190.筋肉と豚肉
週明けの教室に、透はやけにふらつきながら入ってきた。
「おはよー……陽司、お前何してくれてんだよ……」
「何が?」
「いねーじゃんかよ、新人のマネージャー……」
「風邪ひいてたんなら仕方ないだろ。それに、先輩も美人だったろ?」
「そうだったけどよー……あんなスパルタとか聞いてねーぞ……」
「あんなんがスパルタだと思うようじゃ、如月先輩はお前には靡かねぇぞ。
そして一番悪いのはクールダウンもせずに帰ったお前だ」
どうやらガッツリ練習に参加させ、ガッツリ筋肉痛になったらしい。
十中八九、マネージャーの気を惹こうとして無茶したんだろうな。
……分かってはいたけど、結論を出さないままハーレム要員の補充に動いたか。
「だってあんだけ疲れた後にまだ動くとかバカだろー?」
「クールダウンをバカにすんな。そしてこの結果を見ればバカは誰だ?」
「……チッ」
山内先生が抜けたことによって、サッカー部はなおのことガチってる。
舐めてかかれば痛い目を見るのは当然だ。
「で、今日は休みじゃねーよな?」
「多分な。土日でしっかり休んでれば治るだろうし。
それを聞くっていうことは今日も来るんだな?」
「当然。1年だったらまだ遊び場とか知らねーだろうし、
先輩として色々と教えてやらなきゃつまんねーじゃん?」
「……あくまで体験入部っていう体だということ、忘れんなよ」
この分ならもう2、3日は足止めできるか。
陽司のコミュ力ならもう少し伸ばせるかもしれんし。
『藤田君。今日のお昼ご飯は少なめにしてくれないかな?』
3時間目の休み時間に、水橋から謎のメッセが来た。
軽く見当をつけようとしたが、流石に意味が分からない。
『別にいいけど、何で?』
『お母さんが八乙女さんに差し入れ作ったんだけど、
ボクと八乙女さんだけじゃ食べ切れなさそうで……』
『どれぐらいあるんだ?』
『……豚の角煮が、1kg』
1キロ!? 確かに女子二人で処理しきれる量じゃねぇ!
アスリートの八乙女とそこそこ食べる雫ということで考えても、
相当に無理がある!
『分かった。そういうことなら今日は控えめにしとく』
『本当にごめん。八乙女さんがケガしたこと話したら、
なんかお母さんめちゃくちゃはりきって。
今朝も少なくするように言ったんだけど、押し切られて……』
そういうタイプだもんな、渚さんって。
雫の友人が困ってるとなったら全力を出すに違いない。
できることなら常識の範囲内で抑えて頂きたかったけど。
(……ただ、そのおかげで自然に雫とメシが食えるな)
個人的な願望としてはもう2、3日ぐらいお願いしたい。
雫がげんなりしてること考えるとこれっきりであって欲しくもあるが。
昼休みに八乙女の教室へと向かい、空いてる席を適当に借りる。
雫が机の上に置いたのは弁当と風呂敷包み。その中には勿論。
「これ、うちのお母さんからの差し入れ」
巨大なタッパーにどっさりと入った、1kgの角煮。
非常に食欲をそそる一方、ものすごく圧倒される。
「うわーっ! いいんですかこんなに!?」
「ごめんね、作りすぎって言ったんだけど……」
「いえ! 捻挫の回復には肉が一番いいんです!
血を送ることが大切だってお医者さんにも言われましたし!」
体が資本ということは八乙女も熟知している。
鍛えるだけじゃなくて回復する時もメシは重要。
食える量が多いなら、その分栄養も摂取できる。
「どうなんだ、調子?」
「お医者さん曰く、もうストレッチぐらいならできるそうです!
それに、こんなにたくさんのお肉を頂けたらすぐ治りますよ!」
「無茶はしないでね。私にもできることがあったら協力するから」
「はい! まだ割り切れてはないですけど、仕方ないですしね。
この悔しさをバネに、来年のインハイでは大暴れしてやりますよ!」
いい顔してる。心の傷口も塞がりつつあるみたいだ。
こっちは捻挫よりも治りにくいし悪化しやすいから油断できんが、
そこは茅原先輩・雫・俺でしっかりとサポートする。
「あむっ。……んーっ! 柔らかくて味がしみてて美味しいです!」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。お母さんも喜ぶと思う」
八乙女の箸が止まらない。この分なら普通に食べきれるな。
時間さえあれば俺が加わる必要は無かったかも。
さて俺も……ヤバイ。これメシが無限に食えるヤツ。
「……あ、今思ったんだけど、お肉だったら赤身の方がよかったりする?」
「いえ! 大体の肉には脂身がつきものですし、それもそれで栄養です!
たんぱく質とビタミンを中心に、それぞれのバランスを計算して食べます!」
「そっか。お母さんに言っておくね」
「えっ!? まさか先輩のお母さん、またこういうのを……」
「今頃明日の分作ってると思うよ。お母さん、こういうことには張り切るから」
「そんな、悪いですよ! ただでさえ今日はこんなに頂いたのに!」
「気にしないで。お母さん料理好きだし、八乙女さんのお手伝いしたいって」
娘の友人の手助けもしてくれるとは、何だかんだ渚さんもいい人だ。
……そうだ。ここは俺も出しゃばってみるか。
「んじゃ俺も何か作るか。ぼちぼち自炊できるようにもなりたいし。
その相手に付き合ってくれよ」
「えぇっ!? 怜太先輩まで、そんな!」
「大学行ったら一人暮らしになるから、今の内にメシの作り方ぐらい覚えたいんだよ。
味と栄養の評価してくれれば、むしろありがたいからさ」
「先輩方……本当に、本当にありがとうございます!
ここまでしてもらったら秒で治さないといけませんね! わたし、頑張ります!」
自分磨きの一環としてという理由なら、八乙女にも受け入れられやすい。
折角の機会だ。昼食をより楽しむ為に俺の能力向上にも励もう。