほど……」
「でも、怜二君は全然なんだよね。
だから、これぐらい強調すれば見てもらえるかなーって」
「それわざとやってたのか!?」
「コンプレックスっていうのは今もそうなんだけど、
怜二君にだったらいくら見られてもいいし。
……もしかして、怜二君って控えめな方が好き?」
「いやそんなことは……あ」
口が滑った。
確かに俺は大きいか小さいかで言うなら前者の方が好きではある。
しかし、それをよりにもよって彼女の前で言うことになるとは。
「ふふっ、怜二君好みの身体でよかった」
「……とにかく、そういう服装はやめとけ」
「勿論。怜二君以外に見せるつもりないし」
「あのなぁ……」
男とは哀しい生き物であって。
こういう方向で攻められると、どうしたって勝てない。
しかもそれが最愛の彼女で、スタイル抜群の美少女と来たら……ねぇ。
「でも、それだと夏は何処に行こっか?
海は好きだけど、水着にはあんまりなりたくないし」
「夏祭りとか、普通にオールシーズン行けるとことか?」
「だよね。けど、そうなると水着姿見せられないな」
「お互いが楽しめることが前提だ。無理する必要はない」
「それもそうなんだけど、怜二君を困らせる手段が減るなって」
「そっち!?」
完全に味をしめやがった!
ただでさえドキドキしっ放しだってのに何考えてんだ!?
「ねぇ、見たい? ボクの水着姿」
「……答えないとダメか?」
「ダメじゃないけど、答えたらその先もいいよって言ったら?」
一気に詰めてきたな!? 軽率にも程があるぞ!?
本当に何考えて……待てよ、これってもしかすると。
(……適当言ってねぇか?)
これも俺を困らせたいだけで、本気じゃないとしたら。
その場合、俺はただ単にからかわれているだけだ。
多分そういうことだろうし、こうして遊ばれる分には何の問題もない。
……だが、いくら相手が雫とはいえ、やられっぱなしは性に合わない。
ここは一つ、正直に答えて攻め返してみるか。
「何なら今見たい。水着の一つぐらい持ってるだろ?」
俺だって男の端くれだ。そして色々と盛んな高校生だ。
雫からしたら人畜無害な遊び相手なのかもしれないが、
関係性が変わったのなら、今まで通りには行かなくなる。
勿論、その中で起こりうる事象には『そういう』のもあるし、
その辺のことを全く考えない程、俺は草食ではない。
これで普通に怖がるだろうし、反省してもらおうか。
……そこまでは行かないと踏んでるけど、嫌われたらどうしよう。
「そっかぁ」
とりあえず、攻撃の手は止まった。強く拒絶された訳でもない。
それじゃ後は別の話題にと思ったら、雫が立ち上がった。
「怜二君、こっち来て」
「あぁ」
呼び寄せられた場所は、ベッドの上。
周りを囲むぬいぐるみを踏まないようにしつつ、腰かけようとしたら。
「ちょっと、寝転がってもらえる?」
……ここで? ベッドではあるが、雫のだぞ?
といっても、断る理由も無いから横になるか。
「ほい。……で、何だ?」
そろそろ、移動して体勢を変えた意味を聞いてもいいだろう。
一応は予想が浮かんでいるが、その可能性は低い。
恐らくは何かしら別の意図だろうし、そんなまさか……
「えいっ!」
無抵抗状態の俺の上に来て、マウントポジションを確保。
そしてそのまま上半身が傾き、俺との距離を0に。
その『まさか』に、三回目のキスという事象が追加された。