213.変愛
修学旅行が終わり、そのレポートのまとめ作業が始まった。
一応、要所要所の事柄はまとめてあるし、
陽司がアニキからテンプレを貰ったらしく、後はほぼ写すだけ。
「これで本当に通るのか?」
「ま、いざとなったら酒盛りの件で強請ればいいって!」
「やめとけ。サルに限らず知ってる情報ではあるけど」
この件に関しては、上田先生に報告して終了。
温厚な上田先生も流石に腹に据えかねたらしく、
教師陣をどうにかすると言ってくれたから、後は任せよう。
「よし、今日はここまでだな」
「お疲れ。それじゃ後は……あ、そうそう。怜二ちょっとこっち」
「何だ?」
陽司が俺を呼び寄せ、教室の隅へ。
人前じゃ言いにくいことってことか?
「伝言があって。うちのマネージャーから」
「マネージャー? ……何の心当たりもないんだが」
「怜二、文化祭の時に一回スペシャルシートの指名あっただろ?
それ、うちの新人マネージャーの一年生なんだよ」
「へぇ、そうだったのか」
「で、なんだけど……放課後、待ってるから一人で校舎裏に来てくれないかと」
「……うん?」
放課後で、校舎裏。そのシチュエーションで何ががあるとしたら、浮かぶのは一つ。
すごくベタで、自惚れた考えになるけど、もしかしなくても……?
「ほぼ間違いなく告白だろ。お前のことが好きらしい」
「マジかよ。文化祭まで面識なかったぞ?」
「詳しくは分からんけど、同じクラスってこと考えると八乙女経由じゃね?
お前が文化祭立て直したってことは知れ渡ってるし、それに感謝してたし」
珍しい女子もいたもんだな。中心となったのは雫と会長だ。
俺もそれなりには動いたが、普通のモブでしかないんだが。
あるとすれば、八乙女がやたら誇張したか?
「決めるのはお前次第だけど……まぁ、断るよな?」
「そりゃな。もうバレてるから言っちまうけど、俺が好きなのは水橋だけだ」
「うん、知ってる。で、どうする? 直接伝えるか、俺が伝えるか」
「直接伝える。陽司のことは信頼してるけど、こういうことは自分で決める」
「そうしてくれるとありがたい。あいつ諦め悪いんだ。
お前から直接言われなかったら信じないという可能性もある。
放課後は早くに行ってくれ。どうも相当に本気っぽい。
来なかったら夜……下手したら明日の朝まで待ちかねんから」
「分かった。伝言ありがとな」
新学年すぐだったら受けていたかもしれないけど、今は違う。
明確な理由つきで雫のことが好きだし、告白もした。
きちんと、けじめをつけよう。
放課後、校舎裏。
それなりに急いで行ったつもりだったが、相手の方が先にいた。
「先輩……来て下さったんですね」
「あぁ。話は陽司から聞いた。で、何だ?」
「はい。……私は、藤田先輩のことが好きなんです。
先輩が宜しければ、私とお付き合いして頂けませんか?」
この状態で、『好き』の意味が恋人としてのもの以外だと思える奴はいない。
間違いなく、そういう解釈で合ってるだろう。となれば答えは一つ。
下手にオブラートに包まず、はっきりと伝えよう。
「ごめんな。俺はお前とは付き合えない」
「えっ……」
戸惑いの声を最後に、静寂が訪れる。
このまま立ち去ってもいいんだが……何か、もう少し続きそう。
「あの、私に至らないところがあるのなら全部直します!
それでも、ダメですか……?」
「……ごめんな。俺、好きな人がいるんだ」
「先輩に……」
別に嫌いな訳じゃない。むしろ容姿は可愛い方。普通なら告白を受ける。
だが、それは俺の恋が始まる前という前提の上で。
恋の途中で、告白されたから付き合うなんていう考えは持っていない。
(ただ、気になるな)
俺とこの後輩の間に接点はない。
知ってるのはサッカー部のマネージャーということだけだし、
それも今日聞いただけのこと。
一応、サッカー部の中心人物である陽司と仲はいいけど、それだけ。
初めて会ったのは文化祭の時だし、その時も指名を断っただけ。
一体何がどうして、俺のことを好きになったんだ?
