224.ぎゅ。
透を保健室に運んでから、教室へと戻る。
殺したい程に憎くはあるが、本当に死なれちゃ面倒だし。
「ただいま」
「おかえり。で、何があった?」
「詳しくはコレ聴いてくれ。ただ、鞠と門倉と水橋は聴かない方がいい。
どうしても聴きたいってんなら、覚悟しとけ」
穂積のスマホは覚えていたが、俺のボイレコの存在は忘れていたらしい。
透の悪事の証拠の続きには、全ての会話が収められている。
「大丈夫。今日の話し合いをする前から覚悟はしてた。
それに……あんな所を見たら、いくら私だって分かるよ」
「私も。藤田君にしていたもの以上の勘違いをしていたわ。
その償いの一つは、真実を知ることだと思ってる」
「ここまで来たら最後まで行くしかない。……聴かせて」
「分かった。じゃ、時間を合わせて……っと」
音声を流し、全てを公開する。
……こんなことになって、こんな結末を迎えるとはな。
「キモッ。何が主人公だよ」
「カグの野郎……いや、こいつはカグじゃねぇ。カスだ」
「ラスボスかと思ったらとんだ小物だったとは」
「おいおい……情報以上に酷ぇわ」
「酷いよ、透!」
「……私はテスト対策と宿題要員でしかなかったのね」
「正真正銘、一片の価値もない輩だ。反吐が出る」
「……最ッ低」
反応も様々だ。
驚き、呆れ、怒り、悲しみ……プラスの感情は一つとしてない。
俺も同じだ。こいつのクズさに限界は無かった。
最後は身の程知らずな勝負を持ちかけた挙句に自滅。
主人公どころか、小悪党未満の終わりを迎えた。
「これにて一件落着……とはならんよな、実は。
この噂がどこまで広まってるのか分かんねぇ」
「わっ、私が否定して回ります! 私に関する嘘ですからっ!」
「それはそうだが、一人で行くと拗れかねない。
データは俺が揃えてあるから、順番に潰して行くべ」
「古川先輩と八乙女さんには、このこと伝えるべきかしら……」
「これが真実だって、教えた方がいいと思う。
特に八乙女さんにとってはショックだと思うけど、
神楽坂君のことは既に嫌いになってるから、多分大丈夫」
「料研の皆にも言わなきゃ。……透の、馬鹿」
さて、ここからは事後処理だ。
俺に関する噂を消すのは勿論、各種いじめの実行犯探しも要るし、
話のすれ違いや何かの弾みで、今度は白崎がいじめられかねん。
考えようによっちゃこっちが本番だ。着々と進めよう。
「だからそれは神楽坂先輩の嘘だし、藤田先輩には好きな人が……」
「お前、樹の何が気に入らないってんだよ!」
噂はほぼ全校に広まっていた。
骨が折れる作業だが、一人ずつ説明していくしかない。
「地味な癖して樹フるってどういうこと!?
かわいそうだって思わないの!?」
「かわいそうだから付き合うとはならない。
なったとしても、そんなのどっちも幸せにならんだろ」
男子は嫉妬、女子はお節介。
透がここまで意図していたのかどうかは知らんが、
噂が真実であった方が都合いい奴も多いらしい。
その一方で、こうして事実ではあるんだが、
見当違いな当たり方をする奴までいる。
タイプが悉く違う為、面倒さの倍々ゲーム状態。
「樹! こんなダメ男に騙されないで!」
「藤田先輩はダメ男なんかじゃない! ……ダメなのは私の方。
神楽坂先輩の甘い言葉に騙されて、藤田先輩を傷つけた。
理由はそれだけじゃないし……私が先輩と付き合う資格はない」
白崎がかなり頑張ってくれているが、効果は薄い。
皮肉にも人気の高さが足を引っ張っている形だ。
消え失せてなお、透の呪いは残っている。
(……透本人は、もう来てないが)
裁かれた日の翌日を除き、透はずっと来ていない。
最後に登校してきた日も、午前中に早退した。
具合が悪くなったと言っていたが、恐らくは仮病。
教室にいるのが耐えられなくなったんだろう。
具体的には、透ハーレムにいた女子は一貫して透と口をきかないし、
その4人全員が周囲の生徒から守られていて、近づくことも難しい。
何だかんだ、噂を信じてない奴もそれなりにはいたし、
少なくともクラスメイトに限って言えば、透は誰にも愛されていない。
(……道理、通していかないとな)
