21.藤田式トスアップトーク術
『水橋雫を、彼女にする』
これが、俺の当初の目的『だった』。
そう、過去形。今の目的でもあるっちゃあるけど。
現在の本線は、『水橋雫が、本当の自分を出せるようにする』。
これまで通りの、脇役仕事。
だが、水橋にとっての俺は、TPではなく『友達』。
(……素直に、嬉しいな)
この接点を形容する言葉としては、少し違和感があった。
だけど、馬鹿な事聞いちまったなって、今は思う。
(お悩み解決ぐらい、友達なら当然だろ)
いいじゃないか、友達。
そこからなら、今までより数段チャンスはある。
頑張っていこうぜ、俺。
『藤田君って、ボクのこと好きだったりする?』
……そんな感じで何か考えてないと、おかしくなりそうだし。
「はい、透!」
「サンキュ!」
本日は穂積の弁当か。
俺は久しぶりにおにぎり。飲み物は家からお茶を持ち込み、2個購入。
男子高校生の胃袋を満たすには、おにぎり1個分の米じゃ足りぬのだよ。
「怜二、メシ食おうぜー」
「おう」
透と一緒に昼メシを食うのは、およそ3回に2回の割合。
パターンは以下の通り。
1.透の弁当は穂積の手作り。穂積・透・俺で昼メシ。
2.透の弁当は古川先輩の手作り。透と俺で昼メシ。
3.透の弁当は門倉の手作り。門倉から『邪魔する気?』という目。
ものの見事に、それぞれの個性が出ている。
穂積は誰とでも分け隔てなく。門倉は透とそれ以外でバッサリ。
古川先輩は教室が違うというのもありますが、積極的に来るタイプではないからか。
さて、鮭と昆布、どっちから行こうかね……
「雫ちゃん、一緒に食べよっ!」
「え……?」
おっと、いきなり新展開か?
いや確かに、水橋は普段一人メシだから、誘っても不思議ではないといえばないけども。
あー、予想通り困惑してるな。
「なー? たまには一緒に食おうぜー?」
例によって、この主人公様によるワンクッション作戦か?
門倉でダメなら穂積で、と。誘う内容も簡単だから、断りづらい。
これは間に入って引き剥がせるタイプじゃないな。
「…………」
沈黙。これを長引かせると、変な空気になる。
仕方ない。ここは俺も乗るか。
「水橋。一緒に食おうぜ。お前の弁当見てみたい」
『何故誘ったか』を明確にしながら。そうすれば、比較的乗りやすいはず。
こういうことこそ普通の事なんだが、水橋はその辺のさじ加減が分からない。
細かな所から、ちゃんとケアしないと。
「……うん」
まず一段落。
それに、これはいい機会だ。会話の実地訓練としよう。
水橋は不安な顔をしているが、安心しろ。キツくなったら俺が捌くから。
「これ、水橋の手作り?」
「違う。……お兄ちゃんの、手作り」
「へー。っていうか、雫って妹だったのか。アニキってどんなの?」
透から抽象的な質問。どういう意味かを勘案してしまいそう。
一応、繋ぐか。
「何コ上?」
「3つ」
「って事は卒業済みか。名前は?」
「海。水橋海」
「雫ちゃんのお兄さんの名前も水からなんだね。綺麗な名前」
水の橋から滴る雫は、母なる海へ。
いや、アニキだからちょっと違うか。
「それでもって兄ちゃんの弁当は……何か、地味だな」
「人の弁当にケチつけんな。つーか、お前のすぐ前に地味どころじゃない奴いるだろ」
「あ、ごめん★」
「謝る気微塵もねぇなこの野郎」
透ハーレムからの日替わり弁当になる前は俺とほぼ同じだったろうがこの野郎。
調理実習の時に危なっかしい包丁の持ち方してたのを忘れたとは言わせんぞ。
それすらも「透君可愛いー!」ってなったけど。
「雫の好きなメシって何?」
「特に、何も」
「本当に? 何かあるよね? お肉とか、お魚とか」
「……強いて言うなら、鶏肉」
彼女の一番好きな食べ物は、本当は甘味。
それくらいだったら別に言ってもいい気はするが、その辺は任せるか。
「鶏肉かー。唐揚げとか?」
「ん……焼いた方が好き」
「焼き鳥も定番だもんな。透、お前タレと塩で言うならどっち?」
「は? 普通塩だろ? タレとか甘ったるくて食える訳ねぇだろが」
「私も塩。タレもいいけど、素材の味を楽しみたい」
「さっすが鞠! 分かってるじゃねーか!
