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186.後輩の絶望

たまにはちょっと、贅沢な食事をしたくなる。

ということで、今日の昼メシは食堂で食うことにした。

基本は俺一人で行く。一緒に行く相手がいたとしても、サルか陽司ぐらい。

当然、今となっては透と行くことなどないが……


「本当に、雲雀先輩どうしたんだろ……」


間が悪いことに、教室を出るタイミングが一緒だった。

そしてこれみよがしに独り言。


(……分かれよ馬鹿野郎)


透の昼食は今まで、ハーレム女子からの手作り弁当だった。

今年の早い段階で八乙女がローテーションに入るかと思ったが、

本人曰く「料理はからっきしなんで!」とのことで断念したとか。

で、体育祭の後の一件で古川先輩は透と決別。

そして、透の分の弁当を作ってくることもなくなった。

故に、こいつも週1、2回は購買や食堂に行く機会ができている。

ただ……裏を返せば、穂積と門倉は未だに手作り弁当を渡している。

二人とも拒絶している訳ではないし、それ以上の感情は依然としてあるのか。


「怜二、何か知らねぇ?」

「自分の胸に手を当てて考えてみろ」

「……んー、何も分からん」

「なら俺も分からねぇよ」


お前の脳がどうなってるのかな、という言葉を心の中で続けて。

考えてみれば、あの時は透の方からも先輩を拒絶したしな。

どうやらこいつの海馬には、記憶改竄機能がついているらしい。


「何にも悪いことしてねーのになー」

「それなら今やってる歩きスマホをやめろ。もうすぐ階段だぞ?」

「うるせーな。もうちょっとだから」

「上りだったらまだしも下りだぞ? 踏み外したら……」

「大丈夫大丈夫。俺がそんなヘマする訳……うぉっ!?」


案の定。注意力の低下はどこが悪いんだったっけ。

これで懲りてくれればいいんだが……


「先輩っ!?」

(いだ)っ゛!」

「うぇっ!?」


……ん? 何か、声が二種類聞こえたぞ。

それに、どっちも知ってる声だ。片方はさっき階段から転落した透。

で、もう一人は女子の声。驚きがあったということを加味しても大きな声。

ということは。


(って、ハァッ!?)


階段下の踊り場にあったのは、転げ落ちた透と透のスマホ。

そして、透の下敷きになっている八乙女だった。




「サンキューつかさ! おかげで助かったわ!」

「いえ! わたし、クッション性は無いですけど丈夫ですから!」

「ははっ、言えてら♪」


透に対する怒りもあれば、八乙女に対する呆れもある。

だが、それ以上にヤバいことがあるからその辺はどうでもいい。

透に関しては諦めの境地に達しつつあるし。


「そうだ、つかさも食堂でメシにしねーか?」

「嬉しいお誘いですけど、お弁当があるんで!」

「そっか。それじゃ仕方ねーな。怜二、行こうぜ」

「先行っててくれ。財布置いてきた」

「マジー? お前も大概抜けてるじゃねーか。早く来いよ」


元より、こいつと一緒にメシを食うつもりなんて無かったし、

一旦、この場からは離れさせた方がいいだろう。

余計なことをする可能性もあるし、何より……


「おう。……八乙女。透は行ったから聞こえない。 

 だから、正直に答えてくれ」

「……はい」




「右足、ちゃんと地面につけられるか?」




「……ちょっと、難しいですね」


八乙女は、自分の足首の異常を隠すだろう。

透に心配をかけまいと、意地を張ってでも。


「抱えていくから、一回俺の膝に座れ」

「いえ、肩をお貸し頂ければ歩けます」

「そういう訳にはいかないな。階段は平地より負担かかるだろ?」

「……ごめんなさい、お願いします」


透の下敷きになった時の、八乙女の右足。

階段の角と透の体に挟まれた結果、明らかにおかしな方向に曲がっていた。




「これは……」


八乙女を保健室まで連れて行き、養護教諭に状態を見せる。

昼飯時だったが、幸いにも保健室にいてくれた。


「足はつく?」

「体重をかけなければ、ギリギリというところですかね……」

「浮かせてたら?」

「まだなんとかなる感じです」

「そっか……」


俺が夏祭りで雫を突き飛ばした時の比じゃない。

階段上部から踊り場まで落ちた透が直撃した衝撃は、相当にある。

しかも、不運にも階段の角とで挟まれる形になったんだ。


「恐らくはⅡ度。靭帯の部分断裂を含む中等度の捻挫ね。

 レントゲンを撮るまでは確定じゃないけど、決して軽い怪我じゃない」

「靭帯が……」

「まずは固定ね。RICE(ライス)が必要だから、5時間目は休みなさい。

 担当の先生教えてくれれば、連絡しておくから」

「俺が行きます。八乙女、5時間目って誰先生が来る?」

「国語なんで、尾形(おがた)先生が……あと、お伺いしたいんですが」

「新人戦のこと?」

「えぇ」


カレンダーを見る。新人戦は……日数ないな。

つまり、このレベルの捻挫だと。


「はっきり言って無理ね。Ⅱ度の捻挫は全治2、3ヶ月。

 全力疾走できるレベルに回復することは望めないわ」

「そんな……! あの、痛み止めでどうにかなりませんか!?

 ほんの十数秒だけでいいんです!」

「痛みが無くてもまともに足が動かせないから、パフォーマンスは落ちる。

 それに、この状態で走って靭帯が完全に切れたら、選手生命に関わるわ」

「そうですけど……わたし……!」

(……クソッ!)


まさか、こんな形で新人戦に出場できなくなるなんて。

あの野郎は何てことをしてくれやがったんだ。


「八乙女。ここは先生の言う事を聞くべきだ。

 お前はまだ1年生なんだから、まだ何回もチャンスはある。

 だから、回復に専念して……」

「わたしの取り柄はスポーツだけなんですよ!?

 それなのに、大会に出るどころか、走れなくなったわたしなんて、

 何にもできないただの……」

「んな訳ねぇだろ!」


今のこいつに対して同情はダメだ。感情の振れ幅が激しいから、

一度ネガティブになるとどこまでもネガティブになる。

厳しいことを言うことになるかもしれないが、強く言うしかない!


「八乙女! お前には運動の才能も、努力の才能もある!

 周りに流されずに真っ直ぐにぶつかって、成長できる力がある!

 でも、今は休むべきなんだ!」

「大会はもうすぐなんですから、休んでなんか……」

「だからこそだ! お前はここで潰れていい存在じゃない!

 2年になっても、3年になっても新記録出せる逸材なんだ!

 こんなことになったのは俺だって悔しいし、申し訳ない!

 だけど……今は、耐えてくれ……!」

「怜太先輩……わたし……ぐすっ、うっ、うぇぇぇぇぇん!」


俺にもたれかかって、泣き出した。

八乙女も分かっているんだろう。無理を押して出場なんてできる訳がないって。

それでも割り切れるものじゃないし、そうなったら泣くのも当然。

……俺も泣きてぇよ。透のせいで、こんなことになるなんて。


「先生。大会までリハビリしたとして、どれぐらい回復するんですか?」

「よくて7割。これは決して回復したと言えるものじゃない。

 靭帯をセロテープでくっつけて出るようなものよ」

「となると今は……」

「歩行も難しいでしょうね。松葉杖を使うべき」


泣きじゃくる八乙女の頭を撫でながら、養護教諭の話を聞く。

本当に……大変なことになってしまった。

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