220.全てはここに
この期に及んで、この無茶苦茶な言い訳。
一体何を思って……って待て!
「ふっざけんな!」
「ひっ!?」
「陽司落ち着け!」
「落ち着いてられっか! お前、自分が何ほざいたか分かるか!?
怜二がヤリ捨てしただ!? ふざけたこと抜かすんじゃねぇ!」
鬼気迫る様相で胸倉を掴み、かつてない大声で怒鳴る陽司。
俺も相当に頭に来たが、こいつはそれ以上にブチ切れてる。
ここは一旦落ち着かせよう。暴力に走ったらまずい。
「まずは聞くだけ聞こう。ふざけたこと抜かすにも理由があるはずだ。
それを聞いてからどうするか判断しても遅くはない。だから落ち着け」
「……仕方ねぇな。お前ら、怜二に感謝しろよ。
こいつがいなかったら蹴り殺してた所だ」
「茅原君、一旦距離を置こうか。信頼できるかどうかは別として、
彼らにも彼らなりの根拠があるんだろう」
「上田先生!? あんたも怜二を疑うんですか!?」
「僕も藤田君がそんなことをする人間だとは思っていないよ。
けど、全てはお互いの言い分を聞いた上で判断することだ。
暴力に訴えたら、言い分を聞くことが出来なくなるのは勿論、
図星を突かれたとさえ思われてしまうよ。まずは会話をすることだ」
「そういうことだ。ところで……『聞いた』って言ったな。誰からだ?」
陽司が無言で席を立ち、サッカー部員三人組から距離を取ったと同時に聞く。
ヤリ捨てどころかヤろうともしてないから、勘違いしてるか嘘をついたか。
誰かから聞いたとなれば、そいつがついた嘘を信じたんだろ。
「俺と隆治は俊平からッス」
「そうか。んじゃ俊平は誰から聞いた?」
「……久保先輩から」
「久保……知らねぇな。どんな奴だ?」
「それについては俺に説明させてくれ」
ポケットから手帳を取り出しつつ、サルが割って入る。
どうやら既に調査済みらしい。
「3年の元サッカー部で、フルだと久保勲で合ってるよな?」
「はい。今でもちょいちょいこっち来るんで、そっから」
「おう。俺の調べによれば、樹に最初に告ったのはこいつだ。
ま、こいつも大方逆恨みだろ。普通に非モテだし」
「あの野郎、ただでさえウザいOBそのものだってのに、他にもかよ……
こりゃ出禁確定だな。後で全員に知らせとく」
この嫌がり方を見るに、相当にアレな先輩なんだろう。
陽司は比較的物事をはっきり言うタイプだが、ここまで露骨なのは珍しい。
「んじゃ、今度は久保先輩だな。
一応言っておくが、お前らも当然何かしらの罰が下る。
部活動停止ぐらいで済んだらラッキーだと思え」
「田野先生は頼らない方がいいよ。あの人の放任主義は折り紙つきだ。
多分、処分方法も丸投げするだろうから」
「……ウッス」
まさか、見ず知らずの奴らから逆恨み買ってるとはな。
脇役をやめたことによる変化は、プラスのことばかりじゃないってことか。
いずれにしても、さっさと決着つけるか。
「俺は伸から聞いたんだよ!」
翌日、サッカー部三人組に嘘を吹き込んだ久保先輩に事情聴取をする。
今日は俺とサルと陽司に、連絡要員として門倉が来ている。
「……伸って誰ですか?」
「同クラの牧瀬伸のことだろ。そっちはサッカー部じゃない。
……あー、何か嫌な予感してきたんだが」
「噂になっていると考えた方がいいわね。発生源が相当奥深くの。
私と違って真っ赤な嘘だから、特定はまだ容易。
藤田君のことを考えたら、評判からの自然発生はあり得ないわ」
「また面倒な……」
こうなると順々に聞いて、根っこを確定させるしかないか。
現行犯を押さえられたのは未だに三人組だけだし、埒が明かん。
その間もいじめは来るだろうが、仕方あるまい。
「聞き込み調査だな。この噂はやたら広がってるクサい。
関係深い所洗っとくから、後は足で稼ぐか」
「だな。結局は正攻法だろ。学校の中だけならすぐ見つかる。
足だったらこのエースストライカーに任せとけ」
「私も、と言いたい所だけど、聞きだせるだけの信頼がないか。
深沢先輩に協力を仰ぐべきかしら?」
「実はもう協力するって言われたんだよ。頼んでみるか」
「メッセのグループ作っておこうぜ。情報共有は大事だ」
近道などないが、後は根気の勝負だ。それなら俺に分がある。
今回ばかりはしっかりと、裁かれてもらおうか。
『皆に話がある』
『何だ?』
帰宅後、雫からグループへメッセージが届く。
現在の登録者は俺含めて9人。ついた既読数は8だから、全員に届いてる。
『八乙女さんと古川先輩から聞いたんだけど、
女子は殆ど全員が神楽坂君からこの噂を聞いたみたい』
……まさか、こんなに早く大元が分かるとは。
そして、犯人はやはり透。俺を陥れる気満々じゃねぇか。
『やっぱり透か』
『予想通りだな。ところで、何で八乙女と古川先輩から分かったんだ?』
『二人のクラスにもこの噂が広がってるみたいで、藤田君を心配してた。
それで聞いてみたら、神楽坂君からだって』
心配してたということは、その二人自身はこの噂を信じていないな。
どちらも雫に対する信頼は相当にあるし、雫から嘘だと言われれば、
何を信じてどう判断するべきかは自明の理だ。
これも……繋がりが活きたというべきか。ありがたい。
『物的損害のいじめの発生源は調査中だが、諸悪の根源は見つかったな。
関係者を集めて話し合いの場を開こう。そして全てにケリをつける』
深沢先輩が今後の行動指針をまとめ、メッセージ終了。
正直予想通りだ。明確な証拠はなかったが、こんなろくでもない嘘を吹聴し、
俺を陥れようとする輩なんて、透以外にあり得ない。
遂にあいつは、超えてはならない一線を超えてしまいやがったか。
(……ちと不安はあるが)
既読数は変わらなかったが、穂積と門倉の発言数は0だった。
二人共、心のどこかで透を信じたいという気持ちがまだ残ってるのだろう。
……辛いだろうな。だが、事実は動かないし、俺は戦うと決め、
それに協力すると言ってくれたんだ。
(……決着だ)
脇役……いや、元脇役とその仲間ナメんな、主人公様。
お前はもう、玉座から転がり落ちてるんだよ。