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194.体力はあっても

足への負担がかかるから、ここ暫くの移動方法はゆっくり歩く一択。

勿論、走ってくる時のような足音はしない。

だから、教室の扉を開けるまで気づかなかったらしい。


「……透、先、輩?」

「おっ、おうどうしたつかさ? リハビリの手伝いか?」


『自分の言動を聞いていなかった』という、一縷の望みに託したか。

この反応を見てなおも悪あがきをする辺り、往生際の悪さは天下一品だ。


「あの……」

「いやいや、今すぐ行こうと思ってたんだけどさ、こいつがうるさくて!

 適当なことしかしない癖にいつも出しゃばってもがっ!」

「黙れ」


門倉にやった時と同じ要領で、口を塞ぐ。

精神的にキツいことになるとは思うが……ここまで来てしまったんだ。

このままちょっかいかけられるより、ここで決着をつけてしまった方がいい。


「八乙女。こいつは後でどうにでもするから、何を言っても大丈夫だ。

 お前が思うままに、そして真剣に考えて、言いたいことを言え」


暴れ散らしている透を抑えることぐらい容易。

にしても、こいつも随分弱くなったな。平均的な運動神経はあったはずだが。

身長も入学当初はこいつの方が高かったはずなのに、今じゃ殆ど変わらん。


「そうですね、色々とあるんですけど……一番伝えたいことを伝えますね」


表情は真顔。そして、そのどこかに哀れみの視線。

それはぴったりと、透に向いている。


「ありがとうございます、透先輩」


この礼の言葉は、間違いなく皮肉だろう。

いくら八乙女とはいえ、ここから感謝の意を見出すことは不可能。

恐らく、後に続く言葉は。




「これでようやく、わたしはあなたのことを嫌いになれます」




……だよな。そうなるよな。

認めたくなかったんだ。自分を認めてくれた人間がこんなクズだったことを。

その気持ちと透への疑念がほぼ同等になっていた所で、遂に現場を目撃した。

そこまで来れば、全ての気持ちはふっ切れる。


「透先輩。わたしはあなたのことが好き、でした」


過去形。

いつものような、とても分かりやすい意思の表し方。

でも、その内容は今までとは全く違う。


「……さようなら」


別れの言葉は、今日に限ったことではない。

今までの繋がりごと、全てを切り離してということ。

そうするつもりだろうし、そうならざるを得ないだろ。……透がどう思ってようがな。




暴れ回る透は陽司が取り押さえ、サッカー部へと強制連行されていった。

俺はその間に体育館へと向かい、途中で八乙女に追いつく。

捻挫のことを考慮しても、歩く速度は遅く、歩幅も小さくなっていた。


「八乙女」

「……先輩」


正直、ちょっとばかり意外だった。

決着をつけて欲しいと思ったのは間違いないし、その可能性も想定していた。

それでも、ここまではっきりと決別の意思表明をするだなんて。

決定的場面を見てしまったが故なのだろうが……そこから分かることは。


「わたし、もう疲れちゃいました」


口角が上がっているだけの、作り笑い。全く笑っていない目は涙で潤んでいる。

メンタルに大ダメージを負ったことは明白だ。


(……長期的に見れば、これでよかったとは思うが)


今、この時点での問題を解決しなければ、未来は訪れない。

いつも底抜けに明るい八乙女をここまで沈ませた責任は、俺にもある。

それを踏まえた上で、今のこいつにかけるべき言葉は……


「奢るからさ、メシ食いに行かねぇか?」

「……いいんですか?」

「勿論」


自暴自棄になりかけてるから、一旦気持ちをリセットさせよう。

その手段は色々あるが、一番スタンダードかつ確実なのはメシと見る。

顧問の上田先生に連絡だけ入れて、ちょっと連れて行くか。




「フライドチキンとポテトの盛り合わせを。八乙女は?」

「えっと……うん、それで大丈夫です」

「んじゃ、それにドリンクバー2つでお願いします」

「かしこまりました。ドリンクバーはあちらにございますのでご自由にどうぞ」


行きつけのファミレス。

学生客が何人かいるが、中途半端な時間ということもあって空いている。

席もうまい具合に隅に誘導してもらえたし、気持ちを落ち着けるには十分。


「他に食いたい物あったら遠慮すんなよ?

 お前がメシに気を使ってるのは知ってるけど、たまにはいいだろ」

「ありがとうございます。あ、飲み物何がいいですか?」

「いや、俺も取りに行く。見てから決めるわ」


公共の場所だからということも差し引いても、静かだ。

普段がやたらうるさいこともあって、その落差は非常に大きい。

……でも、まずはヤケを起こさないようにすることが先決か。


「んー……たまにはお茶以外も飲みますかね?」

「いいんじゃね? 嗜好品を全部排除するのもどうかと思うし」

「では、このいちごオレを……あれ?」

「ちょっ!?」


あー……ありがちなミス。それはグラスを氷で満たしてからボタンを押すタイプだ。

濃縮された状態で出てくるものを氷で冷やして、丁度いい濃さになるやつ。

多分、このタイプを使うのは初めてか。


「それは俺が飲むから、これに入れろ」

「すいません、本当に……」

「気にすんな。俺も初めての時は間違えたし」


嘘なんだけどね。自分だけの間違いじゃないと思わせる方がいいだろ。

氷が後入れになるとぬるくなるまでだが、まぁいい。

時期的にはそろそろ温かい飲み物が欲しくなってくる頃だしな。


「外食とかあまり行かないのか?」

「そうですね。中学の送別会以来です」

「随分前だな」

「お母さんの料理、好きなんで」


照れ交じりの、自然な笑み。

にしても、やっぱり静かになってると普通に器量よしだな。

そう思うのと同じぐらいには、不自然さも感じてはいるが。


「連絡入れた?」

「いえ、まだです」

「電話しとけ。適当な所で俺に回してくれればいいから」


まずは食事だ。腹が減っては疲れが取れぬ。

そういう意味で疲れたと言った訳ではないとは分かってるが、それでも。

食うもん食ってこそ、頭が働くってもんだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 超回復なんつーもんもあるんだし、疲れたときはちゃんと休むのが一番だよな 疲労なら前より強くなれるし、傷は傷跡が残ったとしても時間と共に必ず治るぜ
[良い点] カスラ坂を明確に嫌いになったのってハーレムだと初めてかな。 穂波さんは情を捨てきれてないみたいだし門倉は……あれはなんだ? 責任感? 自罰?
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