19.お菓子の国のプリンセス
購買の件の詫びと、最近の挨拶運動のご褒美を兼ねて、スイーツに定評のあるカフェへ。
でもって、目の前に居るのは。
「藤田君、甘い物って何でこんなに幸せになれるんだろ?」
「甘いから、じゃないか?」
「だよね♪ 幸せー♪」
最早コスプレの域の、ゴテゴテしたフリルだらけのワンピース。
ご丁寧なことにツインテールのウィッグまでつけている。
完全に『残念な子』そのものとしか言い様がないが、
それすらも着こなしてしまうのが水橋雫。
メンヘラ臭漂うオタサーの姫って感じだが、それでも可愛いから仕方ない。
水橋の変装ファッションは、結構バリエーションあるようで。
「こんなところにこんなお店あるなんて、よく分かったね。
ボクじゃ絶対気づかなかったよ」
「お前の頑張りに応えようって思ったら、これくらいはな。
ま、とりあえずお疲れ。奢りだから好きなだけ食え」
「ありがとう。んっ、おいし……」
勿論、本当はサルからの(有償)情報。
尾けられるかもしれんと思ったが、見た限りはいない。
水橋の内情に踏み入るのは、サルでも怖いってのはガチらしい。
「ボクもこうなってなかったら、友達とカフェ巡りとかできてたのかな」
「出来るだろ。何なら今からでも。……まだ、怖いか?」
「うん。会話に詰まっちゃいそうで……」
「そうか……悪い、今する話じゃねぇな。追加でタルトでも入れるか?」
「お願いしようかな。予算は早めに教えてね。ボクの別腹は5つあるから」
相当食うな。牛の胃袋より多いとは。
これはまた一つ、水橋の高貴なイメージが崩れた。
というか、会話の度に色々明るみに出る。元の不明点多いし。
一気にバレたら、理解の範疇超えて孤立する、というのも強ち間違いではないかも。
「ねぇ、藤田君。今、流行ってるものって何かな?
会話についていこうって思ったら、そういうのも知っておくといいと思うんだけど」
それでも、水橋は受身なままではなくなりつつある。
間違いなくいい傾向だから、この気持ちを大切に育て、孵化させたい所。
脇役のアシスト能力が問われる正念場……とまで行かずとも、上手くすれば足がかりが。
「『VENTUS』っていうファッション誌は見かけたな。流行というか、定番って感じだけど。
テレビだと、最近はハーフタレントの名前が結構出てるっぽい。
あー、でも詳しくは分からんな……ごめん、よくは知らん」
「ううん。それだけ教えてくれれば十分だよ。
女子の話題ぐらい、ボクもちゃんと押さえなきゃ」
これがサルだったら、1から10、いや100まで出せるんだろうけど、
俺が知ってる『女子の話題』は、残念ながら普通の男子高校生レベルにしかない。
透のアシストにも、透へのアシストにも、この辺の情報使わねぇし。
それにしても本当に美味いな、ここのスイーツ。
サルは胡散臭さ全開の奴だが、こと情報の正確さにおいては信頼できる。
何だかんだ世話にはなりそうだし、本質的にはいい奴かもしれ……ん?
「……♪」
「……!?」
……水橋さん?
ちょっと、それはどうされたんですか?
勘違いだよな? 予想はついてるけど、俺の勘違いだよな?
何で、丁度一口サイズに切ったケーキが刺さってるフォークを俺に向けてるんだ?
いやいや待て待て。違うって。絶対違うって。
これ、友達超えた先の方の関係の場合にやるやつであって。
え、ってことはまさかの脈あり? いやいや、それはありえん。
アレだ、女神様のお戯れだろ。コレはちょっとしたお遊びであって……
「あーん♪」
「待て待て」
いやいやいやいや!?
ちょっ、えっ……!?
こいつ、自分のやってることの意味分かってんのか!?
「冗談だよな?」
「んふふー♪」
お戯れが過ぎますよ女神様!
え、何!? この急展開は予想してないんだけど!?
(どうする俺!? どうするよ俺!?)
動け俺の脳みそ! そして提示しろ選択肢!
1.据え膳食わぬは男の恥! 喰らうべし!
2.「何やってんだ」でクールに流せ。それがナイスガイというものよ。
よし分かった! 俺の選択は!
「何やっ……」
「えい」
「むぐっ!?」
3.「はいよく噛んでー」「むぐぐっ!?」「飲み込んでー」「んぐっ……」
「美味しい?」
「味分かると思うか!?」
本当に何だコレ!? 何だコレ!?
逆なのか!? もしかして俺は難聴ではないけど、『鈍感』なのか!?
そっちの方の主人公的悪癖持ちだったのか!?
「ボク、こういうのもやってみたかったんだ。皆やるでしょ?」
「やらねぇよバカ野郎!」
水橋! お前が『普通のJK』に憧れてるのは分かる!
けど、それは『普通』じゃねーから!
「え、そうなの?」
「あったとして相当なバカップルだけだっての!
もう安易にやるんじゃねーぞ!? 心臓に悪い!」
「あ……なんか、ごめん」
一足飛びにこんなんやるんじゃねぇよ……!
水橋的には友達同士のじゃれ合いなのかもしれんが、こっちは違う。
付き合った時にやりたいシチュ、ベスト5の一角。
深い意味は無かったっぽいけど、この子は本当に……!
「いや、謝るまでしなくていいんだけどさ。
ほら、食っとけ」
「うん、頂くね」
水橋が『普通のJK』になるのは、こういう方向でも難しいかもしれん。
常識欠けてる上、危なっかしい。
簡単に脇役に間接キスしちまうようじゃ、勘違いされかねんぞ?