210.トラブルシューターの敗北
「えーっと……」
「……とりあえず、連絡入れとくな」
……どうして、こうなったのだろうか。
雫と二人で大阪を歩けるという幸運の揺り戻しにしても、おかしい。
それならこういう目に合うのは俺だけでいいはずなんだが。
(……まぁ、原因ははっきりしてるんだけども)
電話のコール音を聞きながら、経緯を思い返す。
今の、この状況が生まれた理由……それは数時間前に遡る。
串カツ屋を出た後、お土産を購入し、そろそろ帰ろうかと思った時。
サルから電話が入った。
「はいもしもし」
「怜二、ヤバイ! 大雨で電車動かんかもしれん!」
「ハァ!?」
マジか!? ある程度の遅延は予想してたけど、運休!?
それじゃどうやって帰るんだ!?
「え、これ他に帰る方法ある?」
「ないけど、今だったらギリ動いてるから急げ!
一回集合の予定だったけど、もう帰りも各自で行くぞ!
こっちはもう駅だから、連絡は俺が回す!」
「分かった、サンキュ!」
これはマズいことになった。大雨を甘く見てたな。
「雫、急ぐぞ。電車が運休するかもしれないって」
「運休!?」
「足、滑らせないようにな。駅はそんなに遠くないし」
「うん、分かった!」
サルの情報速度に助けられた。下手すりゃ大惨事だった。
他の奴らも大丈夫かな……電車乗ったら、メッセ送るか。
「忘れ物とかないよな?」
「大丈夫。お土産もしっかり買ったし、行きたいところにも行ったし」
「よし、それじゃ行くか」
自覚していなかっただけで、この時の俺は相当に焦っていたらしい。
そうじゃなければ、あんな間違いをすることなんてありえない。
程なくして駅に辿りつき、電車に乗れた。
メッセを送った所、翔と門倉、秀雅と穂積は既に電車に乗った模様。
陽司と宮崎も駅の近くまで来ているみたいだし、この分なら問題ない。
「危なかったな……サルには感謝しねぇと」
「それにしても本当に土砂降りだね。傘差しても濡れそう」
「だろうな」
窓を打つ雨の勢いは増す一方。
既に遅れは出ているみたいだし、このままだと運休は確実。
後は無事に目的地まで……!
「いや、まさかそんな訳……」
「どうしたの? 顔色悪いけど、大丈夫?」
スケジュールをメモった手帳を開いて、確認。
……うん、間違いない。やらかした。
「……これ、逆方向の電車だ」
「えっ!?」
ホームに下りた瞬間に電車が来たから、丁度いいと思って乗った。
……行き先の確認もせずに。
「本当にすまん。完全にやらかした」
「いや、ボクも何にも考えないで乗ったから、怜二君は悪くないよ!
とりあえず、次で降りよう?」
「あぁ。今ならまだ間に合……」
次の電車が何時に来るかをスマホで調べていた最中。
認識したくない。嘘であって欲しい。
しかし、最新型のスマートフォンの正確性は折り紙つきで。
画面に表示された文字列は、ただ淡々と現実を教えてくれた。
『運休のお知らせ』
気づいたのが早かったから、比較的活気がある駅で降りることができた。
しかし……ここから旅館へ戻ることができる電車は存在しない。
タクシーを捕まえようにも、帰宅難民が出てる状況は皆同じ。
駅の出入り口に出た頃には、空車は一台も存在しなかった。
「もしもし、そっちもう旅館? こっちトラブった。
電車逆方向乗っちまって、今2駅通って降りた。
運休入ったし、タクシーもないから帰れそうにない」
どうすればいいか分からない中、まずは班のメンバーに連絡。
他の奴のやらかしを気にしてた俺自身がやらかすとは……面目ねぇ。
「マジか……うん、分かった。それじゃどっかで適当に宿取れ。
ネカフェとかカラオケはダメだ。条例に引っかかる」
「了解。カプセルかビジホぐらいならあるだろうから、明日朝一で戻る。
先生方にも言っておいてくれ」
「あー……それなんだけどよ、ついでに言っておくと点呼の心配もない。
さっきチラっと覗きに行ったら酒盛りしてやがった。
全員完全に出来上がってるし、この分だと誰も来ないだろ」
「ハァ!?」
この学校の教師陣は頼りにならない上、職務もまともに果たさないのか!?
今回に限ってはむしろありがたいが、何してんだよあいつら!?
「……分かった。宿取れたら連絡する。じゃ」
失望と共に電話を切り、雫にこれからの行動を伝え、連絡を取らせる。
後は今晩の宿探し。幸い近くにビジネスホテルがあった。
こっちもこっちで、同じ考えを持っている帰宅難民はいそうだが……やるしかない。
「うん、明日の朝には絶対に帰るから……また連絡するね」
雫も連絡を取り終わったことを確認し、最寄のビジネスホテルへ急行。
少々痛い出費にはなるが、四の五の言ってられない。
……クソッ、こんな肝心な所で抜けてやがる。
俺はどうなってもいい。雫さえ無事なら……
(……雫、本当にすまねぇ)
ここを乗り切れたら、しっかりと謝ろう。
俺のミスのせいで、また不安にさせちまった。
「あぁ、ビジホ見つけた。明日の朝食の前に戻る」
そして、今に至る。
ギリギリ部屋が空いていたから、野宿は回避できた。
……その代わり、別の問題が発生。
「……本当に、ごめん」
「ううん。ボクは大丈夫だから」
空いていたのは一部屋だけ。ツインルームだから二人泊まれるが、
普通に考えて一緒の部屋に泊まるわけにはいかない。
だから雫だけを泊まらせて、俺は別の所を探そうとしたんだが……
「書いたから、一緒に泊まろう」
戸惑ってた隙に、宿泊者の名前を代筆されて。
俺と雫は、同じ部屋で一夜を共にすることとなった。