「……覚えていらっしゃいますか? 去年の夏、私がペンダントを落としたこと」
「去年……あっ」
そこまで言われて思い出した。よくよく見れば面影がある。
夏休みに何となく街へ出かけようとした途中のことだった。
その時のことを思い浮かべていたら、ポケットから何かを取り出した。
「これ、見覚えありますか?」
「えっと、お婆ちゃんの形見なんだっけ」
「そうです。先輩に……わざわざ川に入ってまで、見つけて頂いたものです」
小さなハートの、ロケットペンダント。
当時と一緒なら、その中にはお婆ちゃんの写真が入っているはず。
あの時は何かのはずみで川に落としたらしく、酷く泣いていた。
浅い川だったから探してみたら、流される前に見つけられた。
そうか……あの時のか。
「もう一度お逢いできればと思っていました。でも、名前もお聞きできませんでしたし、
一期一会だったと諦めてました。……今年の、文化祭までは。
あの時に初めて、先輩が同じ高校に通っていることに気づきました」
文化祭の前か最中、そのどちらかだろう。
事前の問題解決にミスターコンテストと、それなりに目立つことはした。
顔を出す場面もそこそこ多かったし、会った時の記憶がはっきりしているなら、
気づいてもおかしくない。
「それで、その……岡地先輩に少々伺いまして。藤田先輩は帰宅部なので、
先輩の友人の茅原先輩から、何か知れることはないかなと思って、
サッカー部のマネージャーになったんです」
(サルも関わってたか)
今となってはサルも陽司も、俺は雫のことが好きだということを知っている。
どういう気持ちで情報教えたんだろうな。
「あの、藤田先輩。……一つ、提案があります」
「何だ?」
「その……本当に、凄く失礼なんですが……その……」
そこまで言って、顔を少し左に向け、視線を逸らす。
そこからしばらく間が空いた後。
「私を、保険にしてみませんか?」
「……えっ?」
保険……?
ちょっと、これだけでは意味が分からない。どういうことだ?
「あの、えっとですね、その、もしもの話です。
もしも先輩が先輩の想い人の方に告白をしたとしまして、
それが成就しなかった場合、私がもう一度告白しますので、
私と付き合って頂くという……いや、本当に失礼な話ですけどもっ!」
(あー、そういう……いや待て!?)
つまりアレか!? 二番目を予約することで、雫からの答えが断りだった場合、
すぐに付き合えるようにするということか!?
おかしなことを言ってることに自覚はあるっぽいけど、こいつ……
「でも、俺は今お前をフッて……」
「諦められないんです! 私に至らない点があるのなら仕方ありませんが、
気持ちに整理がついてない時に告白したからフるしかないんですよね!?」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「私にとって先輩は恩人で、救世主で、ヒーローなんです!
こんなの、好きになるしかないじゃないですか!」
「それは分かったけど、それでも……」
「もしかして、一度フッた相手と付き合うのはばつが悪いとお考えですか?
それならお構いなく! 私は2号さんだって………」
「一回落ち着け!」
グイグイ近づいて来たから、両肩を押して距離を取る。
あのペンダントは本当に大事なものだったみたいだけど……どんだけ俺のことが好きなんだよ。
「ごっ、ごめんなさい! 取り乱しました!」
「うん、本当にまず落ち着いてくれ。……ところで、まだ名前聞いてないよな?」
「えっ?……あっ、失礼しました! 私は白崎樹と申します」
「分かった。あのな白崎、俺は誰かと付き合う時、半端な気持ちでいたくないんだ。
心の底から大好きだと思える相手と、そういう関係を築いていきたい」
「……私に、そういう気持ちは持てないということですか?」
「というより、俺はお前のことをよく知らないし、関わりも殆どなかった。
そこから何か特別な気持ちを持てって言われても、無理な話だ」
「……そう、ですね。考えてみれば当然のことでした。
本当にごめんなさい、自分勝手に先走って」
「うん、分かってくれればいいんだけど」
落ち着いてくれたのを確認し、肩から手を離す。
さて、何と言うべきだろうか。あまり傷つけたくはないが、
はっきりと断った方がお互いの為だろう。
「いずれにしても、俺は白崎とは付き合えないし、保険とやらにするつもりもない。
そういう訳だから、分かってくれ」
「あの……想うことだけでも、許して頂けますか?」
「辛くなるだけだと思うぞ?」
「構いません。……勝手に、想い続けます」
誰かを好きになることは、人の勝手だ。俺も最初はそこから始まった。
叶わない恋だと分かっていながら、そうし続けることの辛さも知ってる。
俺の場合は思いがけなく事が動いたが……これに関しては、可能性は絶無だ。
辛い思いをさせることになるが……止める権利は、誰にもない。
「今日は、先輩の貴重なお時間を割いて頂きありがとうございました。
……気が変わったら、いつでも私をお呼び下さい」
深々とお辞儀をして、重い足取りで歩いていく。
俺は、その背中を黙って見ていることしかできなかった。
【サルの目:生徒データ帳】
・白崎 樹
サッカー部 (マネージャー)
ルックス A+
スタイル B+
頭脳 B
体力 C
性格 B
【総評】
明るさと儚さを併せ持った瞳が印象的な美少女。
スタイルは……スレンダーと言えば聞こえはいいんだろうけど。
スポーツは苦手なのに何故かサッカー部のマネージャー。
これは陽司を狙ってのことかと見たが、どうやら違う様子。
総合ランク:A