216.向かい風邪
いじめと戦う決意を新たにしてから、土日を挟んで週明け。
その間で考えていたことを実行することにした。
(気分的にはあまりよくないが)
古川先輩のいじめを解決する時に使ったボイスレコーダー。
あの時みたいに直接の悪口とかじゃないのがやりにくいとこだが、
持っておくにこしたことはあるまい。
録音モードにして……と。
(今日の画鋲は三つか。増加してくシステム?)
そろそろ上履きは持ち帰ることにするべきだろうか。
事前に気づいてれば踏むことはないとしても、剥がすのも面倒だし、
その内上履き自体を切り刻まれるとか、そういうことになりかねんし。
その辺も考えつつ……まず手洗いに行くか。ちょっと腹具合が悪い。
「時間は……大丈夫っと」
ここ最近は登校時間を早めている。
机の落書きに関しては、現行犯を捕らえられるかもしれんし。
「……おはよう」
「おは……あ?」
目の前に訳の分からないものが突然現れた。
翔が困惑した声を出すのも当然。でもって、この時目の前にいるのは俺。
「藤やん限定のゲリラ豪雨……とか言ってる場合じゃねぇな。何あった?」
「ゲリラ豪雨の現場は手洗いだ。個室の上から」
手持ちのタオルで拭けるところは拭いたが、制服はずぶ濡れ。
誰かは知らんが、バケツいっぱいの水をかぶせられた。
「おいマジかよ……ベタないじめフルコースじゃねぇか……」
「着替えてくるから、朝は遅れるって言っといてくれ。
この分だとジャージも無事かどうか分からんが」
「行ってら。あと俺のタオル使え。どこ拭いても大丈夫だからな。
あ、ボケじゃねぇぞ! シャツの下とか張り付いて気持ち悪いだろ?」
「分かってる。ありがたく使わせてもらうわ」
これ自体問題だが、ボイレコがイかれたのも辛い。
防水加工なんてないし、必要だとも思ってなかった。
一応、予備が残ってはいるが……とりあえず、今日は何も拾えんな。
翌日、登校日。現在時刻は16時過ぎ。
俺の現在地、自室のベッドの上。
(……あたま痛ぇ)
今朝測った体温、38.5℃。
俺の平熱は比較的高い方ではあるが、普段の範疇に収まってない。
そして頭痛に倦怠感、加えて節々の痛みが酷かったから病院へ。
診断結果は風邪。インフルじゃないだけマシだが、勿論欠席だ。
(……熱いのに寒ぃ)
頭が回らんが、昨日のバケツ水が原因だろ。
そういえば八乙女大丈夫か? 透が馬鹿やってなきゃいいんだが。
明日学校に戻ったら……痛い。あんまり考え事はしないようにしよう。
それと。
(……何か食わないと)
食欲はあんまりない。しかし栄養を摂らなければ治らない。
こういう時は親を頼りたい所だが、現在両親は家にいない。
親父は出張で、お袋は友人と温泉旅行。どっちも帰りは明日。
別に一日二日、俺一人でも何ら問題ないんだが……
(それは健康だった場合の話……)
間が悪いことこの上ない。が、仕方あるまい。
ここ最近はツイてた感じあったし、ある意味当然。
この辺で運勢の収束があっても……ん、スマホ鳴ったな。
(メッセ……雫からか)
明日の学校関連の連絡ってとこか。
それとももしかして、看病しに来てくれた?
