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193.……あっ

本来なら新人戦があった日。

八乙女は今日も、リハビリに励んでいる。


「お医者さんと相談したら、運動強度を上げてもいいそうです!

 今日からはアイ……アイスカトリック? ができます!」

「メニュー表にはアイソメトリックとあるな。筋肉の収縮トレーニングか」

「そうそれです!」

「分かった。まずはいつもの曲げ伸ばしからやるぞ」


用意した軍手をはめ、マットに寝転んだ八乙女の脚を持つ。

こういうことは雫に頼んでるが、今日は生憎用事があるとのこと。

八乙女はこういうことには無頓着だが、気を使わない訳には。


「ゆっくり上げるぞー。せーの」

「1、2、3、4……」


やり方は茅原先輩と養護教諭に教わった。先輩の脚で実践もした。

お墨付きをもらえたから間違ってないはず。


「次、膝に行くぞー」

「お願いします!」


筋肉は使わないと衰えるし、柔軟性も減る。

足首以外の部分の曲げ伸ばしも、補助しながら少しずつ。

そして、大切なことがもう一つ。


「そういえばこの前、自動販売機で当たりが出たんですよ!」

「お、ラッキーだな」

「おかげでミネラルウォーターを2本ゲットできました!」

「八乙女って水買うのか?」

「アスリートですからね! 余計な糖分は摂取しません!」

「なるほど。流石陸上部エース」


手伝いながら、話相手になること。

地道なリハビリで塞ぎがちになる心に栄養を送る。

こうすることでリハビリそのものの効果も上がる……気がする。

いずれにせよ、暗いよりは明るい方がいい。少なくとも俺としては。


「お医者さんに驚異的な回復力だって言われたんですよ!

 怜太先輩と水橋先輩の差し入れのおかげです! ありがとうございます!」

「どういたしまして。体調は大丈夫か?」

「おかげ様で! 実はわたし、風邪とかひいたことないんですよ!

 やっぱりバカだからですかね!?」

「自分で言うんかい」

「自覚してますから! 勉強の面もお世話になってます!」

「はいはい」


全く、世話の焼ける後輩だ。悪い気はしないけど。

やっぱり俺は何だかんだ、こうして誰かのサポートをすることが……


「おいーっす! つかさ元気してるー?」

「……透、何しに来た?」


陽司、今日は引きこめなかったか。それは仕方ない。

で、今更どの面下げてここに来てるんだ?


「あっ……透先輩……」

「なんだ、顔色いいじゃん。もう走っていいんだろ?」

「んな訳あるか。競技復帰は再来月からだ」

「ハァ? お前何勝手なことほざいてんだよ。ちょっと捻っただけだろ?」

「靭帯が切れかかってるⅡ度の捻挫だ。決して軽いケガじゃない」

「はいはい。ほら行こうぜつかさ! 久しぶりに一緒に走ろうぜ!」

「あっ、バカ!」


お前何腕掴んで立たせようとしてんだよ!?

制するのが遅かったら足首にとんでもない負担かかってたぞ!?


()って! 何すんだいきなり!」

「捻挫した奴を雑に起こす奴がいるか馬鹿野郎!

 お前がいたら治るもんも治らんわ! とっとと帰れ!」

「ハァ!? お前の適当なリハビリのせいで復帰伸びてんだろが!」


こっちは根拠に基づいたリハビリメニューをやってるだけだ。

勿論、知識と技術の両方を身につけた上で。

ここで負荷かけたら選手生命に関わるどころか、一生モノのケガになる。


「あの、透先輩!」

「何だ? あっ、ごめんな怜二が出しゃばりやがって。

 こいつは後で……」

「しばらく、距離を置いてもらえませんか?」

「言って聞かせて……へ?」


当然。八乙女はバカだが、スポーツに関しては別だ。

無理な運動が競技復帰を遅らせるということは、誰よりも理解している。


「透先輩には、いつでも最高のパフォーマンスを披露できるわたしでいたいんです。

 その為に今は、しっかりとリハビリをする必要があるんです」

「だから、そのリハビリを怜二が適当に……」

「怜太先輩は、わたしのリハビリを的確にサポートして下さっています。

 透先輩と一緒に走りたいのは山々ですが……今はまだ、グラウンドには戻れません」

「えぇっと……あ、怜二の野郎にセクハラとかされなかったか!?」

「せめて目の前にいる奴がどんな格好をしてるかぐらい見てから言え」


軍手をはめた手をひらひら。

その度に透の表情はどんどん曇っていく。


「もう一回言う。邪魔だ、帰れ」

「……チッ!」


もう舌打ちも聞き飽きた。二度と来るんじゃねぇぞ。


「さ、続けようぜ」

「……心配して下さるのはありがたいんですが、ね」


これでもまだ、透の気持ちを慮るか。

なんだか昔の俺を見ているようで、いたたまれないな。

……ここはちょっと、はっきりさせてみるか。




「何の用だ?」


翌日の放課後。

久方ぶりに、こちらから透に声をかける。


「率直に聞きたいことがある」


今年度に入ってから、こいつの醜悪さが次々と露呈している。

故に、その思考回路のトチ狂いぶりも幾度と無く実感している。

そして、その度合いはいつも俺の想像の斜め上を全速力で飛行する。

そこまで分かって、なおも分からない。


「お前、本気で八乙女に何一つとして悪いと思ってないのか?」


透が悪びれないことに関しての前例はある。古川先輩に吐いた暴言だ。

あの時の透は何一つとして仕事してなかったことを見抜かれて、逆ギレした。

今回はもっと酷い。何もしていないどころか、完全に加害者だ。

にも関わらず、こいつにはその自覚が全くない。


「何の話?」

「八乙女が捻挫した理由は、お前が階段でコケたのを受け止めて転倒したから。

 その時にお前と階段の角に足首挟まれて靭帯をやらかした。

 お前の不注意で起こした事故で新人戦出られなくさせたということについて、

 どう思うんだ?」


はっきりと問う。こいつが何を思い、どう考えているのか。

ロクなことは考えていないのは間違いないとして、その内訳は一体何なのか。


「は? それ俺のせいじゃねーだろ」

「どう見ても0:100の巻き込み事故だろうが。

 歩きスマホで階段から足滑らせて、通りすがりの八乙女に激突。

 お前は大したケガしなかったが、八乙女はⅡ度の捻挫。

 それで謝りもしないとか、正気か?」


まともな回答など一切期待していない。下手すれば回答自体放棄するかもしれんし。

だから、回答が返ってくればそれだけで……




「怜太先輩! 本日は……」

「うるせーな! 頼んでもねーのに、つかさが勝手に出しゃばっただけだろが!

 俺は一切悪くねーよ!」




「……え?」

「あっ……」

「は? ……あっ」


こいつの主人公補正は、消えたを通り越して、逆転したらしい。

感謝ゼロの逆ギレによる責任逃れという、醜悪も醜悪な回答。

それを……一番聞かれたくなかった後輩が教室に来たタイミングで、言ってしまった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  馬鹿は風邪をひかない、でも夏風邪は馬鹿がひく。  読んでて面白かったです。
[一言] このクズ、落ちるとこまで堕ちたと思ってたけど、まだ、堕ち続けるのか~
感想一覧
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