214.狙われた脇役
思いがけない告白を受けた翌日。
少しばかり寝付くのが遅くなったが、気持ちは切り替えられた。
「よっ」
「おっ。何だ?」
「こっちの台詞。辛気臭い顔してどうした?」
偶然にも、昇降口で陽司に遭遇した。
そこまで顔に出てたか。完全にいつも通り、とはなってなかったか。
「何となく分からないか?」
「いや、当たりはついてる。うちのマネージャーのことだろ?」
「あぁ」
去年の俺に言っても、絶対に信じないだろうな。
女子から告白されたってだけでもビックリだってのに、
それを断ったら愛人でもいいとか言われたなんて。
「話は聞いたが、ちゃんと断ったらしいな。
お前の気持ちを知ってる奴からしたら当然だが」
「そりゃな。俺はあくまで……痛ッ!」
何だ今の。かかと辺りに何か刺さったみたいな感覚がしたぞ。
尖ったゴミでも入ってたか?
「大丈夫か?」
「あぁ、そんなに深くは……何だコレ!?」
目を疑った。それが見えにくかったからじゃない。
ただ、信じがたい物がありえない場所に存在していたから。
いつも通りに履こうとした、上履きの中。
白く塗られて見えづらくなった画鋲が、セロテープで留められていた。
「誰がやりやがったんだよこんなの……」
所謂いじめの典型的なパターン、靴に画鋲入れ。
しかもそのまま入れただけじゃない。この加工は確実に意図してのこと。
ただの悪ふざけじゃない、絶対に俺に傷を与えるという意志があってのものだ。
「イタズラにしちゃタチが悪いな。とはいえ、犯人は分かりきったこと。
とうとう、あいつもここまで堕ちたか」
「……透のことか?」
「当然。怜二を嫌ってる奴なんて他にいねぇだろ?」
陽司の言う通り、俺に対して一番敵愾心を持っているのは多分透。
だが、この件に関して透が関わっているとしても、実行犯ではないと見る。
そう考えるのは、幼馴染としてあいつの特性を理解しているが故。
「透自身がやった、とは思えないな」
「は? どういうことだ?」
「あいつはこういうことをする時、自分の手を汚そうとはしない。
中学までは他の奴が透の気持ちを察してこういうことをしたけど、
透自身が何かをすることは殆ど無いから、いくらでも言い逃れできる。
そんな感じで、常に逃げ道を用意しておくのが透だ。
もっとも、ここ暫くは躍起になったのか、凡ミスも多いが」
「まるで悪徳政治家だな。『全部秘書がやったことです』ってか?」
「そういうこと。……今更になって本当に思うわ。
こういうことに加担したことは一回たりともないが、
俺は何であいつの秘書紛いのことをやってたんだろうな」
「でも、今ははっきりと目覚められたんだから良かったな。
向こうは未だ寝言ほざいてる有様だが」
話をしている途中で、画鋲は剥がせた。
さて、誰にけしかけたんだろうな。
「おは……」
「ちょーっと待ったーっ!」
教室に入った途端、翔がこっちにダッシュして手を広げた。
表情はめちゃくちゃ焦ってる、という感じ。
となると単にふざけてる訳ではないな。今度は何があった?
「えぇっと……5分! いや3分時間くれ!」
「何に対する?」
「教室に入る時間の猶予を!」
「何で?」
「……言えん!」
何だこれ? 何か隠してんのか?
一体何を……んんっ?
「翔。お前の体じゃ隠しきれてない。俺の机見えてる」
「……マジ?」
「マジ。……で、お前の言ってることの意味も分かった」
俺の机の周りには、秀雅とサル。
何故かやたらと机を拭いてる……いや、最早こすってると言った方が近いな。
で、その中からちょいちょい見えてる訳だが……
「おはよう。……これは酷いな」
「怜二!? ごめん! 消せんかった!」
「油性なんだろ、こんなことするぐらいだし」
『死ね』『クズ』『学校来んな』『ウザイ』
他、ありとあらゆる罵倒の言葉の数々。
それら全てが、俺の机の上に書かれていた。
「筆跡からすると複数犯っぽいな。証拠写真撮らせてくれ」
「それは俺がもう撮った! 勿論、今日から即犯人探しだ!
というか怜二、お前めちゃくちゃ落ち着いてるな!?」
「それは見た目だけだ。腹の中ではブチ切れてる」
画鋲の件といい、これは何か仕掛けやがったな。
読みが当たってるなら、これも恐らくは透絡み。
まだ透の本質を知らないファンクラブの女子、というのが本線か?
「先生には伝えた?」
「勿論。……が、協力しようとする先生は殆どいない。
むしろこの件隠蔽する気満々。頼みの綱は上田先生だけだな」
「案の定か。秀雅は何か知ってるか?」
「鉄人として情けねぇが、さっぱりだ」
「分かった、サンキュな」
とりあえず、この落書きは何とかしないとな。
確か油性ペンを落とせるのは……
「藤田君、これ使って」
いつの間にか、雫が後ろに立っていた。
そういえば教室にいなかったな……あ、これ取りに行ってたのか!
「ありがとう。使わせてもらう」
恐らくは保健室から持ってきたのであろう、アルコール消毒液。
油性ペンの汚れにはアルコール。これが基本だ。
書いてからの経過時間にもよるが、これで落とすことができる。
「湿らせて、と。サルと秀雅もありがとな。それに翔も」
「いや、俺らは何もできなかったから。礼なら水橋に言ってくれ」
「サルに同じく。怜二、これから何かできることあったら言ってくれ。
鉄人に体力は無いが、根性なら誰にも負けねぇからよ」
「俺も。久しぶりにカッチーンと来てるわ」
「……ありがとう。お前らが友達で良かった」
「へへっ、こっちの台詞だっての♪」
この手のいじめはクラス全員が一人の標的を狙う、ということが多いが、
どうやらその感じが無い所を見るに、他のクラスの犯行と見た。
そもそもとして恨みを買うようなことをした覚えはないし、
こういうことをしそうな奴と言えば……あれ、そういえば。
「透、来てないのか?」
「それなんだよ。まずあいつから聞こうと思ってたんだが……」
「カグ、まだインフルなのか? それか熱引いた後の休みか」
「だとしたら昨日来てるはずがないだろ。
何ならバッチリサッカー部来て、マネージャー口説いてたわ。
で、その時に聞いたんだけど、修学旅行2日目からは登校してたそうだ」
最有力候補は欠席の模様。
あいつが関わってるという証拠はないが……何があった?