ま、そんな都合いいことが起こる訳……
『具合どう? 色々持ってきたから、玄関開けてもらえる?』
咳やくしゃみはあまりないが、一応マスクをつけて鍵を外す。
そこにいたのは勿論、最近の冷えを考慮してコート着用の雫。
「……何で来た?」
「風邪って聞いたから。はい、これは皆からの差し入れ」
渡されたレジ袋の中には、スポーツドリンクに栄養ゼリー等、
風邪の時には非常にありがたいアイテムが揃ってる。
……嬉しいな。こんなことまでサポートしてくれるなんて。
「ありがとな。じゃ、これで……」
「待って。今日、怜二君のお父さんとお母さんいないんだよね?」
「……へ?」
おい待て。何故それを知っている。
というか、それを聞くってことは……
「うちのお母さんに、怜二君のお母さんから連絡あってさ。
体調悪いみたいだから、様子見に来てもらえないかって」
「お袋が……」
余計なことしやがって。
雫の家に泊まることになった時とかに電話したから、
そこから親同士である程度の交友関係ができたとは聞いていたが……
それはそうと、ありがたいことではあるが。
「色々と不便だろうし、看びょ……」
「気持ちだけ受け取るわ。うつしちまうだろ?」
「ボクもマスクしてるから大丈夫だよ。
それに、昔からお兄ちゃんの看病何回もしてるけど、
ボク自身が風邪ひいたことは一回もないし」
「でも……」
「心配ないって。……もしかして、迷惑だった?」
「いや、そんなことは……」
「それじゃ、ボクに任せてよ。おかゆとかはレトルトだけどさ」
……断れねぇ。
流石に俺も、病気の時に一人っていうのは心細かった。
誰かが側にいてくれるっていうのは、めちゃくちゃ助かるんだよ。
「薬は飲んだ?」
「あぁ。処方されたのを用法通りに」
「水分は?」
「貰えるか?」
「了解。寝てるままでいいよ。これ持ってきたから」
そう言いながら鞄から出したのは……何て言うんだっけ。
小さい水差しというか、急須というか……寝てるままでも水飲めるやつ。
「はい、口開けてー」
「あー」
「咥えてー」
「ん」
「流すよー」
ゆっくりと傾けると、口の中にスポドリが流れてくる。
熱で乾いた体に染みるなぁ……
「んっ……はぁ。ありがとな、本当に」
「いつも助けてもらってるんだから、ボクにも恩返しさせてよ。
……この前の修学旅行の夜とか、特に助かったし」
あの時は……本当に、選択を誤らなくてよかったと思う。
察する力には自信があるが、流石にあんな状況は初めて。
故に、言葉を選びに選んだ。
「何かして欲しいことあったら言ってね」
「ありがとう。それじゃ、早速頼みたいことがあるんだが」
「何かな?」
「このタオル、もう一回水で濡らしてもらえる?」
冷たいものを飲んでも、熱が下がる訳ではない。
そろそろしんどくなってきたし、対策がいる。
「分かった。その前に確認するね」
「えっ……」
突然、雫の顔が目の前に来た。
そして、額に何かが触れた感触……おい、マジか。
「んー、8度4……5分ってとこかな。これだと解熱剤はいらないか。
タオルもいいけど、冷えピタ持ってきたから貼るね」
精度の高い測定……いやそうじゃなくて。
体温計渡すでも、手の平を当てるでもなく、額と額を合わせて……!?
「おでこ出してー。……はい、どうかな?」
「あ、あぁ……冷えた」
「よかった。今日の夜まではもつと思うけど、もう一枚置いておくね」
普段から熱の測り方がコレで癖になっているのかもしれないが、
(マスクあるとはいえ)こんな至近距離にまで顔を近づけることに抵抗はないのか?
体温計はすぐ側に置いてあるから、見落としたってことはないだろうし。
本当にこいつは何を考えてるんだよ……
(……額は冷たいけど)
顔はめちゃくちゃに熱い。
献身的に看病してくれるのはありがたいけど、心臓に悪いわ……
「おかゆできたよー」
「サンキュ。そこのテーブルに置いてくれ」
お盆に載せられた大き目のお椀には白粥。その右隣の小皿には梅干が三つ、
左隣の湯のみには緑茶が一杯。風邪の時はこういう消化にいい物がありがたい。
「ありがとな、何から何まで」
「ボクがやったのはお湯沸かすだけだけどね」
無闇に具材を入れると事故ったりする場合がある。
かといって、まともにメニュー考えたり調理する体力も気力もない。
そういう時は、シンプルなものにするのが一番。
だから、これは最善の選択。
「梅干だけでよかったの? ボクも野菜スープぐらいなら作れるけど」
「悪いけど食欲なくて。これぐらいで丁度いい」
「そっか。おかゆ自体には何も入れてないから、味見しながら入れてね」
「あぁ。じゃ、いただきます」
梅干を一つ入れ、添えられたレンゲの底で潰し、軽く混ぜて口へ。
うん、美味い。食欲なくてもこれぐらいなら食べられる。
数年ぶりに食べるけど、お粥って意外と美味しかったんだな……そして。
(雫が、俺の為に作ってくれたんだよな……)
レトルトのお粥を温め、お茶を淹れるだけでも、雫が作ったことに変わりない。
加えて、その目的は俺の看病の為。
その気持ちが込められてると考えると……心の底から、嬉しい。
「……幸せだなぁ」
「ふふっ、よかった」
「え、声出てた?」
「思いっきり」
「……恥ずいから忘れてくれ」
「喜んでくれたようで何より。そうそう、今日の授業のノートの写し置いておくね。
一応言っておくけど、完治するまでは無理に勉強しないように」
「そうする。わざわざありがとな。それじゃそろそろ……」
「もうちょっと面倒見させてよ。この後は怜二君の体も拭かなきゃだし」
「なるほど、俺の体を……は!?」
ちょっと待て!? そこまでやるつもりなのか!?