208.関東人と関西人と、関西人みたいな関東人と。
映画村での昼食を終え、軽くお土産を買ってから大阪へ。
宮崎がどのグッズを買うか悩んで時間がかかるんじゃ、と思ったが杞憂だった。
まさか解決策として『欲しい物全部買う』を採択するとは思わなかったが。
「ヒナ、お金大丈夫なの?」
「この為に死ぬほどバイト掛け持ちしたからね!
旅行自体そう何度も行けるものじゃないし買うなら通販で済ませられるけど
現地に行って買ってこそ! その為なら鉄器洗いもコンクリ打ちもなんのその!
値段を見ずに買えるようになってこそ……」
「うんうん、よく頑張った」
むしろ、その後の暴走モードになってからの方が危なかったかも。
陽司が宥めながら引っ張ってくれたから何とかなったけどさ。
「値切りは俺に任せとけ。こちとら情報も交渉も完璧よ」
「恥を晒すな。それが許されるのは地元のおばちゃんだけだろ」
「ふっふっふ。俺たちには『修学旅行で来た学生』というカードがある!
これさえ使えば半額、いや6割引きまでは……」
「……場合によっては置いてくぞ?」
値切りはあくまで店側の好意でやってくれるものであって、粘るものじゃない。
恥を晒してまでやるものではもっとない。
「アーケード中心でラッキーだったわ。傘差すと食べ歩きしにくいし」
「人気のお店とか結構固まってたしね。たこ焼き屋さんは勿論、串かつ屋さんも♪」
「話してたら腹減ってきたな。行こうぜ」
食い倒れの街、大阪。
ガッツリと食べていこうか。
「たこやき10パックお願いします」
「まいど! 10なら3000円や」
初手は無難にたこ焼きから。個人経営の店で人数分。
とりあえず俺が立て替えて、後で皆から徴収しようと思っていたんだが。
「時にお兄さん。俺達……『修学旅行で来てる』んですよ」
「ほう。それは楽しそうやな。大阪はどないや?」
「えぇ、勿論楽しんでますよ。……ということで、もうちょっと楽しませて頂けません?」
「……何が言いたいんや?」
「これぐらいになりませんかね?」
人差し指と中指を出して。
おいサル、マジで値切り交渉するのか。
「え、太っ腹やなー! 2万で買うてくれんの!」
「んな金持ちだったら海外行ってますって。
貧しい学生に愛の施しということで、2000円にまけてもらえません?」
「いやいや、ゆうて君もその口で儲けてはるんやろ?」
「関東じゃ全然ですよ。皆ノリが悪くて……」
ほっといててもいいんだが、どうするべきか。
まぁ、こう考えてる間に門倉辺りが止めに……
「そこを何とかお願いしますよ! ほら、カワイコちゃんこんなに来てるし!」
「ちょっ、日下部さん!?」
「ほう! 確かにべっぴんさんやな!」
って日下部!? お前何してんだよ!?
案の定門倉はパニクった! こうなると使い物にならん!
「まぁ俺もこれで1000円も引いてもらおうとは思ってませんよ。
同じ2繋がりで、2割引でどうです?」
「せやかてウチも商売やからなー。うちの嫁にもええもん食わせたいし」
「華のJKに囲まれてるんだから、見物料、見物料!」
「君はまぁそんなに……」
「おうおう言ってくれるねぇ! ならこの娘でどうよ!」
「えっ?」
まずい! まごついてた間に日下部がどんどん勝手に話を進めてる!
これは俺が止めに……
「ちょっと待……」
「でもゆうてそのお嬢ちゃんはもうでっかいたこ焼き二つ持ってるやないか」
「ということも含めましてね?」
「お前ら!」
「……?」
大阪の商人の軽さナメてた!
幸い雫はこの比喩に気づいてないみたいだけど、もう黙らせるしかない!
