207.-(-)=+
どんでん返しの扉、掛け軸裏の通路等々。
様々なからくりを抜けた後、他のメンバーと合流。
表情を見る感じ、それぞれ楽しんでたみたいだな。
「いやー、思ったより勉強になったわ。
レポートに書けそうな所はメモっといたから使ってくれ」
「サンキュ。で、この後どうする? 撮影かメシのどっちかだけど」
「私は、撮影、やりたい」
「俺も。メシは雨降ってからでも大丈夫だけど、こっちはそうでもないだろ」
ほぼ全員が同意見ということで、着物撮影に決定。
まだ何着るか決めてないんだよな。どれにするべきか。
「あれ? ねぇおシズ、そんなマフラー巻いてたっけ?」
「藤田君から借りた」
「へー。でも今日のファッションだと似合わないからさ、あたしの使いなよ」
……どうやら着用時間はここで終わりそうだ。
願わくばもうしばらく巻いて欲しかったんだが。
「待った梓。お前のそのドギツいマフラーの方が合わんぞ」
「何がドギついって!?」
「2、3色はよく見るけど、お前のマフラー何色あんだよ。蛾か」
「蝶って言ってもらえるかな! 確かに妙な目で見られることは多いけど!」
「つー訳で、貸すんなら俺にくれね? ちょっと首周り冷えてさ」
「えー? ……まぁ、いいけど。はい」
「サンキュ」
日下部からド派手なマフラーを受け取ったタイミングで、サルがこっちに視線を送る。
意味は「な?」という所か。うん、ありがたい。
「で、皆何着る予定? 俺は全てを諦めたから黄門様に決めたが」
「あんみつ姫になろうかなって♪」
「私は奥方かしらね。一番合ってそうだし」
「俺は宮本武蔵。ここは剣豪になりたい」
それぞれがそれらしい物を選ぶ中、俺は未だ決まってない。
正確にはここではっきりと決めてしまうと、合わない衣装だった場合。
「あたしは朝言った通り花魁! おシズとヒナは?」
「私は、舞妓さん、やり、たい」
「色々考えたけど、八百屋お七がいいな」
(うん、浪人は違うな)
雫とのツーショットのチャンスが減ってしまう。
ということで雫の衣装の内容次第だが、八百屋お七か。
確かお七の想い人って寺小姓だったよな。それだと何が近い?
振袖若衆……いや、これは単純に俺に合わない。となると……
「秀雅が黄門様やるなら、俺はバカ殿だな!」
「サルっちは分かってるな! で、藤やんは?」
「ん? んー……普通に侍に」
モブっぽくて違和感が無いのはその辺になるか。
ピタっと合うものではないが、全く合わないものでもあるまい。
「普通だな。イケメン侍か」
「イケメンではないだろ。時代劇なら割と早い段階で死んでる」
「知ってるか? 主人公は死なないんだぜ?」
「主人公はな。まぁ、気持ちだけはそうしとく」
その一方、八百屋お七の最期は放火の罪で火刑だったと聞くが。
そもそも、実在さえ疑われてるという話だから眉唾だけど。
しかしそういう意味では、俺も死にやすい役柄を選ぶべきだが……
(悲恋にするつもりは一切無いんでね)
しっかり生きて、この恋を実らせる。
そうしなきゃ、死んでも死に切れんわ。
「はい、キメ顔!」
パシャっと音が鳴り、思い出の記録がまた一枚増えた。
個人での写真は専門の人に撮ってもらったが、サルにも撮影を頼んだ。
何だかんだ妙な情報を集めることだけではなく、まともな能力もある。
この辺は流石報道部という所か。
「現像は一枚ずつでいいよな?」
「あぁ。頼んだ」
「私、変な顔になってない?」
「いや全然。両方ビシっと決まってたぜ」
アシストもあって、俺は無事に雫とツーショットを撮ることができた。
八百屋お七へと姿を変えた雫から感じるのは美しさと儚さ、そして微かな狂気。
恐らくは憑依術を使ったのだろう。再現度は非常に高い。
いや、原形は諸説あるし定まってはいないんだけども。
その隣に立つ俺は、果たして相応しい男になれているのだろうか。
「それにしても、見事なヤンデレ顔だな」
「ヤンデレ顔って何だ」
「えーっと、こう……何て言うんだ?」
「俺が聞きたいわ。もっと言うなら水橋の方が聞きたいだろ」
「逸話が本当なら相当なサイコパスだと思ったから、そういう気持ちを作った。
それが伝わってるなら何より」
「ということで……ん? 水橋、『ヤンデレ』ってどういう意味か知ってんのか?」
……あっ、これまずいか?
いや、でも遮るのは口ごもった場合だ。今の雫だと。
「一応は。そういう子が出る漫画読んだこともあるし」
「ほー、水橋も漫画とか読むんだな。てっきり教科書と純文学しか読まないものかと」
(うん、そうだよな)
『素の自分を出す』という目的を達成する為の糸口として使う。
他人との接触・会話が苦にならない今なら、自分から進んで話を広げる。
サル相手にもここまで出せるようになったのか。本当、成長著しいな。
「この天気だと散策はダメっぽいねー。そもそも花魁って散策できないし」
「それじゃ昼飯食って、大阪行くか。ところでサル、お前自身の写真は?」
「さっき鞠に頼んで撮ってもらった。ぬかりはない」
「そうか、ならよかった」
「気遣いサンキュな。さ、メシだメシだ!」
所謂遊園地価格ではあるが、それでもそれなりの値段で京うどんが食えるとか。
身体をしっかりと温めて、後半戦の準備をしよう。
「うどんとかそば屋の丼って何で美味いんだろうな?」
「それな。たまにめっちゃ美味い店がある」
と言いつつ、俺が選んだのは九条ネギが乗ったうどん。
班ごとに分かれたテーブル席の対面には、カツ丼をかき込む翔がいる。
「時に藤やん、ついでに聞きたいんだけどさ。
何で昔の店屋の看板って右から左なんだ?」
「縦書きだから。1文字ごとに改行してる」
「え、そういう? 確かに縦書きって右から左だけど、へー」
「流石怜二。博識なだけあるな」
「んなことねぇよ。今の時代、ネットがあれば大体分かる」
「金閣寺の正式名称を覚えてるヤツが言っても嫌味にしかならんぞ。
俺がゲームのことで『これぐらい基本だろ?』って言うようなもんだ」
「すまん、言いたいことは分かるけど基準が分からん」
「俺も言ってからそう思った。逆にすまん」
「なんだコレ?」
「知るかよ、ははっ」
「ふふっ」
白味噌うどんをすする秀雅と互いに笑い合って、俺もネギと一緒にうどんを。
うん、美味い。やっぱり親友と一緒に食うメシは美味い。
(……あいつもいないしな)
今頃あいつも、こんな感じでうどんでも啜ってるのかね。
昔と違って、心配など一切していないが。
「もう外降ってるか?」
「多分。土砂降りになるまではラグありそうだけど、
大阪駅着く頃にはめっちゃくちゃ降ってるだろうな」
「仕方ないか。ま、コース変える必要はないだろ?」
「基本アーケードだしな。むしろ降るのが今日だったのはラッキーだ」
「日頃の行いってヤツよ。な、藤やん?」
「同意を求められても困るんだが」
「俺ら三人で翔とサルの分を何とかしたってとこじゃね?」
「ぐうの音も出ねぇ」
「飛び火したけど翔に同じく」
「お前らなぁ……」
とはいえ、一番の問題児はこの場にいない。
そのおかげで、神様も空気を読んでくれたのかね。