201.寝れない部屋
普通に風呂に入り、普通に部屋に戻る。
浴衣に着替えて、後は寝るだけの状況ではあるが。
「第一夜! 枕投げ王決定せーん!」
「イェーイ!」
「このエースストライカー、脚力だけじゃないぜ?」
寝るわけがないわな。
サルと翔が一緒になってる時点でこうなることは分かっていたし、
比較的まともな陽司も、こういうことだったらめっちゃ乗っかる。
「ルールとかあんのか?」
「戦闘エリアは布団の上だけ。枕が外に転がったら別だけど。
あとははしゃぎ倒せばOK!」
「変に決めてもつまらないしな」
なるほどな。こういうのは雰囲気重視か。
そういうことなら、俺も遊ばせてもらおうか。
「奇数だし、個人戦でいいよな?」
「モチのロン! 秀雅、覚悟しとけよ~?」
「ふっふっふ、俺に体力はなくとも、知略があるんだぜ?」
枕の柔らかさは……うん、これなら怪我はしないな。
隣の部屋から苦情が来ない程度に、楽しむとするか!
(……何やってんだか)
割と早い段階で、枕投げから枕しばきに移行した。
標的になっているのは案の定、身体能力で劣る秀雅。
「お前ら! こういうのは強い奴をゴフッ!」
「うらうらー!」
「布団潜っても無駄だぞー!」
弱いものイジメをする趣味はないから、俺は傍から見てるだけ。
……そろそろ止めに入っておくか。
「もうそろそろ先生来るし、一旦やめろ。
こうなると収拾つかんから」
「おーし、んじゃ一旦やめるか。サルっち、撮影は?」
「いい感じに撮れた。後で転送しとくな」
「ほら秀雅。一時休戦だ」
「お前ら寄ってたかって狙いやがって……」
ぐちゃぐちゃになった布団を適当に整理して、伸びをする。
なんか、動き過ぎたせいで目が冴えちまったな。
この疲れが抜けた辺りで、逆に眠くなるんだろうけど。
「んじゃ二回戦やるかー!」
「早ぇよ。……ちょっと、ラウンジ下りるわ」
「お? 藤やんは敵前逃亡ですかい?」
「言ってろ。点呼の時間には戻る」
適度なストレッチならともかく、バカ騒ぎじゃ眠れん。
楽しくはあるが、ゆっくりもさせてもらわんと。
「……ん?」
「あれ、怜二君?」
誰もいないと思っていたが、雫がいた。
持ち込んだのであろう、小説を読んでいる。
「下りてたのか」
「部屋で恋バナが始まっちゃって。逃げてきた」
「そっか。こっちは枕投げが激しくなり過ぎて」
「あはは。男の子だね」
柔らかい微笑みに、ドキっとする。
学校と休日の中間の雫は、可愛らしさのある女神様。
部屋の行き来は教師の監視をくぐり抜ける必要があるが、ここは別。
こういう顔を見ることもできる。
「お互い苦労するな」
「ね。でも、皆いい人だよ。日下部さんはちょっと苦手だけど」
「だろうな。アレだったら門倉に言うとかあるが……今の門倉なら、大丈夫か?」
「うん。恋バナも意外と乗り気だったな。神楽坂君が来れなかったこと残念がってた」
「へぇ。あいつも丸くなったもんだな」
この分だと、俺が生徒会の手伝いをするのはすぐに終わるかもしれない。
不安定になる事象は重なったが、本人の考え方、受け止め方は大きく変わっている。
元々、頭はいいんだ。偏屈さと固さが取れれば何の問題もない。
私的には透が欠席したことを機に、気持ちが薄らいでくれれば尚更。
「ちょっとは眠れたって聞いたけど、何時間ぐらい?」
「えっと……3時間ちょっと。新幹線はずっと寝てた」
「お疲れ。そういや、こっちにねこまるは持ってきてるのか?」
「そろそろこういうとこ見せても大丈夫かなと思って、持ってきた。
宮崎さんもぬいぐるみ持ってきてたから、門倉さんも大目に見てくれたし」
「順調だな。安眠できるし」
「日下部さんにはからかわれたけどね」
「どっちを? ぬいぐるみ? それともセンス?」
「両方。なんかねこまるよりボクのことを可愛がられた」
「そりゃ、雫の方がずっと可愛いし」
「……怜二君、本当に二人の時だと変わるね」
「こういう時ぐらいはな」
俺は多人数の前で言ってもいいが、恐らく雫はそれを望まない。
下手にからかわれでもすれば関係はギクシャクするし、伝えるのは二人の時だけ。
その分、機会がある時はしっかりと好意を示す。
「怜二君のおかげで楽しいんだ。あの時怜二君に電話かけてもらえなかったら、
ボクはずっと寝たふりしてたと思う」
「それなら何よりだ。とはいえ、俺は大したことしてないが」
「色々教えてくれたよ。皆は思ったより、ボクを受け入れてくれるって」
「雫が頑張ったからな」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
お礼は素直に受け取る。適度に自信を持て、俺。
こういうことの積み重ねが、望む結果を導くんだ。
「ねぇ、怜二君」
「何だ?」
「その……」
「何だ、こんなとこにいたのか」
「あ、先生!」
ヤバッ! もう点呼の時間じゃねぇか!
俺が原因で他の奴らに迷惑かける訳にはいかん!
「あと3分だぞ。早よ戻れ」
「すいません! 水橋、それじゃ!」
「あっ、えっと、うん!」
急いで戻らねぇと。
雫が何か言いかけてたみたいだが……それは後で聞くか。
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「ただいま」
「ギリギリー! おシズ、遅いよー!」
「ごめん、ゆっくりし過ぎた」
少し時間を潰すだけのつもりだったのに、こんな時間になるなんて。
怜二君も間に合ってるといいんだけど。
「これは罰ゲームですな。ということでおシズ、好きな男子教えて」
「そういえば、私も聞いたことないな。雫ちゃんって好きな人いる?」
「えっ……」
恋バナ、まだ終わってなかったのかぁ……
日下部さん、こういう話本当に好きなんだなぁ……
「日下部さん、無理強いはよくないわ」
「えー、これぐらいいいじゃーん! あ、それじゃあさ、
好きな人がいるかいないかだけでも! ね、それならいいでしょ?」
「えっと……」
名前を出す必要が無くなったのはありがたいけど……どうしよう。
ただ……もう結論は出てるんだよね。
「……いないって言ったら、嘘になるかな」
「つまりいると! うぉーっ、これは意外!
ところで誰狙い!? あたしと一緒はやめてよ!? 勝てる気しない!」
「名前を聞かないという条件で言ってくれたのだから、それ以上はやめなさい。
水橋さんも、気にしないでいいわ」
「……うん」
あとは気持ちを整理して、タイミングを選ぶだけ。
さっきは逃しちゃったし……一番いいのは、どこでだろう。