195.真っ直ぐ
「お待たせ致しました。フライドチキンとポテトの盛り合わせです。
ご注文の品は以上でお揃いでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
「ごゆっくりどうぞ」
揚げ物&揚げ物。THE・高カロリーコンビ。
何かつまみながら話す時の『何か』としては定番も定番。
「さ、食おうぜ」
「頂きますね」
俺が皿に指を伸ばしたのを見て、八乙女もポテトを一本つまむ。
うん、いい感じに揚がってる。やっぱりフライドポテトはここが一番だ。
「足の調子はどうだ?」
「おかげさまで、順調に回復してます。走ったりできるのはまだ先ですけどね」
「無理はするなよ」
「無理したら治りませんからね。わたしもそれは分かってます」
落ち着いてはきたかな。メシに連れてきたのは正解だったっぽい。
雫か茅原先輩辺りも呼びたいところだったが、状況が状況だ。
あまり大人数に囲まれても、気に病むかもしれんし。
「本当にありがとうございます。気を使ってもらって……」
「気にすんな。というかむしろ助かった。
俺はたまに無性に後輩にメシを奢りたくなる持病があるんだよ」
「ふふっ、どんな持病ですか」
いい後輩がいるのなら、ちょっとカッコつけたくなるのが先輩。
とはいえ、世の中にはカッコつけようとして自爆する先輩もいた訳だが。
「そういや、俺と水橋はもうすぐ修学旅行だから、その間はそっち行けない。
リハビリは茅原先輩か上田先生辺りとやってくれ」
「はい。……透先輩は、どうなりますか?」
「修学旅行中はいいとして、帰ってからは全力で引き剥がす。
この件については茅原先輩と上田先生にも伝えておくけど、いいよな?」
「お願いします。ここから更に悪化する訳にはいかないんで」
生兵法どころか、全くの無知だということは分かってはいたらしい。
それでも自分のことを心配してくれるならと思ってはいたが、実際はアレ。
失望するのも当然のことだ。……それはそうとして。
「すいません、追加でマンゴーパフェ2つ」
「かしこまりました」
「……2つ?」
「俺とお前の分。甘いの嫌いだったら別のにするけど」
「えぇっと……頂きます。本当にごめんなさい、何から何まで……」
「遠慮すんなっての。俺もそこそこ食いたいって思ってたし」
ちょいちょいテーブルスタンドの写真に視線が向いてたからな。
勘違いの可能性は考えないでもないが、こいつは分かりやすいし。
ポテト、パフェ、チキン、パフェ、ポテト、パフェ。
つくづく思う。甘い物としょっぱいもののコンボは最強。
カロリーとか知ったこっちゃねぇよ。
「八乙女の好物って何だ?」
「お魚ですね。この時期はサンマが美味しいです」
「あー、めっちゃ食いたい。けど店で食うと高いんだよな。
普通に買ってもそこそこするし」
「ご飯に合うもの全般好きなんですけど、お魚は特に。
煮ても焼いてもお刺身でも美味しいです」
適当に会話をしながらの食事を暫くして、大分気持ちは落ち着いたはず。
もうじき修学旅行もあるし、しばらく離れられるというのもいい。
透のことだ、こうまで拒絶されても諦めないだろう。
物理的に距離を置けるようにならんと安心できん。
「あの、怜二先輩」
「何……ん!?」
え、どうして急に俺の名前を!? いや本来は驚くこと自体おかしいけども!
いつもなら俺の名前をわざと間違えてるはずなのに!?
「ちょっと待て。何で普通に呼んだ?」
「今日のことがあって、決めたんです。わたし、もう酔っ払うのはやめます。
現実から逃げているばかりじゃダメだって気づいたんです。
ずっと酔ってるままだったから、透先輩にすがり続けていた訳ですし。
それに、怜二先輩に甘え続けるわけにもいきませんからね」
(……そうか)
透から離れると、変わるんだな。古川先輩も、門倉も、そして八乙女も。
恋は盲目と言うが、逆に言えば恋が冷めれば視力が戻る。
その結果として考えるなら、自然なことだ。
「心を決めたら、ちょっとすっきりしました」
「それなら何より」
「はい。……で、すっきりしたら何か、食べてるのにお腹減っちゃって」
「たまにあるよな、そういう感覚。追加で何か頼む?」
「宜しければ……シーフードサラダを」
「了解」
あんまり何回も追加注文すると、店側は面倒だろうけども。
今日だけ、今日だけはどうかお許し下さい。
「今まで、わたしのわがままに付き合って頂いてありがとうございました。
これからも宜しくお願いしますね。……怜二先輩」
「あぁ。こちらこそ」
思いがけない結果となったな。
この真っ直ぐさがあれば、八乙女はいくらでも伸びるだろう。
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走ることが出来なくなったわたしなんて、誰にも必要とされないと思ってた。
けど、そんなことはなかった。
「にしても、美味そうに食うな。俺も腹減って来た」
怜二先輩には中学生の頃からお世話になってた。
テスト前は毎回泣きついてたけど……迷惑だっただろうな。
三年生になった時は本当に大変だったし、その存在は大きかった。
(走れないわたしのことを、こんなに助けてくれるなんて)
怜二先輩、水橋先輩、健一先輩、弟の茅原先輩……色々な先輩方にお世話になってる。
勉強も、運動も、リハビリも……何から何まで、助けてもらってる。
(早く治して、競技復帰しないと)
次は来年のインハイになるだろうけど、それまでにレベルアップしなきゃ。
こんなにたくさんの先輩方から支援して頂いてるんだから、結果が必要。
そうしなきゃ、先輩方に恩を返せない。……そして、先輩と言えば。
「怜二先輩、一つお聞きしたいことがあるんですが」
「何だ?」
「その……怜二先輩にとって、透先輩ってどんな人ですか?」
はっきりさせておきたい。
一番近くにいる怜二先輩にとって、透先輩はどう映るのか。
「……あえてのノーコメントということで、察してもらえるか?」
「……分かりました」
わたしはバカだけど、それでも分かる。
これはきっと、あまり話したくないというだけじゃない。
意味するところは、あの時の透先輩は普段とほぼ一緒……ということ。
(……透先輩って、本当にスポーツ好きだったのかな?)
スポーツが好きなら、ケガした時どうすればいいかぐらい分かってるはず。
というか、スポーツが好きじゃなくても、基礎知識ぐらいはあるはず。
それをことごとく間違えるってことは……?