185.残る可能性
選挙明けからの門倉は、明らかに沈んでいる。
親に相当詰られたんだろうな。ほぼ常時、俯いている。
「大丈夫だって! 今からでも抗議しようぜ?」
「透君。気持ちは嬉しいけど、私は……」
「うんうん、皆まで言うな。麻美も思ってんだろ?
それに怜二なら生徒会に関わってないしさ。やらかしてんだろ?」
そして、透がそこにウザ絡み。もう暈しもしなくなったな。
言うだけ評価が下がるぞ。お前の。
「いい加減にしろよ。俺は投票した時以外、投票箱に指一本触れてない。
改竄する気もなければ、改竄のしようもない。
そこで何で、やたらめったら俺だけ疑うんだ?」
「お前が一番怪しいからに決まってんだろ。カンニングは勿論だし、
最近は他の奴にもおかしいこと言ってるみてーだし」
「どっちもお前の主観。というか、テストの件ならお前の方怪しいわ。
カンペ捏造した件、忘れてねぇぞ?」
「はいはい。あれも陽司とか買収したんだろ? いくらだ?」
「……お前、ふざけんなよ。陽司が金で動く奴に見えるか?」
「え、そんなこと言うってことはマジで買収したん?
うっわ、引くわー! みんなー! こいつ陽司を金で……」
「ざけんなボケ!」
「ぶっ!」
平手打ちが右頬にダイレクト。
透がふざけたこと言ったタイミングで、陽司が教室に戻ってきた。
主人公補正があった頃なら、この場にいなかっただろうな。
最早補正が無いどころか、逆の補正がかかりつつある。
「怜二に加えて俺まで愚弄しやがって。
お前、本当におかしいぞ。怜二に気に入らないことがあるなら、はっきり言え」
「だって、どうせこいつ適当なことほざいて……」
「まだ殴られ足りないか? 今度はグーで行くぞ」
「……チッ!」
陽司が拳を握り固めた所を見て、透は席へと戻って行った。
相当に躍起になってるんだろうな。もう、不可逆なとこまで堕ちてるが。
「その……ごめんなさい。透君、話を聞く気ないみたいで……」
「門倉が謝る必要はねぇよ。まぁ、補選頑張れ」
「……えぇ」
こっちはギリギリで変われた様子。
時間をかければ、在学中に信頼を取り戻せるかもな。
相当に厳しい道のりであることは間違いないが。
「お久しぶりです! グラウンドでお会いするのは体育祭以来ですね!」
無茶苦茶やり始めた透の影響は、どこまで及んでいるか。
まだ繋がりの切れてない八乙女から聞いてみる。
ついでにここ最近のイライラの解消がてら、体動かしたい。
「だな。陸上部はどうなってる?」
「あんまり変わってはいませんね……残念ながら」
「そっか……透と水橋は?」
「透先輩は来てませんが、水橋先輩はよく来て頂いてます!
陸上部に勧誘してるんですけど、全然その気はないようですね!」
「スポーツは好きでも、部活には興味ないのかもな」
意外だな。古川先輩に拒絶され、穂積からは距離を取られ、門倉が変わったら、
後は八乙女ぐらいしか擦り寄れる相手はいないと思うんだが。
「今日の練習はどんな感じだ?」
「この前道具が届いたんで、パラシュートランをしようと思います!
怜太先輩もいかがですか!?」
「んじゃ、折角だし」
「かっしこまりましたーっ! いやー、部費で下りてよかったです!
上田先生に相談した甲斐がありました!」
スプリント力の強化にはうってつけのアイテム。
そういう部分からも、速くなりたいって思ってるんだな。
(思ってたより数段キツい!)
空気抵抗ナメてた。最高速度に乗った途端にめちゃくちゃ重くなる。
タイヤ引きと同じ、もしかしたらそれ以上の負荷がかかる。
こんなの、簡単に走れる訳が……
「うおりゃあああああああああああああああ!!!!!」
(マジか)
普通に走ってる時とあまり変わらない気がするんだが。
あれ、俺に貸してくれたのと同じヤツだよな?
そのはずなのに、何でこんなに軽く見えるんだ?
「これいいですね! 脚力の他、体幹にも効きそうです!
フォームが安定すれば、その分前に進む力も上がりますからね!」
「なぁ八乙女。今の自己ベストって何秒?」
「追い風参考記録なら、12秒の壁を超えられないこともないというぐらいです!」
「……それ優勝当確じゃね?」
「いえ、全国には11秒台叩きだす高校生なんてゴロンゴロンゴロゴローンといます!」
「転がりすぎだろ」
八乙女は俺の後輩、つまり1年生。その時点でコレ。
来年、再来年には学生記録更新するだろうな。
「タイムの面だと追い風の方がいいですけど、競技的には向かい風がいいですね!
ご覧の通りのぺったんこですから、風の抵抗を受けにくいんで!」
「それ自分で言うのか」
「いくら牛乳飲んでも背すら伸びないんで、諦めました!
わたしは体格ではなく、回転力で勝負すると決めたんで!」
「回転力ねぇ……」
性格と言動がコレだから色気はないが、八乙女は脚がとことん綺麗。
日々の鍛錬の成果であろう、太くも引き締まっている腿が実に健康的。
これがあの速度を生み出しているんだろうし、自信持っていいと思うんだが。
(……って、後輩相手に何を考えてんだ)
俺が好きなのは雫だ。他の女子に目移りしてんじゃねぇよ。
まだ付き合ってる訳じゃないが、一途に行くと決めたんだ。
それじゃ、本題に入ろう。
「ところで八乙女。ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「何ですか?」
「お前から見て、最近の透ってどう思う?
ここしばらく来てないとは聞いてるけどさ、文化祭の時とか」
「そうですね、考えてみれば文化祭以降はお会いしてませんね。
水橋先輩が来て頂けているんで、わたしが呼びに行くこともなくなりましたし」
「そういえばそうだな。おかげで鼓膜の安全が確保されてる」
「えへへ……ごめんなさい」
「いいっての。それこそ俺も半ば諦めてる」
「すいません本当。そういうことなんで、詳しくは分かりませんね。
透先輩もお忙しいんでしょうか?」
「俺にはそうは見えないけどな。バイトしてねぇし」
透の放課後はここ最近、普通に帰ってるだけ。
穂積や古川先輩に誘われることはなくなったし、門倉はそもそも誘わないから、
八乙女の所に来てないとなったら、選択肢は自ずと帰宅になる。
「透が最後に来たのっていつ?」
「夏休み前でしたね。朝練にはいらっしゃいませんでしたし、
休み明けからもずっと」
(となると……)
単純にめんどくさくなった、ということも十分考えられる。
だが、八乙女からの好意には気づいているはずだ。ちゃんと告白されてるし。
今の状況だったら、近々来ることも……?
「何にせよ、新人戦は頑張れよ。俺もたまになら練習付き合うからさ」
「ありがとうございます! それじゃ、今日はとことん走りますよ!
いい練習道具も、使わないと意味ありませんからね!」
八乙女にとって大事な時期なんだ。
余計なことをしないように警戒しておくか。