209.初めてここへ来たってお腹は普通に減ってるし
遊園地の時の更に上、男女1対1の大阪散策。
陽司は宮崎と、サルは日下部と、秀雅は穂積と、翔は門倉と。
意外な組み合わせになった。陽司が宮崎を選び、門倉が翔を誘った。
残ったサルと秀雅から選ぶことを余儀なくされた日下部がサルを選び、
秀雅と穂積が自動成立。
申し訳なさそうな顔をしていた秀雅だったが、相変わらず穂積は笑顔。
これなら心配あるまい。……勿論、何よりも意外というか奇跡なのは。
「ふふ……大阪スイーツ……♪」
(……うん、予定にはなかったしな)
俺と、雫。
昨日まで思ってもいなかったことが、実現した。
「実は、行きたかったけど諦めたとこがあって。
よかったら、一緒に来てもらえないかな?」
「あぁ。そういうことなら任せる」
「ありがとう。えっと、ここからだと……」
笑みを浮かべながら、スマホを取り出した。多分地図アプリか。
俺にとっては勿論、雫にとってもこれは嬉しい誤算なのかもな。
(何も考えず、楽しむか)
ただでさえ楽しい修学旅行を、最高の形で楽しめる機会だ。
余計なことを考えず、楽しむことに集中しよう。
アーケード外れ、細い路地にあったカフェ。
店の名物らしいフルーツサンドを注文し、二人掛けの席に座る。
「こういう場所だから、メインの計画に合わせられなくて。
量もあるから、門倉さんとかには辛いと思うし」
「雫は大丈夫なのか?」
「問題です。ボクの別腹はいくつあるでしょう?」
「五つ」
「正解。ということで何の問題もないよ♪」
喜色満面。「にひひー♪」って声が続きそうな顔。
見てるだけでこっちも顔が緩んでしまう。
「ふふっ……あ、そうだ。お土産どうする?」
「お母さんから『大阪のおばちゃんっぽいもの欲しい!』って言われてて。
これ、何買ったらいいと思う?」
「……豹柄のハンカチとか?」
「ボクもそう思った。服買ったらお父さんが卒倒しそうだし」
ステレオタイプなイメージで申し訳ないが、この渚さんらしいアバウトな要求に対し、
浮かぶそれらしい品といったらそこが限界。
というか、あの人の容姿で大阪のおばちゃんルックは合わないと思うんだが。
「関西で生まれ育った訳でもないのに……って、それは関西の人に失礼か」
「そこまで言うか」
「17年近く娘をやってると、そうとも思えてくるよ。嫌いって訳じゃないけどさ」
「お疲れ」
地味にそういった部分も受け継いでるというのは、心の中にしまっておく。
俺が雫に惚れた理由の一つである『危なっかしさ』は、間違いなく遺伝。
「お待たせ致しました。フルーツサンドです」
「ありがとうございます」
(ほう、この色は)
大粒のイチゴに、キウイ、オレンジなどを挟むパンの色は茶色がかってる。
ライ麦……いや、この香りは全粒粉か。
そういう点でも、その辺のコンビニとかじゃ買えないものだとはっきり分かる。
雫が行きたがるのも頷けるな。
「あぁ……もうこの時点で幸せぇ~♪」
「食う前からかよ」
確かに見た目にも綺麗なんだが、この段階で既にゆるゆる。
色々な意味で、こんな雫は見せられないな。
イメージが崩れるというのもあるけど、そっちはもう崩しても大丈夫。
……ただ、ここまでふにゃってる雫は俺の独占でありたいというだけ。
「いただきまーす。あむっ……んーっ!」
「美味しいか?」
「勿論! 流石、昔は青果店やってただけのことあって、鮮度が抜群。
こんなに瑞々しいイチゴ、初めて食べたよ」
「そうなのか。んじゃ、俺も頂くか」
雫と同じく、イチゴが入っている部分を食べられるようにして、一口。
うん、確かに美味しい。強い甘味があるが、適度な酸味と水分が調和してる。
スイーツ大好きな雫に限らず、誰もが美味しいと思えるフルーツサンドだ。
よく調べてくれたな。……そして、確信してることが一つ。
このフルーツサンドをより美味しく食べられているのは、間違いなく俺。
「ね?」
「うん、確かに専門店の味だ。採りたてをそのまま食ってるみたい」
「ここ来れて本当によかったー♪ 怜二君もありがとね」
「いや、礼を言うのは俺だ。いいとこに連れてきてもらえた」
雫のキラキラした天真爛漫な笑顔の前でなら、何でも極上品になる。
いつかは……というか、近い内にこの笑顔は俺だけのものじゃなくなる。
雫の目標というか、夢を考えれば、それは至極当然の摂理で喜ばしいこと。
……この笑顔を独占してしまいたいと思うぐらいに、俺は惚れ込んでいるし、
脇役がおこがましいなんて考えをしなくなってる。
(……胸が、苦しい)
フルーツサンドを、もう一口。
同じものを食べているはずなのに、さっきよりも酸味が増した気がした。
「やっぱり本場は違うな」
デザートから主食という感じで順序が逆になったが、今度は串カツ屋へ。
元々回るコースから逸れたから、当初行く予定の無かった店にお邪魔した。
「肉だけじゃないんだね。どれも美味しい」
「な。レンコンとか結構イケる」
「食感がいいよね。ボクはうずらの卵が気に入った」
ビュッフェ形式の店ということで、好きなものを好きなだけ食べられる。
肉は勿論、野菜に海鮮と多種多様。一串当たりに刺さってる量はそこまでないが、
全メニュー制覇となったらそれなりに大食いじゃないとキツいだろう。
「あっ」
「どうした?」
「つけ方間違えたかな……ソースが少ない」
「キャベツにソースをつけて垂らせ。足りない時はそうするといいらしい」
「そうなんだ。怜二君、良く知ってるね」
「メニュー表に書いてあること読んだだけだ」
本当は事前の調べで知っていたんだが、そこは言わない。
誇るような知識でも無いしな。
(……あー、また思い出しちまった)
もしも、この場に透がいたとしたら。
まぁ……我が物顔で二度漬け、三度漬けしただろうな。
それで怒られるのは何故か俺。今年の春まではそうだった。
……けど、今は違う。俺の隣にいるのは。
「んんっ!?」
「どうした?」
「ししとう、ハズレ引いた……辛い……」
「大丈夫……ではないか。とりあえず水飲んどけ。残りは俺が食う」
「ごめん、お願いする……」
今までだったら、こういう目に合うのも俺。
情けないことに、その不幸を女神様が引き受けてくれた形。
(……そこまでしなくていいんだよ)
雫が隣にいる。
しかも、二人きりで。
これだけの幸福があるなら、些細な不幸ぐらい何でもない。
(神様……なんていねぇわな。
いたとしても、俺は相当に嫌われてるし。……だが)
次の不幸があるのなら、堂々と俺に向かって来やがれ。
真正面から受け止めて、ブチ破ってやるよ。