218.8人目、光臨
無事に回復し、登校。なんならいつもより調子いいぐらい。
雫も教室にいたし、風邪はうつらなかったようだ。
「はよーッス。風邪、大丈夫だったん?」
「あぁ。やっぱり風邪の時は寝るに限る」
「そして愛する女の看病な♪」
「お前なぁ……けど、正直凄ぇ助かった。翔も差し入れありがとな」
「ええねんええねん。藤やんには世話になってるし、これぐらいはな」
「何か悪いもんでも食ったか? 笑顔にニヤつきがないぞ」
「食ってねぇよ! 俺のデフォは知ってるけども!」
「ははっ。で、そこに置いてある植木鉢はどこにあった?」
「お察しの通り。ご丁寧なことにガムテで貼り付けられてたわ」
花瓶じゃなくて鉢植えにしたのは、俺が風邪で休んだのを誰かが知ったからか。
『寝(根)付く』を連想させるから、お見舞いにはタブー。
しかも、植えられているのは菊。完全に葬式スタイルだ。
「昨日は下校時間ギリまで粘ったし、今朝もかなり早く来た。
それでも全然見つかんねぇんだよな」
「よっぽど手が込んでるんだろ。それか悪知恵が働く奴か」
「だな。だが、こちとら悪知恵なら負けねぇぜ?」
「ほどほどに期待しとくよ」
さて、今日はどう動こうか。
とりあえず、サルから状況を聞いてみるか。
「悪いがあまり役立ちそうなのはない。今回は難しいな。
どうやら相当尻尾隠すのが上手いらしい」
「そうか……仕方ねぇな」
サルですら分からないか。となると誰にも分からないだろ。
学校一の情報通が知らないことを知ってる奴なんている訳が無い。
「透からは何か聞けたか?」
「かなり怪しいな。急にお前のことをやたらと心配してる。
ま、大方ポーズ取ってのアリバイ作りだろ。今までの事が事だ。
何かしらポロっとこぼしそうだし、俺も表面だけはヘコヘコしとくが」
「面倒なことさせてすまんな」
「いやいや、これ最ッ高に面白そうじゃん?」
「……今回に限っては、その軽さがありがてぇよ」
損得勘定と面白さ抜きにしても、透からは離れることを決めたことは知ってる。
それならこうして軽口叩いてくれた方が気楽だ。
「そういや、怜二にも聞こうと思ってたことがある。
最近、樹……あ、サッカー部のマネージャーな。1年生の。
文化祭のスペシャルシートでお前を指名した女子なんだけど、覚えてるか?」
「あぁ。白崎か」
「そうそう。……何かあったん?」
何かどころじゃなくあったが、言っていいものなのだろうか。
……錯乱してた時に口走ったことだけ伏せれば、大丈夫か。
「告られた。フったけど」
「マジか。それだと間違いないな。何人かから逆恨み買ってる。
樹、部員中心にそこそこ狙ってた奴多いっぽいんだよ」
「……そうか」
全くおかしい話じゃない。人気しそうな要素はあった。
可愛らしい容姿が健気さを引き立ててるし、とてつもなく一途。
……ちょっと偏り過ぎてはいるが。
「捜査対象絞るわ。サッカー部員プラス1年生で。
何か出たらこっちから連絡する」
「分かった。宜しくな」
半歩前進、というところだろうか。
あとは自衛策だな。また風邪ひいたり、ケガしてもいられん。
「失礼します」
3時間目の休み時間にメッセの通知が来た。
その送り主は、この生徒会室の中で待っている。
「よく来てくれた。座ってくれ」
窓際で校庭の様子を見る姿が実に画になる生徒会前会長、深沢先輩。
『君と少しばかり話したいことがある。
今日の昼休みか放課後に、生徒会室に来てくれないか?』
という連絡を受け、今日はバイトが無いから放課後に行く旨を伝え、
現在に至る。
「はい。……それで、お話というのは?」
「その前に鍵をかけさせてくれ。あまり大きな声では言えない話だ」
「分かりました」
……一体何を話されるのだろう。
そもそもとして、深沢先輩はもうここに用はないはずだ。
門倉の安定は確認できたから、俺は生徒会の手伝いから抜けたし、
正式に役員になるつもりはないとも言った。
その上で、密室を作る必要がある内容となると……予想がつかない。
「率直に聞こう。私の勘違いではないはずだ」
不自然な前置きの後、少しだけ間が空いた。
自分の椅子へ戻ったと同時に、聞かれたことは。
「君は今、いじめに遭っているな?」
疑問ではなく、確認の聞き方。
どういう訳かは分からないが、俺の現状を正確に当てていた。
「え……」
「その反応は、肯定ということでいいな?」
「……はい。所謂いじめと形容できる事柄が数回ありました」
深沢先輩は、サルとは違った角度で学校・生徒のことをよく知っている。
だけど何故知ってるんだ? 直接話したのは7人だけだし、
クラスメイトの奴も知ってはいるだろうけど、関わらないようにされてる。
普通、知る術は無いと思うんだが……
「何故、そう思ったんですか?」
「口にするのも憚られるような罵詈雑言を机に落書きされているのを見て、
それがいじめ以外の何かだと考える方が難しいだろう」
「ご存知だったんですか。……もしかして、門倉から聞きました?」
「いや、私自身が確認した。早朝の生徒会室は自習に丁度いいものでな。
この前のことだが、他の生徒は居るのだろうかと思い校内を歩いたら、
君の机が汚されているのを見つけた次第だよ。
肝心の犯人は見つけられなかったがな……」
深沢先輩のことだから、相当に早く来ていると考えた方がいいだろう。
となると犯行時間はそれより更に早いか、もしかしたら前日の夜か。
いずれにせよ、相当に執念深いらしいな。
「君には大恩がある。私に出来ることがあれば言ってくれ。
恐らくこれが、私が君とこの学校にできる最後の仕事だ」
「そんな、先輩にも受験が……」
「あるにはあるが、問題ない。第一志望は模試でA判が出ているし、
二次試験の対策も万全だ。勿論、油断する気は一切無い。
……一つ聞くが、君は私をどういう人間だと見ている?」
「天下無双の生徒会長かと。正確には前会長ですが」
「そういうことだ。それを過大評価にも、自惚れにもしないさ。
だから安心してくれ。それと、ついでに言っておきたい。
私は直情径行型の人間だということを自覚している。
思いが先行し過ぎて、早まったことはしないと誓おう。
例えば、君の許可無く先生方からの支援を請ったりはしない」
「それについてはお願いします。助けて頂けるのはありがたいですが、
不用意に広め過ぎると何が起きるか分からないので」
「私に矛先が向くだけならともかく、君を更に苦しめる訳にはいかない。
それくらいの分別はつけるさ」
有能な味方は多いに越したことはない。況してや深沢先輩は頼りになる。
唯一の不安材料であった暴走の懸念もこの分なら無いだろう。
「……ご助力、感謝します」
「あぁ。話は以上だ。君からは何かあるか?」
「いえ、特には」
「分かった。それでは、ここを出るか」
先輩が鍵を持ったことを確認し、生徒会室から出る。
……ありがたいな、本当に。