217.ふきふきムキムキ
「いやいや、普通に風呂入るから大丈夫だって」
「今だって汗かいてるでしょ? 熱もひいてないし、
お風呂沸かそうとしたら時間かかるし」
「それならシャワー浴びれば……」
「関節も痛いんだよね? それならボクが怜二君の手になる。
こういう時ぐらい頼ってよ」
……全部事実なんだよなぁ。体中痛いからなるべく動きたくはない。
風呂に入りたくなる気分じゃないし、シャワーすらしんどいかもしれん。
しかし、背中を中心に汗ぐっしょりで結構気持ち悪い。
その辺を考えると……うん。
「……食い終わったら頼むわ」
「分かった。ついでに肌着も取り替えた方いいかな?」
「1階のタンスの上から2番目にあるから、適当に選んでくれ」
「了解。蒸しタオルも作ってくるから、ちょっと待ってて。
おかゆはゆっくり食べてていいからね」
「……あぁ」
添えられた梅干を全て投入して、混ぜる。
多少なりとも、刺激に慣れなくては……酸味と興奮じゃ違うだろうけど。
「はい、それじゃパジャマの上脱いで」
できるだけゆっくりと食べ進めたが、限界はあるもので。
蒸しタオルを持った雫の指示通りに服を脱ぐ。
「背中大きいとは思ってたけど、間近で見ると凄いね」
「そうか? 自分で見たことないから分かんねぇわ」
「自信持っていいと思うよ。これは拭きがいありそう♪」
「宜しく頼むわ」
肩甲骨の間辺りに熱を感じてからすぐ、背中を拭かれる感触が伝わる。
汗ばんでた肌が綺麗になっていくのがはっきりと分かるし、気持ちいい。
「力加減大丈夫?」
「丁度いい」
「痒いところとかある?」
「今拭いてるとこの右上」
「この辺?」
「そこ。ふぅ……」
タオル越しに伝わる、雫の手の感触。
小さな手で優しく、かつ精一杯に拭いてくれてるのが分かる。
「よし、背中はこれぐらいかな。次は脇の下を……」
「後は自分で拭くから貸してくれ」
「大丈夫だって。こういう時ぐらい任せてよ」
「いや、流石にちょっと恥ずかしいわ」
前面や下半身は背中ほど拭きにくくはないし、
いくら風邪引いてるとはいえ、頼りきりになるのも悪い。
そろそろ帰さないと本当にうつしちまうかもしれないしな。
「えーっと……本当のこと言っていい?」
「本当のこと?」
「うん。その……怜二君の体を拭こうと思った、本当の理由」
「理由……」
何故か、顔と視線を横に流しながら。
不可解だな。俺の体の清潔を保つ為か、汗を拭き取ることで
気化熱を発生させない為のどっちかぐらいしか浮かばん。
それ以外に何があるんだ?
「怜二君の看病をするっていうのは勿論なんだけど……その、ね?
怜二君の鍛えられた体による肉体美を拝見したかったというか……」
「んふっ!?」
予想外過ぎて変な声出たわ!
俺の体目当て!? いやそう言うとちょっと意味違ってくるけど!
まさかまさかの個人的欲望絡み!?
「そういうことなんだけど、風邪ひいてる最中にお願いすることじゃないよね?」
「間違いなく! ……頭も痛ぇし」
「……うん、本当にごめん」
「あぁいや、そんなしょげることもねぇんだけどさ。どちらかと言うと嬉しいし」
筋肉質で引き締まったこの体は、俺ですら若干の自信がある数少ない長所。
そこに雫が関心を持ってくれたというこの状況、結構クるものがある。
正直、「どちらかと言うと」どころじゃない。めっちゃ嬉しい。
「んじゃ、もうちょっと拭いてもらおうか」
「え、いいの?」
「あぁ。俺は楽だし、雫は俺の体を見れる。Win-Winじゃん」
「……ありがとう。それじゃ、綺麗にするね」
ちょっと恥ずかしいのは事実だが、それは都合のいい理由づけ。
好きな相手に世話を焼くのは好きだが、世話を焼かれるのも嫌いじゃない。
それが弱ってる時なら尚更だし……
「これ、腹斜筋?」
「あぁ。腹筋は広い筋肉だから3、4種類ぐらいの鍛え方してる」
「触っていい?」
「もう触ってるよな?」
「えへへ……」
相手が雫なら、最高に嬉しい。
そして……珍しいもんだな。いつも危なっかしい雫を前にして、
『安心』なんていう感情が湧き上がるのは。
上半身まるごとと、脚を膝下ぐらいまで拭いてもらって終了。
ちょくちょく筋肉を触られながらだったからくすぐったかった。
「ありがとな。スッキリしたわ」
「どういたしまして。それじゃ、そろそろ帰るね。お大事に」
「あぁ。それじゃな」
雫が部屋から出たことを確認して、ベッドに寝転がる。
……純粋に、嬉しかったな。考えてみれば初めての経験だった。
元々、風邪なんて数年に一回ぐらいしかひかないし、
こじらせたこともないから当然といえば当然だが、
誰かがつきっきりになって看病してくれるということは無かった。
(薬飲んで寝てれば治る病気ではあるが)
風邪をひいているのに、精神的にはとても楽だ。
この分なら、明日は普通に登校できるはず。
何か礼しないと……あ、待てよ。
(……うつしてなきゃいいんだけど)
海からうつされたことはないと言っていたが、俺からうつらない保証はない。
お互いにマスクはしてたけど……祈るしかねぇか。