219.見ーつけ……?
この日、俺の机に落書きはなかった。
そりゃ、ここまですれば落書きの必要なんてねぇだろ。
「……来るとこまで来たか」
今朝、校庭に机が落ちていた。そして、教室に俺の席がなかった。
そこから何が起きたかなんて、考えるまでもない。
それが起きてなきゃ、翔がここまで俺の机を運ぶ必要なんてないし。
「よっこいしょっと。ほい、机の帰還だ」
「ありがとな。これで授業が受けられる」
「気にしなさんな。で、中身は……こっちはあるか」
上履きを持ち帰るようにしたら、今度は机の中に画鋲が仕込まれた。
俺に向かって直接何かという類は一切無い一方で、
こういう物品を傷つけること関係は増えている。
「もう猶予なんてねぇな。今日は徹夜で張り込みだ」
「いや、そこまですることねぇよ。っていうか無理だろ」
「ここまでやられてんだぞ!? 手段なんて選んで……」
「手段選ばずやった収穫なら、もうあるぜ」
激昂する翔の脇から、サルがデジカメを差し出してきた。
画面には暗くなった教室の画像……いや、これは動画だ。
「何だこれ?」
「まぁ見てみ」
サルの言う通りに画面をずっと見ていると、教室に誰かが入ってきた。
「……まさか?」
「音声は記録できないタイプだけど、それでも十分だろ」
「サルっち流石!」
映し出されていたのは、何人かが俺の机を窓から捨てた場面。
決定的な証拠が記録されていた。
「これ、どうやって撮った?」
「それはだな……ちょっと来い」
そう言って向かったのは、教室の隅にあるロッカー。
ここには掃除用具が入っている。確かに視点としてはこの辺からだが。
「こいつにちょっとね」
「……お前、やりやがったな」
パッと見は自然だが、よく考えたら見覚えのないダンボールが上に。
そしてそのダンボールには……小さな穴。ここから隠し撮りしたということか。
褒められたことではないが、それだけの成果はあった。
「ま、時間から考えると下校した後にもう一回戻ってこう、ってとこだろ。
そりゃ普通に張り込んでるだけじゃ見つからない訳だ」
「面識一切無いんだが……俺、どんだけ憎まれてんだ?」
「こいつらだけ暴走したっていうのもあるんじゃね?
今までコソコソやってたから見て見ぬふりなんてのもできたが、
ここまで派手に来たら、流石に先公共も動かざるを得んだろ」
「本当にそう思うか?」
「まさかこれで放置するってことは……ヤバイ、ないとも言い切れん」
この前の修学旅行の酒盛りの件で、元々ない評価はどん底まで堕ちた。
ごくごく一部の例外を除き、教師陣は一切信用できん。
「で、こいつらどこの誰か分かるか?」
「調べた所、全員サッカー部。大方告白の件の逆恨みだろ」
「かもな」
「お、藤やん遂に告ったん?」
「これは別件。この前サッカー部のマネージャーに告られたんだよ。
お前も知っての通り、俺が好きなのは水橋だけだからフッたけど」
「あー、そういう……ってマジで!? 告ったんじゃなくて!?
おいおい藤やん、お前随分とプレイボーイになったなー!