「えへへ……」
透。この手の話題において、どっちかを否定するのは禁句だ。
もし水橋がタレ派だったらどう収拾つけるつもりなんだよ。
「雫も塩だよな?」
……あっ、これヤバイ。
そんなに難易度高い訳じゃねーが、『空気を読む』スキルが必要な場面だ。
今の水橋にはまだ早い。となると、ここで俺が取るべきは。
「俺はタレだな。当たり外れデカいけど、当たると美味いぜ?」
「マジで? うわ、お前がタレ派だとは思わなかったわ。おかしいだろ?」
「透、タレも美味しいよ?」
「えー? タレとか味ごまかすのにしか使わねーだろ?」
少数派意見の存在を明確にし、同調圧力を外す。
この場では最初にタレ派を名乗る奴が叩かれかねない。
水橋相手にそんなことはないとは思うが、場がグラついた時に辛いのは水橋だ。
こうすれば、水橋がどういう回答をしても。
「で、雫はどっち?」
「……塩、かな」
「よっしゃ3対1! 怜二、お前やっぱりおかしいわ!」
「マジかー。まぁ、塩も嫌いじゃねーけどさ」
場はまとまってくれる。割を食うのは、俺に限られるし。
というかこの主人公様、水橋とは別でコミュ力低いわ。
よくまぁ今まで誰とも衝突しなかったな。補正かかってなかったら事故ってただろ。
同日夕方、メッセの時間。
水橋のコミュ力は、まだまだこれから。
一対一の会話は、ちょっと難しそう。
若干介入し過ぎたかもしれないが、余計なお節介になった、とまではなっていないはず。
じゃ、今日のことについて話してみるか。
『今日はお疲れ。会話の感覚、つかめたか?』
『まだよく分かんないや。ごめん』
『謝るなって。というか、謝るのは俺だわ。
透が面倒かけてすまん』
これからは、幼馴染への支援だけじゃダメだ。
きっちり、手綱握っていないと。
『そんなことないよ。藤田君がいたから、ボクは会話に詰まらなくて済んだ。
あと、焼き鳥の時はごめんね。ボク、本当はタレの方が好きなんだけど、
なんか、凄く言いづらくて……』
透。主人公補正は万能とはいえ、それに頼りっきりじゃこういうことがあるんだよ。
いくら神様に愛されてるとはいえ、何でも許されるとは限らねぇ。
『いや、あの場はそれで正解。俺のポジションは知ってるだろ? 慣れっこだっての』
スケープゴートとしては最適。俺としても、諦めついちゃってるから。
俺は現状のことについて、水橋ほどに重くは考えてないし、問題の質からして違うしな。
少し時間を置いてから、返信が3つ。
『ボクが原因なのにこんなこと言うのもおかしいけど、自分を大事にして欲しい。
藤田君は、藤田君が思っているよりずっと、いい人なんだよ?』
『それが分かってるなら、あの時ボクはちゃんとするべきだったんだけど……』
『本当にごめん』
……もうちょっと、軽く考えてくれて構わないんだが。
ここまでされると、逆にこっちが気ぃ使わされる。
『大丈夫だ。気にすんな』
「いちいち言っても仕方ねぇし」とまで打ったが、そこは消した。
ダメだ。何、水橋に当たろうとしてんだよ俺は。
水橋は俺の立ち位置と扱い方を分かってねぇけど、それも当然だ。
今まで、接点どこにもなかったんだし。
「……俺、結構イヤな奴だな」
水橋の違った面が見えてくると共に、今まで知らなかった俺が出てきたのだろうか。
もしかして俺も、自覚の無いままに仮面みたいなもの被ってるのかね。
……んな訳ねぇか。単にガキなだけだ。
調子に乗んなよ、脇役。