「はい代金! サル! 日下部! みっともないことしないで行くぞ!」
「あっ、ちょっと!」
「おおきにー!」
千円札を三枚叩きつけるようにして支払い、急いで撤収。
門倉のイレギュラー耐性の低さ、サル・日下部・大阪の相乗効果と、読み違えた。
……ここから先も、気が抜けん。
「……日下部。値切るのはいい。他人をダシに使うな」
「うん、調子乗りすぎたわ。おシズもごめんね?」
「ううん、大丈夫。それと藤田君、さっきのたこやき代」
「おっと、危ねぇ危ねぇ。ほら怜二、300円」
日下部に釘を刺し、皆からたこやき代を受け取る。
サルとかは常時ニヤけてるみたいな顔だから判断しにくいが、反省はしてるか。
「とりあえず熱い内に食うか。……歩きながら食えるかコレ?」
「ベンチあるし座ろうぜ。誰かとぶつかってソースでもつけたら大変だ」
パックに入ったたこ焼きは、歩きながら食べるにはあまり向かない。
ここは素直に座って、ゆっくり食べた方がいいだろう。
「それにしても、本当に土砂降りだね。皆、傘持っててよかったね」
「最悪忘れても鞠がどうにかしてくれると思ったけど、
まさか人数分の予備を用意してるとは思わなかったわ」
「日下部さん。その誰かをあてにするという考えはいつか後悔するわ。
……私も、覚えがあるし」
「うーい」
言うまでも無く、あいつのことだろう。
気の抜けた返事に対する指摘をしない辺り、割と深手らしい。
「ここにいる間は雨は大丈夫として……電車どうなる?」
「微妙だな。予定より早めに帰った方いいかもしれん」
「今の所は普通に動いてるけど、この後もっと降るっぽい。
こりゃ遅延証のお世話になっちゃうかねー?」
アーケードの外は見事なまでの豪雨。
傘を差しても濡れることは避けられないだろう。
こうなると公共交通機関を完全に信頼することはできない。
全体的に早め早めの行動が必要になる。
「先にお土産買うか? 陽司とか、何か頼まれたりしてねぇか?」
「お察しの通り、大阪土産もそれなりに。
ご当地限定フレーバーのお菓子とか頼まれてる。宮崎は?」
「お母さん、に、お茶請け、みたいなの、あげたい」
「ヒナってば可愛い! あたしはお好み焼きセット!
家帰ってからももう一回食べたいし!」
「自分で消費すんのかよ。俺は何か面白いもん探すか。
報道部の連中にも、もう一個ぐらいやっておきたいし」
(……となると)
それが本当に上手く行くと仮定して、善悪を度外視にした場合。
自分の為のことを自然なことに見せかけられるかもしれない、ゲスい考えが浮かんだ。
アドリブだからアシストはあまり望めないだろうけど……ってオイ。
これは俺の個人的な目標の為のことだ。俺自身が動かないでどうする。
何でもかんでも他力本願にしたらあいつと一緒になっちまう。
ここは俺がしっかりと動いて、勝負にかけるタイミングだ!
「余裕を持って帰るとしたら、どこか諦めることになるかもな。
それか、お土産買いに関してはバラけて行くか」
「うん、それもアリ。最終的に全員戻ってればいい訳で、
それまでずっと全員で行動しないといけないって訳でもないし」
「この後は串カツ屋さんだよね? それじゃ、その後は何人かに分かれる?」
「だな。というか今からでもいい」
アーケード中心に歩くから、余程のことがない限りはスケジュール通りで問題ない。
だが、不安と代案を口にすることで、狙いを自然なものにすることができる。
「終わった順に戻ればいいってこと考えると、二人ずつでいいんじゃねぇか?
その方がフットワーク軽くなるだろ」
「そうかも。それじゃどんな感じに分かれよっか?」
「ここはフィーリングカップルっしょ! 男1の女1!」
「翔ちゃんにさんせーい! あたし陽ちゃん!」
俺の思惑を知ってか知らずか、翔が上手い流れを作り、日下部が乗った。
いずれにしてもありがとう。さて、ここまでしてもらったなら俺もはっきりと。
「水橋、良かったら一緒にどうだ?」
「うん、一緒に回ろ」
「はい一組目は藤やんと水橋で成立! お前らも急げよー!」
雨はあまり好きじゃないが、今回限りは大歓迎。
楽しい時間になりそうだ。