191.分かってるけど
俺が作った野菜炒めが今日の晩飯。
茅原先輩に相談した所、捻挫の回復にはビタミンCが効くと聞いたから、
ジャガイモやパプリカ、ブロッコリー等を主に使っている。
「うん、いいんじゃない?」
「まぁまぁだな。うちで食う分にはいいが、振る舞うとなるとな。
八乙女さんとこの嬢ちゃんって陸上やってんだろ?
まともなもの食わせねぇと……」
「お父さん。あなたって台所に立った経験どれぐらいある?」
「……焼き鳥温めるぐらいなら」
「そういうこと。怜二、安心なさい。結構うまくできてるし、
これなら栄養バランスも十分よ」
「ありがとう。親父もたまには何か作ったらどうだ? つまみ以外で」
「うるせ。お前も色気づきやがって」
「色男になりたいもんでね」
「それは大丈夫だ。色男の血ぃ引いてんだからよ」
「……色は黒くありたいなぁ」
「親父の頭を哀れみの目で見るのはやめろ」
親からの評判は上々。
これを機会に、俺も購買から弁当に移行してみようかね。
『今日はこんな感じ』
雫からのメッセと一緒に来た画像は、鶏肉の照り焼き。
俺の持ってきた野菜炒めと合わせて、丁度3人分のおかずになるぐらい。
流石に自重してくれたか。
『いいな。腹減ってきた』
『ボクもちょっと手伝ったんだ。花嫁修業ってことで』
『渚さんらしいな』
料理上手なところも受け継がれてはいるだろ。
純粋に頭いいし、教えてもらえれば覚えるのは早いはず。
しばらくは美味しい昼飯が食えそうだ。
『昨日、写真送ってくれてありがとう。
おかげでお母さんも量の調整してくれた』
『どういたしまして。ところで、俺が写真送らなかったら?』
『ご飯のおかずもお父さんのおつまみも当分同じになったかもしれない』
……渚さん。後輩を食の面から支援して下さるのはありがたいです。
ただ、娘さんが結構気疲れしてることも考慮して頂けるとなおありがたいです。
『源治さんに釘刺してもらっとけ。もうやったかもしれないけど』
『お父さんもそれとなく言ってるんだけどね。ボクからも言っとく。
じゃ、昼休みに』
制止かけられるのは源治さんぐらいとは海の言。
それじゃ今日も、3人で楽しく頂こうか。
「美味しいです! 色もたくさんありますし、栄養もバッチリです!
お医者さんから言われたおすすめの野菜がほとんど入ってます!」
「ありがとな。しっかり食って回復に努めてくれ」
「はい!」
余計なアレンジはせず、レシピ通りに作るのが美味しいメシ作りの基本。
後は手際と愛情次第。この分だと上手くまとまったようだ。
「藤田君って料理上手いね」
「いや、ネットで見つけたレシピ通りにやっただけ。
難しい作業は特に無いし、そんなことないって」
「じゃがいもの千切りがこれだけ綺麗にできるのは上手いと思う。
私だったらもっとバラバラになるから」
雫からの評価も高いというのが嬉しい。
基本に忠実、かつ丁寧にやるのが功を奏したようだ。
「わたし、料理は全然なんで本当にありがたいです!」
「それは知ってるけど、どういうレベルで下手なんだ?」
「お米を研いでたらいつのまにか半分ぐらい流してるぐらいです!」
「研ぎザル買っとけ。将来苦労するぞ」
「火は使える?」
「焼くつもりで焦げたり、ゆでるつもりで吹きこぼれたりなら!」
「使うというか使われてるな……」
穂積辺りに頼んで、料理の基本を教えてもらうべきかも。
俺も大して上手いもんじゃないが、八乙女のこれは生活に支障が出る。
アスリートなんだからメシにも気を使う必要あるだろうし。
「お父さんかお母さんに教えて貰ったりとかは?」
「一度お願いしてみました! でも分かりませんでした!
『バーッと切ってゴーッと焼いてドーンと塩振ればいいのよ!』って感じで!」
「適当過ぎんだろ!?」
「でも美味しいんですよね! 目分量がすごく正確みたいで!
栄養バランスもいいですし、後はプロテイン飲めば完璧です!」
「マジか!?」
「あー……私のお母さんが言ってたけど、そういう人ってたまにいるみたい。
むしろ計量カップとか使うと上手くいかなくなるとか」
この勢いが誇張でないとしたら遺伝か。血は争えないな。
ただそれでも料理が上手いのか……野生の勘?
「いずれにしても、最低限の生活力はあった方いいぞ。
進路によっては一人暮らしすることになるんだし」
「それもそうですよね。寮暮らしでも毎食出るとは限りませんし、
透先輩にも何か作ってあげたいですし」
「……やめとけ。あいつ好き嫌いめちゃくちゃ多いから」
TPやってた頃は、女子にメシの好みを教えていた。
嫌いなものを挙げる場合、嫌いなものそのものを一つずつ挙げるよりか、
好きなものを挙げて「それ以外は嫌い」と言う方が早かった。
「ねぇ、八乙女さん」
「何でしょう?」
「神楽坂君のこと、まだ好きなの?」
「勿論! わたしの数少ない取り柄を凄いって言ってくれましたから!
今現在に限ってはその取り柄すらなくなっちゃいましたけどね!」
なくなったというか、奪われたんだけどな。
一時的なものとはいえ、大事な大会前という最悪のタイミングで。
そしてその犯人は八乙女が好いている透で、当人は悪びれてない。
「……そっか」
雫……言いあぐねてるな。踏み込んでいいのか分からなくて。
この後に続く言葉は大体想像がつく。今回の事故は透が引き起こしたことなのに、
それでも透のことが好きだと言えるのか、だろう。
いい加減、八乙女も透から距離を取った方がいい。その為には正しい認識がいる。
だが、それをそのまま言ったら八乙女を傷つけることになりかねない。
でも……恐らくはそういう意味での「まだ」好きなのか、だろう。
(それが分かっているのなら、やるべきことは一つ)
出しゃばりが過ぎるかもしれないが、認識は一緒だ。
だったらこうするだけ。
「八乙女、俺からも一つ聞きたい」
「何ですか?」
「お前のケガはどう考えたって透が原因だが、あいつは自分が悪いと思ってない。
それを知った上で、お前はまだ透を好きでいられるのか?」
「……えっと」
「藤田、君……!?」
俺が踏み込んで聞き、そして透から離れることを促す。
八乙女も透から離れるべきだということについては、雫も同じ考えだろう。
ただ、八乙女を傷つけることになりかねないから言い出せないだけで。
その懸念は分かるし、俺もある。でもその点は問題ない。
八乙女はバカだが、根は真面目だ。落ち着いて話せば事実と向き合ってくれる。
「勿論、お前のスポーツ関係の凄さにいち早く気づいて、それを認めたのは透だ。
その透を好きになるというのは大いに分かる。……でも、だ。
今回のことは明らかに透が招いた事故なのに、あいつは謝ってもいない。
それに対して、思うことは本当に一切無いのか?」
全否定はしないように気をつけ、八乙女の内面から出せるようにして。
俺の推察が合っていれば、恐らくは八乙女も。
「……流石にわたしも、ちょっとおかしいなとは思ってるんですよ」
分かってはいる。
ただ、それを認めたくないだけなんだよ。