これもまた、今まで透をつけあがらせ続けてきた俺の贖罪。
そう思うことにしよう。これで最後だ。
透の不登校が1週間を過ぎた頃。
流石に噂も消えてきたが、その一方で課題が一つ。
「藤田君。今回は負けないわ」
「そうか。俺もやれるだけはやる」
修学旅行のまとめが終わり、その後のゴタゴタがあり。
気づけばもうすぐ期末テスト。
「……ところで、透君はどうしてるのかしら」
「さぁ? 俺にはさっぱりだ」
「保健室登校を勧めようとしたら、着信拒否で……
穂積さんに古川先輩、八乙女さんも同じみたい」
「へぇ……」
透側から着拒か。あいつも思うところがあるのだろうか。
あったとしてもロクなもんじゃないだろうが。
「先生方に頼むべきかしら?」
「やめとけ。もれなくノータッチ決め込んでる。
担任に至っては俺に透のこと頼んできやがったわ」
「……そうね、期待するだけ馬鹿らしいか」
一応、どうにかしようとしている先生もいるにはいる。
しかし、一番重要な担任がこの様だ。
他の先生方も仕事があるし、透だけを気にする訳にもいかん。
「今日、直接訪問してみるわ」
「あんなことがあったのに?」
「……特別な関係じゃなくなっても、彼はクラスメイト。
私はこのクラスの委員長である以上、責任があるわ」
「そうか。場所は知ってんのか?」
「……夏休みに」
「あぁ、代筆ね」
「軽く行って、提案だけはしてみようと思う。
それじゃ、お互いにテストまで頑張りましょう」
「了解」
門倉も色々と抱えてはいるだろうが、そっちはどうなんだろうか。
とはいえ、俺はまだ今までのことを完全には許していない。
加えてテスト対策が……ん、スマホが震えた。
『怜二君。よかったらなんだけど、今週末にボクの家で勉強会しない?』
まさかまさかの、二回目のお呼ばれ。
願ったり叶ったり以外の何ものでもない。選択肢は当然、肯定一択。
『是非。土日はどっちも開いてるから、都合いい方選んでくれ』
『それじゃ、日曜日の1時半ぐらいでいいかな?』
『分かった。それじゃ宜しくな』
あの好成績を前回限りのものにはしない。
学生の本分も、きっちりやらないとな。
秋晴れの空の下、おやつと飲み物を持って水橋家へ。
道順は完璧にインプットしてあるし、顔に当たる風が気持ちいい。
半ば冬に突っ込みつつあるから、それなりには寒いが。
(着ーいたっと)
インターホンを押したら、すぐにドアが開いた。
源治さんか渚さんと予想していたが、現れたのは雫本人。
「いらっしゃい。待ってたよ」
「あぁ、今日は宜しくな」
初めて雫の家を訪れた時と同じ、Tシャツにフリースの組み合わせ。
最近の冷えを考慮してか、全体的にモコモコした感じ。
ただ、ある理由で防寒力には若干の不安がある。
(……そこから上がらないってヤツ?)
あの時は羽織るだけだったから別に気にしなかったが、
今回はフリースのファスナーをきちんと留めている。
……丁度、胸の下の辺りまで。
(服着てるのに、余計に目立つな……)
すぐに視線を顔に戻したから、気づかれてないと思いたい。
そして落ち着け俺。お腹は冷えたらまずい部位。
無理矢理上げるか諦めるかしてくれとか思ってんじゃねぇよ。
「そっちの調子はどうだ?」
「そこそこ。物理をもう少しってとこかな」
「お、丁度俺もやろうとしてたとこ。
それじゃ物理を重点的にやるか」
文系科目より重要性は低いが、手を抜いていい訳でもない。
今回は泊まる訳にもいかないし、しっかりと詰めよう。
「そういえば、海と両親の姿が見えないが」
「お兄ちゃんは休日出勤で、お父さんとお母さんはデート。
今日は夕方までボクだけなんだ」
「へぇ、やっぱり仲いいんだな」
「うん。今でも月1回は出かけてる」
何かとハチャメチャな渚さん、それをどっしりと受け止める源治さん。
理想的な夫婦の在り方なのかもしれない。
「だから、今日を選んだ」
(……?)
部屋に入って荷物を下ろしたら、雫がポツリと呟いた。
……これだけだと分からないな。どういうことだ?
「怜二君。……実は、勉強会なんてするつもりないんだ。
本当の理由は、こっち」
そこまで言うと、雫はこっちに向き直り。
俺の体を、そっと抱きしめた。