215.ゆかいで強い仲間たち
「おっはよー!」
「……よう」
この日は、透は普通に登校してきた。偶然にも昇降口到着は同じタイミング。
ということで、欠席の理由を聞いてみる。
「昨日休んだって聞いたが、どうした?」
「風邪。インフルは治ったけど本調子じゃねーっぽいわ。
あ、インフルで思い出したけど、修旅のお土産は?」
「土産話ならあるが」
「そうじゃなくて、京野菜の漬物とか……」
こいつは今の自分にそんなものが貰える程の信頼があると思ってるのか?
穂積と門倉は何か渡してたみたいだが、俺にそんな義理はない。
「土産話以外でお前にやれる物は包み紙ぐらい。
欲しいならくれてやる」
「はいはい、いりませんよーだ。薄情な幼馴染だこと」
こうして会話に応じてくれるだけ厚情だろが。
それはそうと、今日はどうだろうか。
(……増えてるな)
白く塗られた画鋲、二つに増加。
どうやら、当面は上履きの確認作業が必要になりそうだ。
「どうした? 早く行こうぜ」
「先行ってろ」
「何だ何だ? うわっ、こんなとこに画鋲がある!?」
この驚き方は……こいつ、このこと知ってたな。
透の場合、素の驚きなら「ハァ!?」だ。
『画鋲』みたいに、中にある物の名前を口に出すということはしない。
薄情者だろうが何だろうが、17年も腐れ縁が続きゃ分かるもんだ。
「陰湿なことする奴もいたもんだな……」
「剥がしてから行くから、さっさと行ってろ」
「分かった。怪我しねーようにな」
……妙だな。何でこんな心配をしている?
現状、透は俺をほぼ完全に敵だとみなしているはずだ。
そこから考えると……俺からの信頼回復も狙ってるのか?
だとしたら、指図した奴らを捨て駒にする可能性すらある。
いずれにしても、物的証拠がないから問い詰めるには早いが。
「おはよう」
「はよー。……今朝はどうなん?」
「倍になってたわ。机は?」
「コレ使う羽目になったわ」
翔がつまんでいるのはウェットティッシュ。恐らくはアルコール入り。
それを使う必要があったということは、こっちもか。
「そろそろ持ち物の類も警戒しといた方いいぞ」
「だよな。迂闊に携帯とか財布とか置いていけねぇ」
「携帯はロックかけとけよ。なんなら持ってこないでいいまであるし」
「必要ならメシ代ぐらい立て替えるから、その時は言ってくれ」
「今の所はそこまでしなくて大丈夫だ。何から何まですまんな。
ところで、そっちの白崎はどうなってる?」
「そこそこに沈んではいるが、それ以外はほぼいつも通りだ。
如月先輩も支えになってるし、問題はな……あー、別件であるわ」
「別件?」
「いやー、何だ……その? 透の野郎が狙いだしたみたいで。
怜二なんか忘れちまえとかほざいて早速嫌われてるわ」
「あいつは……!」
相変わらず見境ねぇな。可愛い女なら誰でもいいのか。
ハーレムが瓦解してる今でもなお、結論出す気ねぇのかよ。
「この分だと当分入り浸る予感。如月先輩の方も諦めてねぇし。
ということで、こっちもこっちで色々情報拾おうと思う。
何かあったら連絡するな」
「サンキュ。でも、あまり気にしないで大丈夫だ。
ただでさえ透いるのに、これ以上練習に悪影響は出せん」
「それこそ気にすんな。このエースストライカー、下手は打たねぇよ」
こっちも相変わらずだが、これは非常にいい意味で。
陽司は自他共に認める自信家だが、決してナルシストではない。
最大の違いは、このビッグマウスに見合う実績を叩き出してる点。
こいつに憧れてサッカー部に入った奴も多いと聞く。
「ごめん……いや、ありがとう、か」
「正解。でもって、こういう時はメンタルケアも大切だ。
怜二って何でも一人で背負っちまうタイプだろ? たまには周りに投げろ。
例えば、隣にいる奴とか」
「うん、言おうと思ってた」
「あ、水橋……」
「いくらでも頼ってよ。藤田君はいつも頑張ってるんだから、
私達にもお礼させてよ」
いじめられている側にとってありがたいのは、味方の存在。
情けねぇ話だが、雫がこっち側にいるというのは凄く嬉しいし、安心する。
そう思ってたら……俺のやるべきことが見つかった。
「んじゃ、犯人探さないとな。やられっぱなしは性に合わん」
「流石怜二。心身共にタフな男よ」
「その意気。私も協力するよ。こんなことする人なんて大ッ嫌いだから」
頼りにはするが、甘えるつもりはないし、任せっきりにするのは論外。
これは俺の問題だ。俺が主体的に動かなくてどうするよ。
「ねぇ怜二くん、私はどうすればいいかな?」
「風紀を正す為にも、私にもできることがあるはずだわ」
「え……?」
穂積に、門倉……?