こっの色男ー!」
「フッたと言ったろ。俺は一途に行くと決めたんだ」
「それもそうか。にしても、こりゃ彼女できるのは先越されるな。
TP抜けた藤やんには勝てる気がしねぇ」
今となっては、その二つ名も懐かしいな。
思えば一年生の時にあった熱は、候補が絞られた二年生では残っていない。
加えてその候補もどんどん減っている。透が狙いを定めたのではなく、
透の本質が分かった女子が離れていくという形で。
「何にせよ、もしかしたらここから芋蔓でっていうこともあり得る。
陽司にも頼んでこいつら詰めようぜ。放課後までに更に情報集める」
「そうだな。……フッといて言うのもなんだが、この場合白崎が不安だ。
変に気に病んで落ち込むかもしれんし、そこに透が絡むと尚更」
「そん時ゃ俺に任せとけ。カグの野郎は俺が物理的に引き剥がす」
「任せた。じゃ、放課後はサッカー部だな」
遂に解決の糸口が見つかった。あとはここから核心に迫るのみ。
全てにカタをつけさせてもらおうか。
俺とサルと陽司、そして間を取り持ってもらう為の上田先生の4人でサッカー部へ。
顧問は放任主義で頼りにならんし、面倒がってなあなあで済ませそうだから除外。
代わりに数少ない信頼できる教師、陸上部顧問の上田先生を呼んだ。
「お忙しい所、本当にすいません」
「気にしなくて大丈夫。これが僕の仕事だからね。
それに、藤田君には何度も助けられてる。
君の頼みを断ることなんてありえないよ」
「感謝します。そういえば、最近の八乙女はどうですか?」
「ほぼ回復してるよ。大事をとって競技復帰は先にしてるけど、
ジョギングを中心とした走行トレーニングはもうできてる。
今日も水橋君が協力してくれてるし、来週には復帰かな」
「よかった……透、そっち行ったりしてます?」
「一回だけ来たね。勿論、すぐに追い返したけど。
はっきり嫌いだと言われたのに来るなんてビックリだよ」
「でもって、今はこっちに来てる訳で。今日に限っては問題ないが」
「……翔、本当に物理で行ったからな」
透を物理的に引き剥がすと言っていた翔だったが、それは本当だった。
話し合いに混ざられると面倒ということで、取った手段は羽交い絞め。
力の上では勝ってるから、拘束という点では十分だが……シンプル過ぎる。
「何度も使える手段じゃないだろうし、今度からは如月先輩に頼むわ。
それかアニキにこっち来てもらうか」
「いざとなったら深沢先輩も呼ぶか。全員受験生だし、
あんまり時間を取らせる訳にもいかんが」
「田野先生がちゃんとしてくれればいいんだけどね。
おっと、そろそろかい?」
「はい。ロッカールームでやるんで待ってて下さい。
サル、一応確認しとくが、俊平と淳と隆治で合ってるな?」
「勿論。顔まで映ってるし、何ならお前の方が詳しいだろ」
「まぁな。じゃ、行ってくる」
グラウンドへと駆ける陽司を見送り、併設されたロッカールームの入口へ。
白崎は陽司の判断で、話し合いの場からは外すことにした。
お互い、悪いことをした訳じゃないんだが……単純に顔合わせづらい。
如月先輩がメンタルケアをしてくれるそうだが、大丈夫だろうか……
「……はい、俺達がやりました」
ロッカールームでの話し合いは、思いの外スムーズに進んだ。
明確な証拠があるから認めざるを得なかったということもあるが、
三人とも、普通に謝罪の意志を示した。
「聞くだけ聞くが、何で俺の机を捨てた?」
「先輩が、樹をフったって聞いて。それで……」
「要するに逆恨みか。……お前ら、怜二がどんな男か知らないだろ。
こいつは俺が知る限りじゃ一番の人格者だ。
答えをぼかさず、はっきりと言ったことの何が不満だ?」
白崎からの告白を断る時、勘違いや誤解が生じないように気をつけた。
だからどっちつかずなことを言ったり、余計なフォローはせず、
白崎とは付き合えないということを明確に伝えた。
まさか、一応の接点があったとまでは思わなかったがな。
「……茅原先輩こそ、この先輩の正体を知らないみたいですね」
「おい俊平、それどういう意味だ。事と次第によっちゃタダじゃおかんぞ」
「俺ら聞いたんスよ、なぁ?」
「おう。俊平、言ってやれ」
(……何だこいつら?)
何やら言い分があるらしい。まぁ、今更どう足掻いたって……
「茅原先輩。この先輩は樹をヤリ捨てしたんですよ」
…………………………は?