188.サポート三法
翌朝、もう一度1年3組へ。
流石に怠惰な我が校の教師陣も状況は分かっているらしく、
八乙女の席は一番前へと変わっていた。
(後はクラスの様子だが)
出来れば直接調べたい所だが、あまり関わっても怪しまれる。
となれば、あいつの出番だ。
「八乙女のクラスか」
今回の件に関わりのないサルから、情報を集める。
俺が過干渉にならずに現状を把握するにはこれしかない。
「あいつ自身は悪くないが、いかんせん周りがちょっと。
透と距離が近いということが気に入らないらしくてな。
まぁ、あの底抜けの明るさが功を奏して、いじめみたいなものはない」
「よかった……のか? いや、そういうのがないのはよかったけど」
「で、怪我に関しては男子は心配してるみたいだが、女子は全然だ。
これは八乙女のことを透に近づく為の道具としか考えていないからだろ。
丁度、1年の頃のお前がTPとして使われていたのと同じだ」
……あの頃の俺と同じ状況、か。
本人はそうなっていることに気づいていないだろうけど。
「性格が性格だから、誰かが陥れようとするってことはないと思う。
むしろ、不安要素は本人そのものの内側にあるだろ。
激情と不安が掛け合わさったらどうなるか分からん」
「あぁ。……透からは離した方がいいか」
「そりゃな。けど、透が気づくのも時間の問題。
こういうことに関しては手も耳も早い野郎だし」
「了解。色々とサンキュ」
「気にしなさんな。俺はもう透じゃなくてお前に付くと決めた。
勿論、おこぼれなんていらねぇよ」
サルも透から離れている。男女問わずの人気者も、随分堕ちたものだ。
その要因の一つに俺があるけど、もう罪悪感などない。
チャンスは幾度も与えてやったんだ。これ以上の寛容性はいらねぇよ。
放課後、茅原先輩と道中で合流。
予定通り、八乙女のクラスへと向かう。
「よう、久しぶり」
「健一先輩!? あの、受験の勉強は……」
「それは余裕あるから大丈夫。寧ろ気にするのはお前の足のことだ」
「足……その、わたしの不注意で」
「原因はこいつから聞いてる。お前は何も悪くねぇよ。
それより、これ受け取れ。リハビリメニュー作っといた」
表紙には『リハビリについて』と書かれた後、経過に応じたリハビリの内容、
その間にできる陸上の練習方法等が記載された、数枚綴りの書類。
養護教諭と顧問の上田先生もチェック済みらしいし、信頼できる。
「焦る必要はない。お前はまだ1年生なんだから、未来がある。
な、藤田?」
「えぇ。……八乙女。今は本当に辛いと思うが、これが一番の策なんだ。
俺に協力できることがあれば何でも言ってくれ」
「先輩……はい! 不肖八乙女つかさ、精一杯回復に励みます!」
ビシっと敬礼、とびっきりの笑顔。よし、喜んでくれたみたいだ。
慰めや同情より、協力する意志があることを示すという狙いは成功してる。
不安定になっているときは、頼れる誰かの存在が欲しいと思うもの。
まずはこれで、俺と茅原先輩の二人がいるということを伝えられた。
明日は雫が茅原先輩と一緒に来るし、更にもう一人増やせる。
重圧にならないように注意しながら、心の栄養へと繋げよう。
「早速怜太先輩にお願いがあるんですけど、いいですか?」
「何だ?」
「こういう形で時間が出来たので、勉強を教えて頂けませんか?
次の大会は来年のインハイですし、それに心おきなく出られるように、
ある程度は学力が必要なんですが……」
「それが危うくなってる、と」
「……てへ!」
「ごまかしを力強く言うな。悪いが、今日はバイトあるから今度な」
「ありがとうございます!」
勿論、必要ならケガの関係ない面でも協力するよ。
むしろ俺のサポートはそっちの方がメインかもしれんし。
「おい怜二! つかさがケガしたって聞いたか!?」
翌朝、透が教室に来て開口一番。俺に向かって勢いよく。
現場見たから知ってるよ。そして原因はお前だけど、まぁ。
「もうすぐ新人戦だってのに、何でこんなことになった!?
クソッ、この世には神も仏も……」
「お前が原因だろが」
「ハァ? 何言ってんだよ、証拠でもあんのか?」
こうなるよな。現場を記録してない以上、しらばっくれるだけで十分。
あのレベルでやらかしても認める気はないらしい。
「リハビリ手伝いに行かねーとな。足首ほぐせばいいんだっけ?」
「今はギプスで固定して負担をかけないようにするのが先決。
最低でも1、2週間後だ」
「何言ってんだ? そんなに固めたら動かなくなっちまうだろ。
こういうのはむしろガンガン動かした方がいいんだよ。分かる?」
「『突き指は引っ張って治す』みたいな勘違い知識どうも。
余計な負担になるから、上田先生と医者に任せておけ」
「お前薄情もんだな。中学からの後輩見捨てるとか。
ならいーよ、俺は大事な後輩の為にやれることをやる」
へぇ、そっか。それじゃ俺もお前を見習おう。
大事な後輩の為に、お前が八乙女に近づかないように手を尽くす。
ということで、まずは。
「門倉ー? 今日の放課後、透が勉強教えてくれないかって言ってるんだけど、
予定とか大丈夫かー?」
「あら、そうなの? 私は大丈夫だけど」
「ちょっ!?」
「んじゃ宜しく」
「えぇ、分かったわ」
「いや麻美!? その、俺は放課後は予定が……」
「無いからみっちり頼むわ。バイトしてねぇし」
「お前!?」
「透君。きちんと勉強すれば冬休みはちゃんと残るわ。
追試に出そうなところをまとめておくから、一緒に頑張りましょう」
「いやそれより追試を無くして……」
「夏休みの宿題みたいに代筆はできないんだから、透君自身が頑張らなきゃ。
それじゃ、放課後は宜しくね」
「いやそんな……」
対象じゃなくなったのかもしれないと思ったが、そうでもないっぽい。
ハーレムが崩れつつある以上、ここで門倉との約束を反故にする訳にはいかないか。
利用するみたいでちょっと悪い気もするが、門倉にはこういう形で動いてもらおう。