これは全くの予想外だ。まさか、お前らまで……
「怜二、分かるだろ? お前が今までしたことが返って来たんだ。
これだけの仲間がいる。不安になんかさせねぇよ」
力強い眼差しと声で、決意表明をする陽司。
「知ってるか? マジになった俺はヤバいぜ?」
いつもの調子ながら、それが嘘ではないことが伝わる翔。
「言っておくけど、これは風紀を正す為だけじゃない。
私の目を覚まさせてくれたお礼でもあるわ」
エゴの正義感が消え、心根から変わったことを実感させる門倉。
「怖いのは裏切りだな。味方で入って最後に敵になるってのはよくある。
ま、これの最後はハッピーエンドで決まりだがな!」
相変わらずだが、故にガチさが出ている秀雅。
「辛くなったら料理研究会に来てよ。美味しいスイーツ作るから♪」
明るい笑顔で、違った面から支えてくれる穂積。
「情報なら任せとけ。速攻で犯人暴いてやるよ」
胸ポケットから手帳を出し、何故か信頼できるニヤつきを浮かべるサル。
これだけの仲間が、俺の側にいる。そして何より……
「藤田君。……絶対に、勝つよ」
本気で戦うことを誓い、そっと手を握る。
どうしようもない俺を頼りにしてくれて、脇役を辞めるきっかけをくれて、
誰よりも真っ直ぐに俺の想いを受け止めてくれた……雫。
「あぁ、俺は絶対に膝をつかねぇ!」
この程度のいじめに屈してたまるか。元脇役のド根性なめんな!
皆の信頼を裏切る真似は、絶対に、絶対に、絶対にしねぇよ!
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怜二君が、いじめに遭った。
犯人は想像がつく。証拠はないけど、神楽坂君で間違いない。
……でも、それだと欠席していた昨日の説明がつかない。
(ということは……複数犯?)
何らかの手段で仲間を作って、怜二君の心身を傷つける。
恐らくはそういうことだ。神楽坂君はそこに関わってるんだろう。
そうでもなきゃ、怜二君がいじめられる理由なんてどこにもない。
(幸い、皆も協力してくれるみたいだけど)
怜二君は強いけど、それでもいじめが続けは心が磨耗する。
そうなったら、いつか怜二君は倒れてしまう。
……そんなの、絶対に嫌だ!
(怜二君は、ボクが絶対に守る!)
怜二君には何度も、何度も、何度も守られた。
その怜二君がいじめられているのなら、今度はボクが怜二君を守る。
あと……それとは別だけど……
(……告白する場合じゃなくなったな)
いざ覚悟を決めたら、全く別の問題が起きるなんて。
でも、今何をするかの優先順位はしっかり考えなきゃ。
こんな時に告白の答えを返されても困るだろうし、
それ以前に無礼が過ぎる。
(……絶対に許さない)
ふつふつと、怒りがこみ上げてきた。
ボクの恋路の邪魔をするなら……容赦しないから。